人の心、クズ知らず。

木樫

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甘話 ショーゴとデート。

03(side翔瑚)

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 俺は咲を愛している。
 それは確かだが、それ以前に、咲は無差別に顔がいいわけで。


「ぅ、ぐ……」


 成人男性のオネダリ顔。

 場合によっては狂気にもなるそれは、わざとだとわかっているのに、咲となると効果抜群表記が俺の頭上には現れる。

 真っ赤になって絞り出したようなうめき声を出した俺は、こくこくと首を上下に振った。

 ちょろいとか言うな。
 愛なのだ。そうだ、愛だ。


「うふふ、いい子だなぁショーゴは」


 そう言って艶やかに口角を上げながら、俺の腕から時計をはぎ取って自分の手首に巻き付ける咲のなんと魅力的なことか。

 すげなく先を行ったかと思うとわざわざ迎えにやってきたり、他人にプレゼントしたことをなんでもないように話したと思えば、俺の持ち物を欲しいとねだるのだ。

 気まぐれな彼は、やはり俺の思い通りになんてならない。

 俺から奪った時計を身につけ、それを耳に当てて秒針の音に聞き入る様はやはり美しく、店内の視線を独り占めにしている。

 顔の熱が引かない俺は、頭を抱えてうなだれることしかできないわけだ。


「はぁ……咲、それじゃあ、もうここは出るか? 用事は終わっただろう? どこかカフェにでも行かないか」

「んん~、ちょいまち」

「?」


 特大のため息を吐くことでどうにか心を落ち着けて声をかけると、咲は俺を待たせて突然歩き出す。

 待てと言われたなら待つが……。

 言われたとおり棒立ちでその場に待機する。やいやいとなにか話しかけたり無視してうろつくのは悪手だと骨身にしみているのだ。正解はわからないが不正解はわかる。

 そんな俺を咲の周りの人は咲の犬だと言うが、構うものか。
 なったっていいぞ。愛犬として愛してくれるなら最早犬でも構わない。

 じっと黙って咲の姿を視線で追う。

 咲は商品棚をいくつか物色して思考したのもつかの間、ものの数秒で一つを手に取った。

 そしてそのまま店主のもとへ客をよけながら歩み寄る。

 店主は客と話している途中だったのだが、するりと会話に割り込んで数言話してから金を置いて戻ってきた。

 相手の都合なんてお構いなしなすごく身勝手な行動なのに、なぜか咲は会話に滑り込むのがすこぶる上手い。

 そして基本的には人間性というものがクズなので、自分の目的が最優先である。
 店主の焦りから余剰があるようだが、咲はもう背後に目を向けることはなかった。


「お手」

「ん。……」


 手を差し出されたから、反射的に乗せてしまった自分の手。

 戻ってきた咲の開口一番に無心で反応してしまい、黙りこくる。わざとじゃない。つい、うっかり。

 咲は俺の心情を無視して乗せられたその手に先程買ってきた腕時計をくるりと手際よく巻き付けると、満足げに口角をあげた。

 視線を下げる。
 俺の手首に着けられたのは、シルバーの腕時計だ。

 盤面が黒く針が白い蔦の形をしていて、盤面にはシルエットで花と小鳥が描かれていた。
 珍しい。ナチュラルテイストなデザインなのにブラウン系統でも革素材でもない、メタリックな腕時計。


「代わりね。お前の物欲しそうな目は素直だよなぁ? アハッ、ガキみてぇ。高給リーマンだし自分で買えるだろーに……わりとせこいじゃん」

「…………」


 あまりの衝撃に、そうじゃない! 俺にも奢ってほしいだとか、そういうんじゃない! お前の持ち物をプレゼントされるのが羨ましかったんだ! というツッコミもできず。

 お礼の言葉すら、吐き出したのはそれから数秒後のことだった。

 当たり前だが、俺がこの時計をつけることは以降もうないだろう。

 金庫に入れて寂しくなったら取り出して眺めよう。

 そう心に決めた瞬間なのであった。




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