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第三章 町のパン屋に求めるパン

18.心配事

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「あたしはトマトソースが好き! チーズが入ってるとすっごく美味しいわ、ソーセージも入ってて本当にピザみたい」
「僕はクミンも好きですけど、キャベツとベーコンが美味しくてびっくりしました。バターとガーリックの風味が生地に染み込んでいて、すごく美味しいと思います。見た目も、野菜を食べているのがわかりやすいしスー君にもお勧めしたいです」

 二時間ほどして起きてきたリックとミーティに試食をしてもらい、それから試作の件は一時中断して俺はいつもの仕事に取り掛かった。
 工房と店を行き来し、粉を計ったり、パンを運んだり、ピザを焼いたり、ぐるぐると動き続けている中で、ずっとフロッカーさんに言われたことを考えている。

 フロッカーさんはもう一工夫が必要だと言ったまま、何か考え込むように黙ってしまった。
 それからしばらくして、今夜また店を閉めた後に話そうと言って、開店の準備に行ってしまったのだ。

 カルツォーネの味には自信がある。
 それはフロッカーさんも認めてくれている。
 だが、さらに必要な工夫とはなんだろうか。
 もしそれがなければ失敗してしまうかも——つまり、ディーナさんとスー君の悩みを解決できず、母子が引き離されてしまうかもしれない。
 パンの味に関する工夫ならばいくらでもやってみることができる。けれども味が問題なわけではないということは、フロッカーさんの反応でわかる。

 何度も同じことを繰り返し考えると俺はどうしようもない不安に苛まれて、小さな溜め息を繰り返した。

「リックちゃん? じゃ、ないわね。今日もあなたしかいないの?」

 焼きたてのバゲットを店に運ぶためにドアを開けた瞬間、ちょうどフロッカーさんが対応していたらしい客が、フロッカーさんの体の影からひょっこりと顔を出した。

 クドゥスさんである。

「あー……あは、あはは、すみませんいつもいつも俺で……」
「レイ、リックを呼んできなさい。おまえたちクドゥスさんに世話になったんだろう?」
「あっ、そうですそうです! すぐ呼んできますね、すみません本当に……」

 俺は相変わらず苦手なクドゥスさんにペコペコと頭を下げながら奥に引っ込み、キッチンにいるリックを呼びに行った。

「レイ、どうかしたの? 困った顔してるわ」
「……リック、クドゥスさんが来てるよ。フロッカーさんが呼んできてくれって」

 俺はミーティの前でそれを言うことに一瞬躊躇ったものの、高額な貢ぎ物(ある意味それは俺のためでもあった)をしてくれたクドゥスさんという存在との天秤には抗えず、できるだけ波風の立たないよう淡々と伝えた。

「クドゥスさんが? ああ、スパイスのお礼を言わなくちゃですね」
「まあ、あのおばあちゃんね? リッキー、あたしも行くわ」
「っ、ミーティは行かない方がいいんじゃない……? ほら、リックも“仕事で”対応しなきゃいけないわけだし……」

 俺は誰に気を遣っているのかわからない方向に慌ててミーティと目を合わせたが、ミーティは澄ました顔のままである。

「別に変なことなんて言わないわよ。ただ、二人がどんなふうに話すのか見たいだけ」
「……それが一番怖いじゃないか」

 思わず本音が出てしまったところで、リックが吹き出した。

「あははっ! いいよ、ミーティおいで。僕がクドゥスさんに籠絡されないよう見張っててよ」
「手は繋がないで行ってあげる。リッキーのファンだものね、少しは気を持たせてあげた方がいいわ」

 ミーティは恋人の余裕(というよりもはや正妻の貫禄のようなもの)を見せて、リックの後をついていった。
 慌てて追いかけると、店の方から甲高いクドゥスさんの声が聞こえた。

「リックちゃあん! わざわざ来てくれたのね、嬉しいわ」
「おはようございます、クドゥスさん。こちらこそ、スパイスの件は本当にありがとうございました、助かりました」
「いいのよ、あれくらい。美味しいパンは作れたかしら? スパイスのパンだなんてとっても楽しみだわ」

 リックが挨拶するとクドゥスさんはまたいっそう声を張り上げて、リックの後ろにいるミーティには目もくれず可愛らしい仕草で首を傾げた。

「……クドゥスさんはスパイスにお詳しいようですな。大通りの店にはよく行かれるんですか」

 クドゥスさんの注文らしいバゲット二本を包みながら、フロッカーさんが尋ねた。

「ええ、最近よく行くんですのよ。だけどねえ、ほら、あの辺りは外からのお客さん向けでしょう? 本当は、よその町だともっと安いのよ」
「よその町……というと?」
「旅行に行った時に初めて東の町で買ったの。その時はもっと色々な味を試せるくらいの値段だったわ」
「東の町か……」

 フロッカーさんは独り言のように呟いた。
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