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第三章 町のパン屋に求めるパン
15.真夜中の雄叫び
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「よし、そろそろ焼けただろう」
石窯の前のエルダさんが言い、俺は唾を飲んだ。
窯が開くと一歩離れた場所にまで熱気が届き、焼きたての匂いがぶわっと広がる。
匂いは成功だ。
「どうですか、エルダさん」
「……うん、いいな。オイルを塗った分、良い焼き色になってる」
トマトソースの方、ほうれん草のクミン炒めの方、それぞれを二つずつ包んだカルツォーネは、見た目は完璧だった。
トマトソースの方は端の方から少しチーズがはみ出していて、それが少し溶けながらも焦げて、なんとも食欲をそそる色合いをしている。
「めちゃくちゃ良い感じ……!」
「包んで焼いてもスパイスの匂いがするんですね。これ、どうやって食べるものなんです?」
「えっと……手で持って食べても良いけど、ナイフで切って食べる人もいるかな……とりあえず今は熱いから、半分に切ってみようか」
俺はトマトソース入りのカルツォーネを一つ手に取り、火傷しそうになりながらカッティングボードの上に乗せた。
「味は間違いなく美味いよな、基本はピザと同じだろう?」
「そのはずです……」
パン切りナイフをちょうど中央に当て、そっと引く。
せっかく膨らんでいるのをなるべく潰さないように切ると、断面からはチーズと混ざり合ったトマトソースがとろりと溢れた。
「これは美味しそうですね! 熱いうちに食べてみましょう!」
「じゃあ、リックとエルダさんで半分ずつどうぞ」
俺は二人にそれぞれカルツォーネを取ってもらおうとカッティングボードごと差し出した。
「よしきた! この時間だ、もう腹が減ってたんだ」
アツアツのカルツォーネに手を伸ばしたエルダさんは、熱さを感じさせない手付きで(実際、たぶんエルダさんの手は熱さに強い。毎日、石窯と向き合っている職人の技だ。)それを取った。
「では、僕もお先に……」
リックも同じようにカルツォーネを取ろうとすると、間のチーズがいっそう美味そうに伸びた。
まるで以前の世界で見たテレビコマーシャルのような光景である。
齧り付いた二人のうち、先に声を出したのはエルダさんだった。
「これは……画期的だな。甘いトマトソースはどうなんだと思ったが、子ども向けの軽食というか……ああ、やっぱりお嬢さんが起きているうちに焼けばよかった。これは間違いなく子どもにウケるぞ」
「このチーズ……! 甘いトマトソースとすごく合いますね! それにこれだけソースの味がするなら他の野菜も入れられますよ!」
「っ、そんなに言われたら俺も食べたくなる!」
俺は二人の絶賛を浴びて耐えきれず、もう一つのトマトソース入りカルツォーネを手に取った。こちらにはチーズに加え、薄く切ったソーセージも入っている。
まだ十分熱いが、俺は多少の火傷は気にせず端から大口で噛み付いた。
「おおっ、豪快だな!」
「うう……っうまい……! うまい! めちゃくちゃ美味いなこれ!」
夜中だというのに、俺は大声を抑えられなかった。
これはもう惣菜パンそのものだ。
素材の味を活かさず、甘く煮たトマトソース、気分のままに多めに入れたチーズと安いソーセージ、パン生地は一流とはいえ、ただ美味さだけを追求した惣菜パンだ。
野菜だの栄養だのなんて気にさせない、ただひたすらに美味い食べ物だった。
「あははっ、レイさんそんなに大きな声が出るんですね。スパイスの方も食べてみましょうよ、熱いうちに」
リックがクミン炒めの方にナイフを入れると、こちらは中からほろほろと挽肉が溢れた。
俺は一瞬でトマトソースのカルツォーネを食べ切ってしまったので、今度はクミンのカルツォーネの断面をじっと見つめた。
「……そんなに腹減ってたのか? 先に食えよ、レイ」
俺の視線がそう見えたのか、エルダさんが苦笑しながら言った。
「すみません、ちょっとこういうパンに飢えてたもので……」
俺は遠慮の欠片も持たず、二つめのカルツォーネに手を伸ばす。
しっかりと感じたクミンの匂いを吸い込みながら口に含むと、これもまた最高の惣菜パンがそこにあった。
クミンとトマトソースでキーマカレーのようになったフィリングはほうれん草の存在感を限りなく薄め、パリッとした生地によく合う。
俺は勝利を確信した。
石窯の前のエルダさんが言い、俺は唾を飲んだ。
窯が開くと一歩離れた場所にまで熱気が届き、焼きたての匂いがぶわっと広がる。
匂いは成功だ。
「どうですか、エルダさん」
「……うん、いいな。オイルを塗った分、良い焼き色になってる」
トマトソースの方、ほうれん草のクミン炒めの方、それぞれを二つずつ包んだカルツォーネは、見た目は完璧だった。
トマトソースの方は端の方から少しチーズがはみ出していて、それが少し溶けながらも焦げて、なんとも食欲をそそる色合いをしている。
「めちゃくちゃ良い感じ……!」
「包んで焼いてもスパイスの匂いがするんですね。これ、どうやって食べるものなんです?」
「えっと……手で持って食べても良いけど、ナイフで切って食べる人もいるかな……とりあえず今は熱いから、半分に切ってみようか」
俺はトマトソース入りのカルツォーネを一つ手に取り、火傷しそうになりながらカッティングボードの上に乗せた。
「味は間違いなく美味いよな、基本はピザと同じだろう?」
「そのはずです……」
パン切りナイフをちょうど中央に当て、そっと引く。
せっかく膨らんでいるのをなるべく潰さないように切ると、断面からはチーズと混ざり合ったトマトソースがとろりと溢れた。
「これは美味しそうですね! 熱いうちに食べてみましょう!」
「じゃあ、リックとエルダさんで半分ずつどうぞ」
俺は二人にそれぞれカルツォーネを取ってもらおうとカッティングボードごと差し出した。
「よしきた! この時間だ、もう腹が減ってたんだ」
アツアツのカルツォーネに手を伸ばしたエルダさんは、熱さを感じさせない手付きで(実際、たぶんエルダさんの手は熱さに強い。毎日、石窯と向き合っている職人の技だ。)それを取った。
「では、僕もお先に……」
リックも同じようにカルツォーネを取ろうとすると、間のチーズがいっそう美味そうに伸びた。
まるで以前の世界で見たテレビコマーシャルのような光景である。
齧り付いた二人のうち、先に声を出したのはエルダさんだった。
「これは……画期的だな。甘いトマトソースはどうなんだと思ったが、子ども向けの軽食というか……ああ、やっぱりお嬢さんが起きているうちに焼けばよかった。これは間違いなく子どもにウケるぞ」
「このチーズ……! 甘いトマトソースとすごく合いますね! それにこれだけソースの味がするなら他の野菜も入れられますよ!」
「っ、そんなに言われたら俺も食べたくなる!」
俺は二人の絶賛を浴びて耐えきれず、もう一つのトマトソース入りカルツォーネを手に取った。こちらにはチーズに加え、薄く切ったソーセージも入っている。
まだ十分熱いが、俺は多少の火傷は気にせず端から大口で噛み付いた。
「おおっ、豪快だな!」
「うう……っうまい……! うまい! めちゃくちゃ美味いなこれ!」
夜中だというのに、俺は大声を抑えられなかった。
これはもう惣菜パンそのものだ。
素材の味を活かさず、甘く煮たトマトソース、気分のままに多めに入れたチーズと安いソーセージ、パン生地は一流とはいえ、ただ美味さだけを追求した惣菜パンだ。
野菜だの栄養だのなんて気にさせない、ただひたすらに美味い食べ物だった。
「あははっ、レイさんそんなに大きな声が出るんですね。スパイスの方も食べてみましょうよ、熱いうちに」
リックがクミン炒めの方にナイフを入れると、こちらは中からほろほろと挽肉が溢れた。
俺は一瞬でトマトソースのカルツォーネを食べ切ってしまったので、今度はクミンのカルツォーネの断面をじっと見つめた。
「……そんなに腹減ってたのか? 先に食えよ、レイ」
俺の視線がそう見えたのか、エルダさんが苦笑しながら言った。
「すみません、ちょっとこういうパンに飢えてたもので……」
俺は遠慮の欠片も持たず、二つめのカルツォーネに手を伸ばす。
しっかりと感じたクミンの匂いを吸い込みながら口に含むと、これもまた最高の惣菜パンがそこにあった。
クミンとトマトソースでキーマカレーのようになったフィリングはほうれん草の存在感を限りなく薄め、パリッとした生地によく合う。
俺は勝利を確信した。
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