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第二章 少女の友達
16.女神の矜持
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わあわあと注文を繰り返す女の子たちから逃れるように屋台のそばにしゃがみ込んだ俺の視界に影が差した。
「レイ、だいじょうぶ……?」
半狂乱になっていた俺にそう声を掛けたのは、ウサギの人形……ではなく、ウサギの人形を持ったミーティだった。
「……ミーティ、どうして」
「大きな声が聞こえたから……おじいちゃんたち、いないの? あの子たちが待ってるわ、注文を聞いてあげないと」
俺の大声で起こされてしまったらしいミーティは不安気に辺りを見回した。
「いや……注文は聞いてるんだけど……」
「……シチューのソースに、チキンとマッシュルームとじゃがいもよ。チーズも乗せてほしいって」
「え?」
「トマトソースにナスとサラミとチーズ。カルボナーラは、じゃがいもとコーンとベーコンとチーズ。オレンジはアスパラガスとチキン、コーンは乗せるかどうか迷ってるって。レイはどう思う?」
天啓だった。
ミーティはあのやかましい女の子たちの注文を一瞬で完璧に聞き分け、誦じていた。
「オレンジソースにコーン……? 合うよ、合うと思う」
「じゃあ乗せてあげて。あたし、おじいちゃんを呼んでくるわ」
「っ、待って!」
すぐに店の中に戻ろうとしたミーティの腕を掴んだ。強い力だったと思う。ミーティの体はびくりと震え、頬を赤くして振り返った。
「……なに?」
「……ミーティは注文、覚えられる? 一度聞いたら全部、覚えられるね? みんな手が離せない、今はミーティしかいない」
栗色の長い睫毛に囲まれたミーティの目が見開かれ、小さな頭がこくんと頷いた。
「……できるわ。だって、リッキーが全部教えてくれたもの……なんだって一度聞いたら覚えられるように、学校に行ったら一番になれるように……絶対に間違えたりしないわ」
ミーティの声は震えていた。
けれど、その細い腕を掴んだ俺の手に重ねられたミーティの手のひらは、驚くほど熱く、力強かった。
「だったらここにいて。俺はピザを作るよ、ミーティが注文を聞いて教えてくれ」
俺は大きく息を吸い、目の前のピザに向き合った。
ミーティの声は年齢のわりに落ち着いて聞こえた。喋り方のせいだろうか、リックがいない場では、そうしているのかもしれない。
ミーティに言われた通りのピザを作り、俺は急いで工房へ運んだ。
「すみませんレイさん、まだ少しかかりそうで」
パンを捏ねているリックが額の汗をシャツの袖で拭いながら言った。
「……大丈夫、こっちはなんとかやってるよ。フロッカーさん、お願いします」
「焼き上がったら、持っていくのはわしがやろう。次を頼む」
「お願いします」
俺はあえて、ミーティのことは二人に黙っておいた。
なんとなく、そうしたかったからだ。
「ミーティ、次のお客さんは?」
「次のおきゃくさまのご注文は、ハーフ。ソースはトマトとオレンジよ。トマトの方にアスパラガスとサラミとチーズ、オレンジの方にチキンとじゃがいも」
「了解!」
ミーティは屋台の隣に木箱を置いて立ち、俺にゆっくりと伝えてくれた。
俺の気分は高揚し、けれど頭の中は不思議に凪いでいる。
「それじゃあ、空いている席でお待ちくださいな。二人ならあっちの端の席が良いと思うわ」
「はぁーい!」
ミーティは誰に教えられるでもなく、注文を終えた客に席の案内までしてくれた。
「……ミーティ、これからフロッカーさんが焼き上がったピザを持ってきてくれるから、お客さんの席を教えてあげてね」
「さっきのクォーターのピザの子たちなら看板の隣よ、レイはおじいちゃんが来る前にそのピザを作って、帰りに持っていってもらって焼けばちょうどいいわ」
優秀な助手、というのはおこがましいだろう。
テキパキと俺に指示を出し、注文を一度も聞き返すことなくすらすらと繰り返す様は、もはや助手ではなく店主のようだった。
「レイ、だいじょうぶ……?」
半狂乱になっていた俺にそう声を掛けたのは、ウサギの人形……ではなく、ウサギの人形を持ったミーティだった。
「……ミーティ、どうして」
「大きな声が聞こえたから……おじいちゃんたち、いないの? あの子たちが待ってるわ、注文を聞いてあげないと」
俺の大声で起こされてしまったらしいミーティは不安気に辺りを見回した。
「いや……注文は聞いてるんだけど……」
「……シチューのソースに、チキンとマッシュルームとじゃがいもよ。チーズも乗せてほしいって」
「え?」
「トマトソースにナスとサラミとチーズ。カルボナーラは、じゃがいもとコーンとベーコンとチーズ。オレンジはアスパラガスとチキン、コーンは乗せるかどうか迷ってるって。レイはどう思う?」
天啓だった。
ミーティはあのやかましい女の子たちの注文を一瞬で完璧に聞き分け、誦じていた。
「オレンジソースにコーン……? 合うよ、合うと思う」
「じゃあ乗せてあげて。あたし、おじいちゃんを呼んでくるわ」
「っ、待って!」
すぐに店の中に戻ろうとしたミーティの腕を掴んだ。強い力だったと思う。ミーティの体はびくりと震え、頬を赤くして振り返った。
「……なに?」
「……ミーティは注文、覚えられる? 一度聞いたら全部、覚えられるね? みんな手が離せない、今はミーティしかいない」
栗色の長い睫毛に囲まれたミーティの目が見開かれ、小さな頭がこくんと頷いた。
「……できるわ。だって、リッキーが全部教えてくれたもの……なんだって一度聞いたら覚えられるように、学校に行ったら一番になれるように……絶対に間違えたりしないわ」
ミーティの声は震えていた。
けれど、その細い腕を掴んだ俺の手に重ねられたミーティの手のひらは、驚くほど熱く、力強かった。
「だったらここにいて。俺はピザを作るよ、ミーティが注文を聞いて教えてくれ」
俺は大きく息を吸い、目の前のピザに向き合った。
ミーティの声は年齢のわりに落ち着いて聞こえた。喋り方のせいだろうか、リックがいない場では、そうしているのかもしれない。
ミーティに言われた通りのピザを作り、俺は急いで工房へ運んだ。
「すみませんレイさん、まだ少しかかりそうで」
パンを捏ねているリックが額の汗をシャツの袖で拭いながら言った。
「……大丈夫、こっちはなんとかやってるよ。フロッカーさん、お願いします」
「焼き上がったら、持っていくのはわしがやろう。次を頼む」
「お願いします」
俺はあえて、ミーティのことは二人に黙っておいた。
なんとなく、そうしたかったからだ。
「ミーティ、次のお客さんは?」
「次のおきゃくさまのご注文は、ハーフ。ソースはトマトとオレンジよ。トマトの方にアスパラガスとサラミとチーズ、オレンジの方にチキンとじゃがいも」
「了解!」
ミーティは屋台の隣に木箱を置いて立ち、俺にゆっくりと伝えてくれた。
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「それじゃあ、空いている席でお待ちくださいな。二人ならあっちの端の席が良いと思うわ」
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「……ミーティ、これからフロッカーさんが焼き上がったピザを持ってきてくれるから、お客さんの席を教えてあげてね」
「さっきのクォーターのピザの子たちなら看板の隣よ、レイはおじいちゃんが来る前にそのピザを作って、帰りに持っていってもらって焼けばちょうどいいわ」
優秀な助手、というのはおこがましいだろう。
テキパキと俺に指示を出し、注文を一度も聞き返すことなくすらすらと繰り返す様は、もはや助手ではなく店主のようだった。
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