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第二章 少女の友達
12.二人の不安
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「もうこんなに人がいる……!」
日が昇りきって俺たちが屋台の周りを整える頃には町はすっかり活気に包まれていた。
往来には普段からある路面店の他にいくつもの屋台が立ち並んで、皆それぞれ子ども向けの売り物を用意しているらしい。
子どもたちの姿も増えてきたが走り回っているのは男の子たちばかりで、女の子たちはそれぞれよそ行きに着飾った格好に相応しく澄まし顔で歩いている。
「レイ、そろそろ呼び込みを始めていいぞ。具を乗せたピザからどんどん工房へ運んでくれ」
「えっ、ちょ! ちょっと待ってください呼び込みって!?」
「呼び込みだよ、やらなきゃ何の店かわからんだろ」
俺はさっさと店の中に戻ろうとするエルダさんのエプロンを掴んで引き留めた。
「呼び込みって……俺がやるんですか?」
「他に誰がいるんだ。おまえが考えたパンだろう?」
「っ……無理です! 声とか出ないです俺!」
「何を恥ずかしがってるんだ。やってみろ、ほら」
ほら、と背中を押されて往来に顔を向けるも、行き交う人々の多さに息が詰まったように恐ろしくなる。
ここで人々が振り向くほどの声を上げるなど、俺には到底できそうもない。
「……」
「……あのなぁ。いいか、こうやってやるんだ」
地蔵のように固まった俺に、エルダさんはうんざりしたような顔をして大きく息を吸った。
次の瞬間、俺の体はビリビリと震えた。
「う……!」
「さあさあいらっしゃい! フロッキースのピザはいかがかなー!」
エルダさんの低い声が通りに響き渡り、歩いていた人々が足を止めてこちらを振り向いた。
駆け回っていた男の子たちも立ち止まり、首を傾げてこちらを見ている。
「っ……ヤバイ、みんなこっち見てる……!」
「いいか? ちゃんと客を呼び込めよ。俺はもう中に入るからな」
俺が石になっているのをいいことに、エルダさんは腕を振りながら店へ戻ってしまった。
この世界に来てからほとんどの時間を小さな村で限られた人とのみ関わって生きてきた俺にとって、大衆の目が自分にばかり注がれている状況は耐え難いものだった。
後退りした左足に右足も追従し、俺は慌てて店のドアを開けて中へ叫んだ。
「っ、リック! 客が来るよ、リック! 早く来てくれ!」
俺の上擦った声を聞いたリックが奥から「はぁい」と間延びした声で答えるまでの時間は十倍にも感じられた。
そうして、俺の焦りをまるで無視してゆっくりと歩いてきたリックはその両腕にミーティを抱いていた。
その——可愛らしいオレンジ色のワンピースを着て、前髪と顔の横にかかる髪を一緒に編み込んで、耳の辺りに白い花の飾りを付けた——ミーティは今にも泣き出しそうに潤んだ目をしていた。
「すみません、レイさん。遅くなりました」
「あ……ミーティ、すごく似合ってるね、可愛いよ」
リックはそっとしゃがみ、微かな吐息を漏らしてミーティを床に下ろした。
ミーティは俯き、蚊の鳴くような声で俺に言った。
「……今日はみんな忙しいから、あたしはお部屋で遊んでるって言ったのに、リッキーが」
「でも、せっかくのお祭りだから……ミーティも遊びに行ってみたら? 外はいろんな店が出てるみたいだよ、ほら、お向かいは可愛い花を売ってて……」
「いいの、レイはリッキーを呼びに来たんでしょ? あたし邪魔にならないようにここにいるから、お仕事がんばってね」
ぎこちない笑みを浮かべたミーティのその震えた声に、俺は胸が痛んだ。
たった今、エルダさんが呼び込んだ人々の視線に怯えてリックに縋り付いた俺だけは、ミーティの気持ちをわかってやりたかった。
「……ミーティ、僕もレイさんの手伝いがあるからずっとここにはいられないよ。一人になるけど、いいの?」
「平気……」
「あっ、リック! いや、あの、俺は大丈夫だから! リックはミーティと遊んであげてよ、お客さんには少し待ってもらって、ゆっくりやれば俺一人でも大丈夫だからさ……!」
慌てて両手を振りながら言った俺の背中に、しかし世間は残酷だった。
「すいませーん! ピザくださぁい!」
元気の良い男の子たちが屋台の脇を抜けて店を覗き、俺たちに向かって叫んでいた。
日が昇りきって俺たちが屋台の周りを整える頃には町はすっかり活気に包まれていた。
往来には普段からある路面店の他にいくつもの屋台が立ち並んで、皆それぞれ子ども向けの売り物を用意しているらしい。
子どもたちの姿も増えてきたが走り回っているのは男の子たちばかりで、女の子たちはそれぞれよそ行きに着飾った格好に相応しく澄まし顔で歩いている。
「レイ、そろそろ呼び込みを始めていいぞ。具を乗せたピザからどんどん工房へ運んでくれ」
「えっ、ちょ! ちょっと待ってください呼び込みって!?」
「呼び込みだよ、やらなきゃ何の店かわからんだろ」
俺はさっさと店の中に戻ろうとするエルダさんのエプロンを掴んで引き留めた。
「呼び込みって……俺がやるんですか?」
「他に誰がいるんだ。おまえが考えたパンだろう?」
「っ……無理です! 声とか出ないです俺!」
「何を恥ずかしがってるんだ。やってみろ、ほら」
ほら、と背中を押されて往来に顔を向けるも、行き交う人々の多さに息が詰まったように恐ろしくなる。
ここで人々が振り向くほどの声を上げるなど、俺には到底できそうもない。
「……」
「……あのなぁ。いいか、こうやってやるんだ」
地蔵のように固まった俺に、エルダさんはうんざりしたような顔をして大きく息を吸った。
次の瞬間、俺の体はビリビリと震えた。
「う……!」
「さあさあいらっしゃい! フロッキースのピザはいかがかなー!」
エルダさんの低い声が通りに響き渡り、歩いていた人々が足を止めてこちらを振り向いた。
駆け回っていた男の子たちも立ち止まり、首を傾げてこちらを見ている。
「っ……ヤバイ、みんなこっち見てる……!」
「いいか? ちゃんと客を呼び込めよ。俺はもう中に入るからな」
俺が石になっているのをいいことに、エルダさんは腕を振りながら店へ戻ってしまった。
この世界に来てからほとんどの時間を小さな村で限られた人とのみ関わって生きてきた俺にとって、大衆の目が自分にばかり注がれている状況は耐え難いものだった。
後退りした左足に右足も追従し、俺は慌てて店のドアを開けて中へ叫んだ。
「っ、リック! 客が来るよ、リック! 早く来てくれ!」
俺の上擦った声を聞いたリックが奥から「はぁい」と間延びした声で答えるまでの時間は十倍にも感じられた。
そうして、俺の焦りをまるで無視してゆっくりと歩いてきたリックはその両腕にミーティを抱いていた。
その——可愛らしいオレンジ色のワンピースを着て、前髪と顔の横にかかる髪を一緒に編み込んで、耳の辺りに白い花の飾りを付けた——ミーティは今にも泣き出しそうに潤んだ目をしていた。
「すみません、レイさん。遅くなりました」
「あ……ミーティ、すごく似合ってるね、可愛いよ」
リックはそっとしゃがみ、微かな吐息を漏らしてミーティを床に下ろした。
ミーティは俯き、蚊の鳴くような声で俺に言った。
「……今日はみんな忙しいから、あたしはお部屋で遊んでるって言ったのに、リッキーが」
「でも、せっかくのお祭りだから……ミーティも遊びに行ってみたら? 外はいろんな店が出てるみたいだよ、ほら、お向かいは可愛い花を売ってて……」
「いいの、レイはリッキーを呼びに来たんでしょ? あたし邪魔にならないようにここにいるから、お仕事がんばってね」
ぎこちない笑みを浮かべたミーティのその震えた声に、俺は胸が痛んだ。
たった今、エルダさんが呼び込んだ人々の視線に怯えてリックに縋り付いた俺だけは、ミーティの気持ちをわかってやりたかった。
「……ミーティ、僕もレイさんの手伝いがあるからずっとここにはいられないよ。一人になるけど、いいの?」
「平気……」
「あっ、リック! いや、あの、俺は大丈夫だから! リックはミーティと遊んであげてよ、お客さんには少し待ってもらって、ゆっくりやれば俺一人でも大丈夫だからさ……!」
慌てて両手を振りながら言った俺の背中に、しかし世間は残酷だった。
「すいませーん! ピザくださぁい!」
元気の良い男の子たちが屋台の脇を抜けて店を覗き、俺たちに向かって叫んでいた。
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