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第二章 少女の友達
3.フリスビーの正体
しおりを挟む翌朝、俺はパンを捏ねるエルダさんの前で粉の軽量をしながら夜のうちに考えたことを話した。
「誰かと一緒に食べたいって自然に思えるものって、一人だと食べきれない量のものだと思うんですよ」
「なるほどな。じゃあバカでかいパンでも焼いてみるか?」
「……でも、俺たちが普段食べてるバゲットも大きくて、切り分けて食べますよね? だからそこにこう……子どもが好きな工夫をしたらどうかと思って」
「子どもが好きな工夫? 例えば?」
「例えばピザとか……あっあの、切り分けて食べる平らな……!」
パンを捏ねる手を止めず、エルダさんは眉間に皺を寄せた。
俺は滑らせた口を慌てて噤む。
「ピザ? それが今度のおまえのパンか?」
「ピザって……そんなものないですよね……」
つい頭の中に浮かんだ言葉を口にしてしまい、またこの世界の常識とずれた発言をしてしまったことを自覚する。
本当に、俺はいつまで経っても思考の癖が直らないらしい。
「……いや。聞いたことはあるぞ、ピザ……ピッツァ、だったか? 南東の国にパンに似た食べ物があって、それが確かそんな名前だった」
エルダさんは捏ね上げた生地の表面を叩き、顔を上げた。
「本当ですか? 食べたことがありますか?」
「話に聞いただけだ、ずいぶん昔に行商人から……平らなパンにハムなどを乗せて食うと聞いたが」
「ああっ、そう! それです! この生地をですね、丸く平らに、できるだけ薄く伸ばして……そこに具材とソースを乗せて焼くんです。焼き上がったらこう、放射状にカットして、みんなで食べるっていう」
俺は作業台の上に指で円を描き、ピザをどう切って食べるか、エルダさんに説明した。
エルダさんは次のパン生地の捏ねに入って忙しいが、俺の説明の最中には何度か顔を上げて見てくれた。
「薄く伸ばすのか……それで、上には何を乗せる?」
「……野菜とチーズ、それに肉類……ハムやベーコン、チキンでも。細かく切ったものを散らすように乗せて焼きます」
「細かく?」
「あまり大きいと食べにくいので。トマトやじゃがいもや玉ねぎ……チーズを多めにしたり、コーンを乗せたりしても良いと思います」
その他にも、ナスやピーマン、バジル、オリーブや豆類など、俺はこの町で手に入りそうな野菜を指を折って数えた。
「コーンにチーズか……子どもが好きなものを選べばいいかもしれないな。ただ、お嬢さんはナスやピーマン、それにオリーブも好きじゃない。そういうものはやめておこう」
エルダさんは苦笑し、生地の上に布を被せた。
俺は予想していたその反応に、一つ勇気を出して息を吸った。
「……あの、それって食べず嫌いなんじゃないかと思うんです」
「食べず嫌い?」
「この間のシチュー、エルダさんはセロリも使いましたよね? ミーティは気付かずに食べてましたよ。セロリは嫌いだって言ってたのに」
俺は先日のシチューパンを作った時のことを思い出しながら言った。
ミーティはセロリやにんじんを嫌い、リックはそれらをミーティの分には入れないと言ったが、実際に皿から除いたのはにんじんだけで、細かくなって混ざってしまったセロリはそのままだった。
つまりミーティの好き嫌いには、リックやエルダさん、おそらくはフロッカーさんもまた、嫌がるならばと極力食べさせないようにしている。だが、当の本人は大人が思うほど厳密にその野菜を嫌っていないのだ。
セロリの匂いが嫌だと言っても、シチューの中にあるものは気付かない。それなら、ピザのトマトソースとガーリックの効いた味の上では気にならないかもしれない。
「確かに、それはそうだが……」
「それに、外に出て色々な人と関わるなら自分の都合ばかり通らないこともあります。他の子どもたちと関わるなら尚更……それで考えたんです、ただのピザの屋台じゃなくて、子どもたちが自分で選んだ具を乗せて焼き、そのピザを分け合って食べる。大きなピザだから一人では食べきれないし、誰かと食べるなら他の人の意見も聞かなきゃならない。もちろんピザの半分にだけピーマンを乗せたり、クォーターで四種類の味にしても良い。お互いの好みを知って、分け合えば話すきっかけになると思うんです、それって友達になるきっかけになりませんか?」
いつのまにか必死になっていた俺は大袈裟な身振り手振りをしながらエルダさんの前に立ちはだかっていた。
「わかったわかった、とりあえずそこを通してくれ。窯の具合を見なきゃならん」
「あっ、すみません……」
「……ま、おまえさんの言うことには一理ある。おもしろいじゃないか、とりあえず一度作ってみないか? もちろん、お嬢さんには内緒でな」
エルダさんは悪戯っぽく笑い、俺の背中を分厚い手のひらで力一杯叩いた。
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