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18.シチューのパン
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「なんだ、揃って騒々しいな」
焼きたてのパンを持って戻った俺たちを見て、ロッキングチェアに座ってミーティを抱えていたフロッカーさんが眉を顰めた。
どうやらミーティはフロッカーさんの膝の上で眠ってしまっているらしい。
「パンが焼けたから持ってきたんですが、ミーティは寝ちゃったんですね。僕がベッドに寝かせてきますよ、父さん」
リックはそう言ってミーティを抱えようとしたが、フロッカーさんは首を振った。
「いや、起こしてやろう。ミーティ、新しいパンが焼けたそうだよ。食べてみるか?」
「んん……パン……?」
小さな手で目を擦るミーティに、リックは少し屈んでその頬を撫でた。
「起こしちゃってごめんね。ミーティもレイさんのパンを食べてみない?」
「……食べる。あたしも食べたい」
ずるずるとフロッカーさんの膝を下りたミーティのスカートが捲れそうになると、リックがひょいとその体を抱え上げた。
「ではご案内しましょう、姫。こちらへどうぞ」
テーブルの上には焼きたてのシチューパンが七つ、網台に並んでいる。
俺たちは各々テーブルの席についてパンを囲んだ。
「これが新しいパンか……不思議なもんだな、本当にシチューが入ってるのか」
フロッカーさんは眼鏡を額にずらし、顔を近付けてパンを見つめた。
「一つずつ食べてみましょうよ。まだ熱いから、ミーティは触っちゃだめだよ」
「……お願いします」
俺は再び緊張が込み上げて、上目遣いでリックを見た。
リックは俺の視線を気にすることなく一つを手に取る。
「あ、結構ずっしりしてますね。なんていうか、コインを入れた袋のような……?」
例えにはピンと来なかったものの、リックの行動をきっかけにエルダさんも動き出した。戸棚から出した細長いパン切り包丁を手に持っている。
「食べる前に切ってみていいか? 中がどうなっているのか、非常に興味深い」
「どうぞ……あっ、リックは、嫌じゃなければかぶりついてみてくれないか? そうやって食べてほしいんだ」
少し行儀が悪いかもしれないけれど、と俺は付け足した。
「かぶりつく? 手でちぎらずに?」
リックは案の定どきりとしたようで、顔色を変えてフロッカーさんの方を見た。シチューの食べ方の際に言っていた通り、食事のマナーについては父親のフロッカーさんから厳しく躾けられてきたのだろう。
「……構わんだろう。作り手がそう食べてほしいと言っているんだ、それが礼儀だ」
「では……」
俺は息を呑んだ。
リックの形の良い歯が丸いシチューパンに立てられた。
「おい、切ってみるとすごいな! まるでシチューのポケットだ!」
同時に声を上げたのはエルダさんだった。
二つに切ったパンの断面をこちらに向けている。
断面から見えるフィリングの牛肉とじゃがいもは、膨らんで空洞になったパンの中の部屋で睦まじく寄り添っていた。
「あ、味はどう? リック……」
「……はい」
咀嚼中のリックは一度首を傾げ、返事をしてからもう一口そこに齧り付いた。
「……美味しくない?」
いつのまにかエルダさんも手を止め、リックの顔をまじまじと見つめている。ミーティもフロッカーさんも、リックの感想を待っているようだった。
「ええと……パンに、シチューが入っています」
「っ、シチューが入ってるのはわかるよ俺が入れたんだから! 味の感想を聞かせてくれ!」
「なんて言っていいか……シチューとパンの味がします、すごく」
リックは真剣な顔をして言った。
「お、美味しくないってこと……?」
「いえ、美味しいです。エルダさんのシチューの味ですし、パンに合うんだなぁって」
なんだか歯切れの悪いリックの感想に、焦れたのは俺だけではなかったらしい。
パンを切ったエルダさんは片手に持った一つにがぶりと噛み付いた。
「……ん、んん……ああ、なんだ美味いじゃないか! やっぱりパンとシチューは合う」
「どれどれ……わしも一つ」
続いてフロッカーさんがシチューの溢れた一つを手に取り、そこに齧り付いた。
「ど、どうでしょうか?」
「……おお……本当にシチューが入ってる。驚いたな、こんなパンがあるのか」
二人の感想はひとまず俺が願っていた最低ラインはクリアしていた。
「あたしにも食べさせて!」
ミーティの分はリックが手に取り、それが熱すぎないことを確かめてから手渡した。
「はい、どうぞ。中にシチューが入っているから気をつけて」
「はぁい!」
俺は願うような気持ちだった。
せめてミーティだけはこの美味しさに(とはいえ俺はまだ食べていないが)感激してほしいと、願わずにいられなかった。
焼きたてのパンを持って戻った俺たちを見て、ロッキングチェアに座ってミーティを抱えていたフロッカーさんが眉を顰めた。
どうやらミーティはフロッカーさんの膝の上で眠ってしまっているらしい。
「パンが焼けたから持ってきたんですが、ミーティは寝ちゃったんですね。僕がベッドに寝かせてきますよ、父さん」
リックはそう言ってミーティを抱えようとしたが、フロッカーさんは首を振った。
「いや、起こしてやろう。ミーティ、新しいパンが焼けたそうだよ。食べてみるか?」
「んん……パン……?」
小さな手で目を擦るミーティに、リックは少し屈んでその頬を撫でた。
「起こしちゃってごめんね。ミーティもレイさんのパンを食べてみない?」
「……食べる。あたしも食べたい」
ずるずるとフロッカーさんの膝を下りたミーティのスカートが捲れそうになると、リックがひょいとその体を抱え上げた。
「ではご案内しましょう、姫。こちらへどうぞ」
テーブルの上には焼きたてのシチューパンが七つ、網台に並んでいる。
俺たちは各々テーブルの席についてパンを囲んだ。
「これが新しいパンか……不思議なもんだな、本当にシチューが入ってるのか」
フロッカーさんは眼鏡を額にずらし、顔を近付けてパンを見つめた。
「一つずつ食べてみましょうよ。まだ熱いから、ミーティは触っちゃだめだよ」
「……お願いします」
俺は再び緊張が込み上げて、上目遣いでリックを見た。
リックは俺の視線を気にすることなく一つを手に取る。
「あ、結構ずっしりしてますね。なんていうか、コインを入れた袋のような……?」
例えにはピンと来なかったものの、リックの行動をきっかけにエルダさんも動き出した。戸棚から出した細長いパン切り包丁を手に持っている。
「食べる前に切ってみていいか? 中がどうなっているのか、非常に興味深い」
「どうぞ……あっ、リックは、嫌じゃなければかぶりついてみてくれないか? そうやって食べてほしいんだ」
少し行儀が悪いかもしれないけれど、と俺は付け足した。
「かぶりつく? 手でちぎらずに?」
リックは案の定どきりとしたようで、顔色を変えてフロッカーさんの方を見た。シチューの食べ方の際に言っていた通り、食事のマナーについては父親のフロッカーさんから厳しく躾けられてきたのだろう。
「……構わんだろう。作り手がそう食べてほしいと言っているんだ、それが礼儀だ」
「では……」
俺は息を呑んだ。
リックの形の良い歯が丸いシチューパンに立てられた。
「おい、切ってみるとすごいな! まるでシチューのポケットだ!」
同時に声を上げたのはエルダさんだった。
二つに切ったパンの断面をこちらに向けている。
断面から見えるフィリングの牛肉とじゃがいもは、膨らんで空洞になったパンの中の部屋で睦まじく寄り添っていた。
「あ、味はどう? リック……」
「……はい」
咀嚼中のリックは一度首を傾げ、返事をしてからもう一口そこに齧り付いた。
「……美味しくない?」
いつのまにかエルダさんも手を止め、リックの顔をまじまじと見つめている。ミーティもフロッカーさんも、リックの感想を待っているようだった。
「ええと……パンに、シチューが入っています」
「っ、シチューが入ってるのはわかるよ俺が入れたんだから! 味の感想を聞かせてくれ!」
「なんて言っていいか……シチューとパンの味がします、すごく」
リックは真剣な顔をして言った。
「お、美味しくないってこと……?」
「いえ、美味しいです。エルダさんのシチューの味ですし、パンに合うんだなぁって」
なんだか歯切れの悪いリックの感想に、焦れたのは俺だけではなかったらしい。
パンを切ったエルダさんは片手に持った一つにがぶりと噛み付いた。
「……ん、んん……ああ、なんだ美味いじゃないか! やっぱりパンとシチューは合う」
「どれどれ……わしも一つ」
続いてフロッカーさんがシチューの溢れた一つを手に取り、そこに齧り付いた。
「ど、どうでしょうか?」
「……おお……本当にシチューが入ってる。驚いたな、こんなパンがあるのか」
二人の感想はひとまず俺が願っていた最低ラインはクリアしていた。
「あたしにも食べさせて!」
ミーティの分はリックが手に取り、それが熱すぎないことを確かめてから手渡した。
「はい、どうぞ。中にシチューが入っているから気をつけて」
「はぁい!」
俺は願うような気持ちだった。
せめてミーティだけはこの美味しさに(とはいえ俺はまだ食べていないが)感激してほしいと、願わずにいられなかった。
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