19 / 143
18.シチューのパン
しおりを挟む
「なんだ、揃って騒々しいな」
焼きたてのパンを持って戻った俺たちを見て、ロッキングチェアに座ってミーティを抱えていたフロッカーさんが眉を顰めた。
どうやらミーティはフロッカーさんの膝の上で眠ってしまっているらしい。
「パンが焼けたから持ってきたんですが、ミーティは寝ちゃったんですね。僕がベッドに寝かせてきますよ、父さん」
リックはそう言ってミーティを抱えようとしたが、フロッカーさんは首を振った。
「いや、起こしてやろう。ミーティ、新しいパンが焼けたそうだよ。食べてみるか?」
「んん……パン……?」
小さな手で目を擦るミーティに、リックは少し屈んでその頬を撫でた。
「起こしちゃってごめんね。ミーティもレイさんのパンを食べてみない?」
「……食べる。あたしも食べたい」
ずるずるとフロッカーさんの膝を下りたミーティのスカートが捲れそうになると、リックがひょいとその体を抱え上げた。
「ではご案内しましょう、姫。こちらへどうぞ」
テーブルの上には焼きたてのシチューパンが七つ、網台に並んでいる。
俺たちは各々テーブルの席についてパンを囲んだ。
「これが新しいパンか……不思議なもんだな、本当にシチューが入ってるのか」
フロッカーさんは眼鏡を額にずらし、顔を近付けてパンを見つめた。
「一つずつ食べてみましょうよ。まだ熱いから、ミーティは触っちゃだめだよ」
「……お願いします」
俺は再び緊張が込み上げて、上目遣いでリックを見た。
リックは俺の視線を気にすることなく一つを手に取る。
「あ、結構ずっしりしてますね。なんていうか、コインを入れた袋のような……?」
例えにはピンと来なかったものの、リックの行動をきっかけにエルダさんも動き出した。戸棚から出した細長いパン切り包丁を手に持っている。
「食べる前に切ってみていいか? 中がどうなっているのか、非常に興味深い」
「どうぞ……あっ、リックは、嫌じゃなければかぶりついてみてくれないか? そうやって食べてほしいんだ」
少し行儀が悪いかもしれないけれど、と俺は付け足した。
「かぶりつく? 手でちぎらずに?」
リックは案の定どきりとしたようで、顔色を変えてフロッカーさんの方を見た。シチューの食べ方の際に言っていた通り、食事のマナーについては父親のフロッカーさんから厳しく躾けられてきたのだろう。
「……構わんだろう。作り手がそう食べてほしいと言っているんだ、それが礼儀だ」
「では……」
俺は息を呑んだ。
リックの形の良い歯が丸いシチューパンに立てられた。
「おい、切ってみるとすごいな! まるでシチューのポケットだ!」
同時に声を上げたのはエルダさんだった。
二つに切ったパンの断面をこちらに向けている。
断面から見えるフィリングの牛肉とじゃがいもは、膨らんで空洞になったパンの中の部屋で睦まじく寄り添っていた。
「あ、味はどう? リック……」
「……はい」
咀嚼中のリックは一度首を傾げ、返事をしてからもう一口そこに齧り付いた。
「……美味しくない?」
いつのまにかエルダさんも手を止め、リックの顔をまじまじと見つめている。ミーティもフロッカーさんも、リックの感想を待っているようだった。
「ええと……パンに、シチューが入っています」
「っ、シチューが入ってるのはわかるよ俺が入れたんだから! 味の感想を聞かせてくれ!」
「なんて言っていいか……シチューとパンの味がします、すごく」
リックは真剣な顔をして言った。
「お、美味しくないってこと……?」
「いえ、美味しいです。エルダさんのシチューの味ですし、パンに合うんだなぁって」
なんだか歯切れの悪いリックの感想に、焦れたのは俺だけではなかったらしい。
パンを切ったエルダさんは片手に持った一つにがぶりと噛み付いた。
「……ん、んん……ああ、なんだ美味いじゃないか! やっぱりパンとシチューは合う」
「どれどれ……わしも一つ」
続いてフロッカーさんがシチューの溢れた一つを手に取り、そこに齧り付いた。
「ど、どうでしょうか?」
「……おお……本当にシチューが入ってる。驚いたな、こんなパンがあるのか」
二人の感想はひとまず俺が願っていた最低ラインはクリアしていた。
「あたしにも食べさせて!」
ミーティの分はリックが手に取り、それが熱すぎないことを確かめてから手渡した。
「はい、どうぞ。中にシチューが入っているから気をつけて」
「はぁい!」
俺は願うような気持ちだった。
せめてミーティだけはこの美味しさに(とはいえ俺はまだ食べていないが)感激してほしいと、願わずにいられなかった。
焼きたてのパンを持って戻った俺たちを見て、ロッキングチェアに座ってミーティを抱えていたフロッカーさんが眉を顰めた。
どうやらミーティはフロッカーさんの膝の上で眠ってしまっているらしい。
「パンが焼けたから持ってきたんですが、ミーティは寝ちゃったんですね。僕がベッドに寝かせてきますよ、父さん」
リックはそう言ってミーティを抱えようとしたが、フロッカーさんは首を振った。
「いや、起こしてやろう。ミーティ、新しいパンが焼けたそうだよ。食べてみるか?」
「んん……パン……?」
小さな手で目を擦るミーティに、リックは少し屈んでその頬を撫でた。
「起こしちゃってごめんね。ミーティもレイさんのパンを食べてみない?」
「……食べる。あたしも食べたい」
ずるずるとフロッカーさんの膝を下りたミーティのスカートが捲れそうになると、リックがひょいとその体を抱え上げた。
「ではご案内しましょう、姫。こちらへどうぞ」
テーブルの上には焼きたてのシチューパンが七つ、網台に並んでいる。
俺たちは各々テーブルの席についてパンを囲んだ。
「これが新しいパンか……不思議なもんだな、本当にシチューが入ってるのか」
フロッカーさんは眼鏡を額にずらし、顔を近付けてパンを見つめた。
「一つずつ食べてみましょうよ。まだ熱いから、ミーティは触っちゃだめだよ」
「……お願いします」
俺は再び緊張が込み上げて、上目遣いでリックを見た。
リックは俺の視線を気にすることなく一つを手に取る。
「あ、結構ずっしりしてますね。なんていうか、コインを入れた袋のような……?」
例えにはピンと来なかったものの、リックの行動をきっかけにエルダさんも動き出した。戸棚から出した細長いパン切り包丁を手に持っている。
「食べる前に切ってみていいか? 中がどうなっているのか、非常に興味深い」
「どうぞ……あっ、リックは、嫌じゃなければかぶりついてみてくれないか? そうやって食べてほしいんだ」
少し行儀が悪いかもしれないけれど、と俺は付け足した。
「かぶりつく? 手でちぎらずに?」
リックは案の定どきりとしたようで、顔色を変えてフロッカーさんの方を見た。シチューの食べ方の際に言っていた通り、食事のマナーについては父親のフロッカーさんから厳しく躾けられてきたのだろう。
「……構わんだろう。作り手がそう食べてほしいと言っているんだ、それが礼儀だ」
「では……」
俺は息を呑んだ。
リックの形の良い歯が丸いシチューパンに立てられた。
「おい、切ってみるとすごいな! まるでシチューのポケットだ!」
同時に声を上げたのはエルダさんだった。
二つに切ったパンの断面をこちらに向けている。
断面から見えるフィリングの牛肉とじゃがいもは、膨らんで空洞になったパンの中の部屋で睦まじく寄り添っていた。
「あ、味はどう? リック……」
「……はい」
咀嚼中のリックは一度首を傾げ、返事をしてからもう一口そこに齧り付いた。
「……美味しくない?」
いつのまにかエルダさんも手を止め、リックの顔をまじまじと見つめている。ミーティもフロッカーさんも、リックの感想を待っているようだった。
「ええと……パンに、シチューが入っています」
「っ、シチューが入ってるのはわかるよ俺が入れたんだから! 味の感想を聞かせてくれ!」
「なんて言っていいか……シチューとパンの味がします、すごく」
リックは真剣な顔をして言った。
「お、美味しくないってこと……?」
「いえ、美味しいです。エルダさんのシチューの味ですし、パンに合うんだなぁって」
なんだか歯切れの悪いリックの感想に、焦れたのは俺だけではなかったらしい。
パンを切ったエルダさんは片手に持った一つにがぶりと噛み付いた。
「……ん、んん……ああ、なんだ美味いじゃないか! やっぱりパンとシチューは合う」
「どれどれ……わしも一つ」
続いてフロッカーさんがシチューの溢れた一つを手に取り、そこに齧り付いた。
「ど、どうでしょうか?」
「……おお……本当にシチューが入ってる。驚いたな、こんなパンがあるのか」
二人の感想はひとまず俺が願っていた最低ラインはクリアしていた。
「あたしにも食べさせて!」
ミーティの分はリックが手に取り、それが熱すぎないことを確かめてから手渡した。
「はい、どうぞ。中にシチューが入っているから気をつけて」
「はぁい!」
俺は願うような気持ちだった。
せめてミーティだけはこの美味しさに(とはいえ俺はまだ食べていないが)感激してほしいと、願わずにいられなかった。
229
お気に入りに追加
495
あなたにおすすめの小説

せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。
リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。
そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。
そして予告なしに転生。
ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。
そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、
赤い鳥を仲間にし、、、
冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!?
スキルが何でも料理に没頭します!
超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。
合成語多いかも
話の単位は「食」
3月18日 投稿(一食目、二食目)
3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!
異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
辺境の町バラムに暮らす青年マルク。
子どもの頃から繰り返し見る夢の影響で、自分が日本(地球)から転生したことを知る。
マルクは日本にいた時、カフェを経営していたが、同業者からの嫌がらせ、客からの理不尽なクレーム、従業員の裏切りで店は閉店に追い込まれた。
その後、悲嘆に暮れた彼は酒浸りになり、階段を踏み外して命を落とした。
当時の記憶が復活した結果、マルクは今度こそ店を経営して成功することを誓う。
そんな彼が思いついたのが焼肉屋だった。
マルクは冒険者をして資金を集めて、念願の店をオープンする。
焼肉をする文化がないため、その斬新さから店は繁盛していった。
やがて、物珍しさに惹かれた美食家エルフや凄腕冒険者が店を訪れる。
HOTランキング1位になることができました!
皆さま、ありがとうございます。
他社の投稿サイトにも掲載しています。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる