惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

文字の大きさ
上 下
14 / 131

13.癖っ毛

しおりを挟む
 肉屋で大きなブロック肉を買った俺たちは、ちょうど日が暮れるのと同時にフロッキースに戻った。

「ずいぶん大荷物だな」
 
 オーナーのフロッカーさんは買ってきた食材を見て目を丸くした。
 店内のパンは昨日よりもよく売れたようで、残っているのはわずかなバゲットのみである。

「これからレイさんの考えたパンを作るんです。父さんも楽しみにしていてください」

 あまり大々的に宣伝されると失敗した時に困るなぁと思いつつ、俺は曖昧な笑みを浮かべた。

「なんでもいいが、工房は綺麗に使ってくれよ。それと、ミーティを夜更かしさせないように」

 フロッカーさんは店のカウンターを拭きながら、ずり落ちた眼鏡を手の甲で持ち上げた。

「えー! あたしもレイのパンが食べたいのに!」
「レイのパンはまずいかもしれんぞ? ミーティの夕飯はエルダのパンだ」
「おじいちゃんのケチ!」

 おどけた顔をしてみせたフロッカーさんにミーティが気を取られているうちに、俺とリックとは食材を持って工房に入った。
 工房はすでに窯の熱気が充満しており、エルダさんも額に汗を浮かべていた。

「お帰んなさい、坊ちゃん」
「ただいまエルダさん。材料はすべて揃いましたよ、窯はどうですか?」

 リックが尋ねるとエルダさんはにやりと笑い、窯を親指で差した。

「あとは出来上がったパンを見て調整しますよ。レイ、生地を失敗させるなよ」
「っ、がんばります……」

 なんだかだんだんと事が大きくなってきているような気がして、俺はどもりながら答えた。

「じゃあ俺はシチューを作る。普通のシチューでいいんだよな?」
「ええ。作って、ある程度煮込んだらもう火にかけずに冷ましてください。肉や野菜は小さめに切ってあると包みやすいと思います」
「わかった。坊ちゃん、生地の方はお任せしますよ」
「はい。今日の天気だと水は……」

 リックは少し眉間に皺を寄せると、栗色の前髪を摘んだ。額の中央で分けられた髪が指先に巻き付けられる。

「……リック、何してるの?」
「いつもよりスプーン一杯分少なくします」

 首を傾げた俺には答えず、リックはエルダさんに言った。

「惜しい。スプーン半分、いつもより減らしてください」

 エルダさんはそれだけ言ってさっさと出ていってしまった。

「半分か……今日は湿度高めだと思ったんだけどな」

 俺はリックのその言葉でようやく気が付いた。
 リックは自分の髪に触れて、その髪の感触で湿度を測っていたのだ。

「えっ、髪でわかるの? 確かにパンの水分量は感覚で決める人が多いけど、髪か……髪は考えたことがなかった」

 異世界の意外なテクニックに感動した俺は自分の髪に触れてみるが、もちろんそれで何かを感じ取れるはずもない。

「レイさんの髪は癖がないから難しいと思いますよ。僕の前髪はちょっと癖っ毛だから、湿気があるかないかで結構変わるんです」

 リックは照れ臭そうに笑った。

「そっか……便利だな、急に癖っ毛が羨ましくなってきた」
「僕はレイさんみたいなストレートの方が羨ましいですけどね」
「そう? 俺はなんていうか、何もかも平凡だからな……」
「平凡ですか? レイさんみたいな焦茶の髪でストレートな人は珍しい気がします。それに柔らかいパンを作りたいなんて言う人は十分、変わってますよ」

 リックに言われて思い返してみると確かにカンパラの町の人たちには髪色の暗い人が少なかったように思う。その代わり、リックのような栗色の髪や金髪、赤毛の人、歳は若そうなのにほとんど白く見えるような銀色の髪の人もいた。

「そうか……ここじゃ俺の方が少数派なのか……」
「さあ、そろそろ生地作りを始めましょう。水はいつもよりスプーン半分、減らします」

 自分は少数派なのだと思うと、失敗に対する恐れは思うほど気にならなくなっていた。
 何しろ俺は少数派なのだ。
 この世界の“普通”からずれてしまっている俺の理屈は、そう簡単には通らないかもしれない。
 それでもやるしかない。やりたいなら、やってみるだけだ。
 俺のこの世界での初めてのパン作りが始まった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。

リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。 そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。 そして予告なしに転生。 ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。 そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、 赤い鳥を仲間にし、、、 冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!? スキルが何でも料理に没頭します! 超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。 合成語多いかも 話の単位は「食」 3月18日 投稿(一食目、二食目) 3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

処理中です...