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12.リックの夢
しおりを挟む俺とリック、そしてミーティはカンパラの町の西にある通りを歩いていた。
「まずは野菜ですね。それから牛肉、赤ワイン……」
リックはミーティと繋いだ手と逆の手で自筆のメモを取り出した。
「リッキー、セロリとにんじんは買っちゃダメだからね? お肉とお芋と玉ねぎがあればいいからね」
リックの手を掴んだミーティは、まるでリックを先導するかのように半歩前を歩いている。
「……ミーティ、好き嫌いはダメだよ。僕からのお願い」
「いくらリッキーのお願いでもそれは聞けないわ。セロリなんて食べてたら体からセロリの匂いがするようになるもの」
「ミーティはセロリが嫌いなの?」
俺が尋ねると、ミーティは目だけで振り向き、やけに大人びた顔をして答えた。
「にんじんもね。あたしたちは別々に生きていくことに決めたの……」
「僕が好きなミーティはなんでも食べてくれるミーティだよ。さあ、この店で買いましょう、レイさん」
しばらく歩いて到着したのはフロッキースの店舗の半分ほどしかない、小さな店だった。
店先には籠に盛られた玉ねぎやじゃがいも、にんじん、きのこ類も多く売っている。
「ここ? あっちにもう少し大きい店がありそうだったけど……」
店先には起きているのか寝ているのか(何なら、生きているのかさえ)わからないような老婆が椅子にかけたまま、微動だにせず俯いている。
念の為その老婆に聞こえないよう声を落とした俺だったが、リックは朗らかに答えた。
「野菜ならここが一番ですよ! カンパラの町で農家さんから直接仕入れているのはここだけです、値段も安いし新鮮なんです」
「なるほど……」
リックは店先の野菜をいくつか手に取り、寝ている老婆の足元にある紙袋を勝手に取って中に詰め始めた。
玉ねぎにじゃがいも、もちろんにんじんも、店の奥にあったニンニクとセロリも何食わぬ顔で袋に入れる。
「ちょっとリッキー! いじわるしないで!」
「ミーティの分にはセロリは入れないよ。それよりミーティ、お婆さんを起こしてあげてよ。全部でお会計はいくらですか、って」
「もうっ、リッキーったらあたしがいなきゃダメなんだから……おばあちゃま、起きて。玉ねぎとじゃがいもが三つずつ、にんじんが二つ、セロリが一つとニンニクが一つでおいくら?」
ミーティは老婆の隣に立ち、厚いブランケットが置かれた膝に手を乗せてそっと揺すった。
「……あい、ななひゃく、にじゅうコイン」
俺が驚いたのは言うまでもない。
もちろん老婆の突然の覚醒に対してもだが(覚醒と言っても目は閉じたままである。皺の深い顔で唇だけが動き、しわがれた声を発したのだ。)ミーティがリックの選んだ野菜の種類と数をしっかりと覚えていたことに対して、俺は心底驚いた。
「ミーティは賢いなぁ……よく覚えられるね」
「リッキーはね、学校に行ってた頃は一番の成績だったの。あたしも今度学校に行ったら一番になるの」
「へえ……」
ミーティは誇らしげに胸を張り、リックから受け取ったコインを老婆の前のトレイに差し出した。
しわがれた声が、まいど、と呻いた。
一応、前世では大学まで出ていた俺の学力は現世でもそこまで落ちているとは思わないものの、視野の広さと機転の利かせ方ではこの小さな少女に敵わない気さえする。
「レイは学校に行った? 学校って楽しい?」
「俺は行ったことないよ、ずっとアサの村にいたんだ。ミーティやリックより勉強も苦手だよ」
「そうなの? じゃあ、あたしが学校に行ったら授業を全部覚えてレイの先生になってあげるわ。勉強は何歳からやってもいいっておじいちゃんが言ってたの、頑張ってね」
ミーティはすっかり俺の先生になる気でいるようで、お姉さんらしく微笑んだ。
「そのためにはもっと勉強しなきゃだよ、ミーティ。さて、お肉を買うにはどこへ行ったらいいでしょう?」
「それくらい簡単よ、リッキー。お肉はお花屋さんの隣の、ルースさんのお店で買うの。シチューには牛肉、ブロックでくださいなって言うのよ」
ミーティはウサギのシュガーを抱えたまま、通りに出てスキップを始めた。
日が暮れかかり通り沿いの店には橙色のランプが灯される。
町はそれでも祭りの最中のように賑やかだった。
「……おませで驚くでしょ、レイさん」
「え?」
ミーティを目で追いながら歩いていると、野菜の入った袋を抱えたリックが小さく笑った。
「僕の兄は魔物に襲われて命を落としたんです。ミーティがまだ三つの頃に」
「魔物に?」
「……ミーティの母親、つまり僕の義理の姉も、ミーティを産んですぐ亡くなってしまっていました。それで兄まで亡くなって、僕も父もミーティがこれ以上悲しい思いをしないようにって……すっかりお姫様みたいになっちゃったんですけど」
普段明るいリックの声が、初めて少し重い響きを含んで沈んだように聞こえた。
「そうだったのか……ミーティは賢くて良い子だと思うよ。リックにもよく懐いてる」
「……でも僕が兵士団に入ったらそう頻繁には会えなくなるでしょ。だからミーティも女学校に入るんです、僕がいなくても大丈夫なように、学校でたくさん友達を作れるように」
俺は前から気になっていたことを尋ねた。
「その、兵士団に入るというのはどうして? エルダさんだってリックに店を継ぐように言ってたのに……」
少し先で振り向いたミーティが手を振っている。
どうやらその前にあるのが目指していた肉屋らしい。
「店は兄が継ぐはずだったんです。僕はパン屋にはなりません」
「……」
「それよりも魔物を倒せるようになりたい。生きるためにはパンが必要だけど、死なないためには強くならなきゃいけない。僕は僕の道を生きます」
リックは凛々しい横顔で言い、ミーティに片手を上げて応えた。
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