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7.しろうとなりに
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天井の木目を眺めながら、俺は床に敷かれた寝袋に入って今日一日の出来事を思い返していた。
村を出てリックと出会い、カンパラの町に来てフロッキースを訪ねた。
誰もが顔を顰める主張が偶然、聞き入れられてしまった。
隣のベッドではリックが興奮冷めやらぬといった様子で、布団にも入らず早口で喋り続けている。
「ねえレイさん! それでどんなパンを作るんですか? 楽しみだなぁ、一体どんなパンが食べられるんだろう! ミーティもすごく楽しみにしてますよ、僕が寝かしつけようとしても全然寝なかったんだから!」
「……リック、そんなに騒いだら叱られない? 俺はこれでも反省してるんだよ、きみたちの家族仲を悪くしてしまうところだった」
「大丈夫ですよ、父もエルダさんも少し古い人間なだけで悪い人じゃないんだから。それにこの家の真の主はミーティです、ミーティが食べたいと言ったなら作るのが鉄の掟」
リックはまるで歌でも歌うように流暢に言った。
倉庫での話し合いの後、ひとまず俺の希望するパン作りについては明日以降また考えることになった。
ミーティの鶴の一声で決まった方針にいち早く便乗したのはリックで、あれよあれよと俺がしばらく滞在することとそのための寝床をリックの部屋に用意することを決めてしまった。
もちろんそれに関してはオーナーのフロッカーさんも職人のエルダさんも反論はなかったものの、五人の食卓はなんとも言えない気まずい空気が漂っていた。
二階にあるキッチンでエルダさんが作ったのはキノコとベーコンの入ったスープで、店で売れ残っていた固いパンが切り分けられた時の空気と言ったら、もう。
美味しくないわけではない。店で焼いたばかりのパンはマウイばあさんの家で食べるものよりは香ばしく、皮もパリパリとして普段よりはずいぶん美味しいと思えた。
それに、スープの味は特に良かったので、このスープを食べている人が惣菜パンを求めない理由にも納得ができた。
「……でもなぁ。せっかくパンが作れるなら、やっぱりバゲットだけじゃなくて色々作ってほしいよ。サンドイッチからでもいいから」
気を張っていたせいか、思考が言葉になって思わずそう溢していた。
リックの声が途切れ、声に出ていたことに気付く。
「……え?」
「あ……ごめん、独り言だよ」
「サンドイッチってなんですか? それがレイさんの作りたいパン?」
「えーと……パンを薄く切って、野菜とか卵とか肉とか、挟んで食べるやつ……」
「挟む……肉や野菜は、挟まない方が食べやすくないですか?」
「好きなソースも一緒に挟み込んで全部一緒に食べるんだ、別々に食べるより美味しいよ」
「……スープ無しで?」
俺が頭の中で描いているのは、前世では身近にあったファストフードと言われる類の店の商品だった。好きな具材を選んで挟める、あれだ。
もちろん理想は家庭的な、食パンを使ったサンドイッチだが(ちなみに耳は切り落とさないのが好きだ。)この世界に食パンは無い。
だとすると現実的なのは、今あるバゲットに何かを挟んで作るタイプのサンドイッチだろう。別に難しいことではない。前世ではよく見かけたし、人気もあったはずだ。
だが、問題は別にある。
「そこなんだよなぁ……」
この世界の人々がパンというとすぐにスープの話を始めるのは、そのパンの固さのせいである。
パンが固い。固いので、スープに浸さなければ食べられない。
そんなパンに野菜だの肉だの挟んだところで、齧り付いても噛み切れないのが必然だ。
「レイさんは柔らかいパンとも言っていましたが、それを作るアイデアはあるんですか? 僕も子どもの頃からこの家でパン作りを手伝ってきたけど、スープに浸さないパンって想像できません」
アイデアというなら、まったく無いわけではない。
前世でも自分で楽しむ程度にパンを作っていた俺だから、ほんの少しならパン作りの知識がある。
例えばバゲットというのは準強力粉で作られていて、水や塩などのシンプルな材料しか混ぜ込まない、いわゆるリーンな生地というもので作る。
対して菓子パンのふかふかした柔らかいものはバターや卵、砂糖などが入ったリッチと言われる生地で作られる。
じゃあこの世界のパンにもそういう油脂分のあるものを混ぜればそれで良いかというと、それはたぶん少し違う。
おそらく粉が違うのだ。
残念ながら、前世では食への探究心が殊更に強い国に生まれ、豊富な食材と文明の利器のおかげでちょっと調べれば大抵のパンが美味しく作れたものの、この世界には食に執着しすぎる民族も便利な道具も無いのである。
その粉の違いが詳しくわからない以上は他の材料の配合もわからないため、おそらくパンを柔らかく焼くためには試行錯誤が必要になるだろう。
フロッキースでもパンを作る家でも使われている小麦粉は一種類で、それはきっと自然にパンを作ればバゲットのようになる準強力粉に近いもののはずだ。
少しの作り方の変更ではあの固さが変わらないとすると、俺が使えるアイデアは一つだ。
「……生地を極限まで薄くして、中にたっぷり具を入れるしかないよな」
俺は前に作ったことのあるパンを思い描きながら、ゆっくりと目を閉じた。
村を出てリックと出会い、カンパラの町に来てフロッキースを訪ねた。
誰もが顔を顰める主張が偶然、聞き入れられてしまった。
隣のベッドではリックが興奮冷めやらぬといった様子で、布団にも入らず早口で喋り続けている。
「ねえレイさん! それでどんなパンを作るんですか? 楽しみだなぁ、一体どんなパンが食べられるんだろう! ミーティもすごく楽しみにしてますよ、僕が寝かしつけようとしても全然寝なかったんだから!」
「……リック、そんなに騒いだら叱られない? 俺はこれでも反省してるんだよ、きみたちの家族仲を悪くしてしまうところだった」
「大丈夫ですよ、父もエルダさんも少し古い人間なだけで悪い人じゃないんだから。それにこの家の真の主はミーティです、ミーティが食べたいと言ったなら作るのが鉄の掟」
リックはまるで歌でも歌うように流暢に言った。
倉庫での話し合いの後、ひとまず俺の希望するパン作りについては明日以降また考えることになった。
ミーティの鶴の一声で決まった方針にいち早く便乗したのはリックで、あれよあれよと俺がしばらく滞在することとそのための寝床をリックの部屋に用意することを決めてしまった。
もちろんそれに関してはオーナーのフロッカーさんも職人のエルダさんも反論はなかったものの、五人の食卓はなんとも言えない気まずい空気が漂っていた。
二階にあるキッチンでエルダさんが作ったのはキノコとベーコンの入ったスープで、店で売れ残っていた固いパンが切り分けられた時の空気と言ったら、もう。
美味しくないわけではない。店で焼いたばかりのパンはマウイばあさんの家で食べるものよりは香ばしく、皮もパリパリとして普段よりはずいぶん美味しいと思えた。
それに、スープの味は特に良かったので、このスープを食べている人が惣菜パンを求めない理由にも納得ができた。
「……でもなぁ。せっかくパンが作れるなら、やっぱりバゲットだけじゃなくて色々作ってほしいよ。サンドイッチからでもいいから」
気を張っていたせいか、思考が言葉になって思わずそう溢していた。
リックの声が途切れ、声に出ていたことに気付く。
「……え?」
「あ……ごめん、独り言だよ」
「サンドイッチってなんですか? それがレイさんの作りたいパン?」
「えーと……パンを薄く切って、野菜とか卵とか肉とか、挟んで食べるやつ……」
「挟む……肉や野菜は、挟まない方が食べやすくないですか?」
「好きなソースも一緒に挟み込んで全部一緒に食べるんだ、別々に食べるより美味しいよ」
「……スープ無しで?」
俺が頭の中で描いているのは、前世では身近にあったファストフードと言われる類の店の商品だった。好きな具材を選んで挟める、あれだ。
もちろん理想は家庭的な、食パンを使ったサンドイッチだが(ちなみに耳は切り落とさないのが好きだ。)この世界に食パンは無い。
だとすると現実的なのは、今あるバゲットに何かを挟んで作るタイプのサンドイッチだろう。別に難しいことではない。前世ではよく見かけたし、人気もあったはずだ。
だが、問題は別にある。
「そこなんだよなぁ……」
この世界の人々がパンというとすぐにスープの話を始めるのは、そのパンの固さのせいである。
パンが固い。固いので、スープに浸さなければ食べられない。
そんなパンに野菜だの肉だの挟んだところで、齧り付いても噛み切れないのが必然だ。
「レイさんは柔らかいパンとも言っていましたが、それを作るアイデアはあるんですか? 僕も子どもの頃からこの家でパン作りを手伝ってきたけど、スープに浸さないパンって想像できません」
アイデアというなら、まったく無いわけではない。
前世でも自分で楽しむ程度にパンを作っていた俺だから、ほんの少しならパン作りの知識がある。
例えばバゲットというのは準強力粉で作られていて、水や塩などのシンプルな材料しか混ぜ込まない、いわゆるリーンな生地というもので作る。
対して菓子パンのふかふかした柔らかいものはバターや卵、砂糖などが入ったリッチと言われる生地で作られる。
じゃあこの世界のパンにもそういう油脂分のあるものを混ぜればそれで良いかというと、それはたぶん少し違う。
おそらく粉が違うのだ。
残念ながら、前世では食への探究心が殊更に強い国に生まれ、豊富な食材と文明の利器のおかげでちょっと調べれば大抵のパンが美味しく作れたものの、この世界には食に執着しすぎる民族も便利な道具も無いのである。
その粉の違いが詳しくわからない以上は他の材料の配合もわからないため、おそらくパンを柔らかく焼くためには試行錯誤が必要になるだろう。
フロッキースでもパンを作る家でも使われている小麦粉は一種類で、それはきっと自然にパンを作ればバゲットのようになる準強力粉に近いもののはずだ。
少しの作り方の変更ではあの固さが変わらないとすると、俺が使えるアイデアは一つだ。
「……生地を極限まで薄くして、中にたっぷり具を入れるしかないよな」
俺は前に作ったことのあるパンを思い描きながら、ゆっくりと目を閉じた。
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