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プロローグ
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深海玲司、享年二十五。
大学を卒業して三年、そこそこの会社で可もなく不可もなく大人しく働いて、休日は一人趣味を楽しむ日々。なんとなく上手くいっていた気がする人生の不幸は一括払いだったらしい。
夜になって急に降り出した雨だった。
あとは帰るだけだからいいかと思って、濡れるのも気にせずのんびり歩いていたせいだ。
俺の頭に落ちた雷は、そのまま俺の命を奪った挙句に別の世界へ運んでしまったらしい。
「はっ……!」
「目を覚ましたかい、レイ。おまえさんまた道で寝てたらしいね」
俺の顔を覗き込んでいたのは老婆だった。
シワだらけの顔に穴を開けたような小さな黒い目が二つ、曲がった腰に似合わずよく通る声で喋る老婆の名前は、
「マウイばあさん……」
「相変わらず酷い寝言でうるさくて敵わないよ。起きたならとっとと出ていきな」
「寝言? 俺が?」
「いつものやつだよ、カチョースミマセンとかいうあれだ」
マウイばあさんは忌々しげに吐き捨て、手に持っていた白い手拭いを頭に巻き付けた。
マウイばあさんがこの格好をする時は、これから畑に出るという合図である。
「あー……そうだ、またあの夢を見てた」
俺はそれらしい返事を呟き、ベッドから起き上がって窓の外を見た。
ここはマウイばあさんの家だ。マウイばあさんというのはこの世界で俺を拾って育ててくれた人で(と言っても最低限の食事と寝床を与えてくれただけで、ほとんどは雑用係として畑仕事を手伝わされていただけだ。)つまりは親代わりなのだが、お察しの通りあまり仲は良くない間柄である。
ここではない別の世界で雷に打たれて死んだ深海玲司は、気が付くとこの世界に生まれていた。
剣だの魔法だのと物騒な世界のせいか両親はすでに亡く、小さな村の老婆に拾われて育った「レイ」は今年で二十五歳になった。
このまま村の中でマウイばあさんの畑仕事を手伝いながら静かに二度目の人生を送るのも悪くないと思っていたものの、前世の記憶はこうして時々夢の中に現れては俺を苦しめ続けている。
「カンパラの町に行くんだろ? 早く行かないと日が暮れるよ。パン屋が閉まるのはもっと早い」
「っ、わかってるよ、じゃあね! 俺はもうここには帰らないから!」
「その捨て台詞も何回目だい。魔物が怖いからって逃げ帰って外で寝るくらいなら一生この村であたしの畑仕事を手伝いな!」
「冗談じゃない! 俺はカンパラでパン屋に弟子入りするんだ!」
俺は、これもまた何度目かの捨て台詞を吐いてマウイばあさんの家を飛び出した。
大学を卒業して三年、そこそこの会社で可もなく不可もなく大人しく働いて、休日は一人趣味を楽しむ日々。なんとなく上手くいっていた気がする人生の不幸は一括払いだったらしい。
夜になって急に降り出した雨だった。
あとは帰るだけだからいいかと思って、濡れるのも気にせずのんびり歩いていたせいだ。
俺の頭に落ちた雷は、そのまま俺の命を奪った挙句に別の世界へ運んでしまったらしい。
「はっ……!」
「目を覚ましたかい、レイ。おまえさんまた道で寝てたらしいね」
俺の顔を覗き込んでいたのは老婆だった。
シワだらけの顔に穴を開けたような小さな黒い目が二つ、曲がった腰に似合わずよく通る声で喋る老婆の名前は、
「マウイばあさん……」
「相変わらず酷い寝言でうるさくて敵わないよ。起きたならとっとと出ていきな」
「寝言? 俺が?」
「いつものやつだよ、カチョースミマセンとかいうあれだ」
マウイばあさんは忌々しげに吐き捨て、手に持っていた白い手拭いを頭に巻き付けた。
マウイばあさんがこの格好をする時は、これから畑に出るという合図である。
「あー……そうだ、またあの夢を見てた」
俺はそれらしい返事を呟き、ベッドから起き上がって窓の外を見た。
ここはマウイばあさんの家だ。マウイばあさんというのはこの世界で俺を拾って育ててくれた人で(と言っても最低限の食事と寝床を与えてくれただけで、ほとんどは雑用係として畑仕事を手伝わされていただけだ。)つまりは親代わりなのだが、お察しの通りあまり仲は良くない間柄である。
ここではない別の世界で雷に打たれて死んだ深海玲司は、気が付くとこの世界に生まれていた。
剣だの魔法だのと物騒な世界のせいか両親はすでに亡く、小さな村の老婆に拾われて育った「レイ」は今年で二十五歳になった。
このまま村の中でマウイばあさんの畑仕事を手伝いながら静かに二度目の人生を送るのも悪くないと思っていたものの、前世の記憶はこうして時々夢の中に現れては俺を苦しめ続けている。
「カンパラの町に行くんだろ? 早く行かないと日が暮れるよ。パン屋が閉まるのはもっと早い」
「っ、わかってるよ、じゃあね! 俺はもうここには帰らないから!」
「その捨て台詞も何回目だい。魔物が怖いからって逃げ帰って外で寝るくらいなら一生この村であたしの畑仕事を手伝いな!」
「冗談じゃない! 俺はカンパラでパン屋に弟子入りするんだ!」
俺は、これもまた何度目かの捨て台詞を吐いてマウイばあさんの家を飛び出した。
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