上 下
15 / 19
第一章・お見合いvol.1「ドワーフ」

第15話

しおりを挟む
グランツ地国……そこは広大な地下王国である。
ドワーフの王国であるこの国は、その卓越した鉱山技術と鉱石採掘力で名高い。
地下に広がる大都市は、地中に埋め込まれた巨大な宝石のように朝も夜も煌めいている。
ドワーフの職人や商人たちの活気に満ちた生活が、地上にまで響き渡るほどの賑わいを見せていた。

その中心に聳える煌びやかな王城。そのテラスに、一人の青年の姿があった。

「……」

ドワーフの王子、カイナブル。
褐色の肌とそれに見合った精悍な顔立ち。
しなやかな肉体は野生の獣のように鍛え上げられており、見る者に力強さと男らしさを感じさせる。

「チッ……」

舌打ちとともに、苛立たしげに身体を伸ばす。地底特有の湿った風が彼の髪をなびかせるが、その表情に爽やかさはない。
原因は明白だった。今朝、父王から告げられた縁談話。
それも、エルフとの。

「エルフだと?あの木っ端微塵どもと縁を結べだと?冗談じゃない。岩を食べろと言われた方がマシだ」

カイナブルは地底の風に向かって吐き捨てるように言った。その声には、幾世代にも渡って引き継がれてきたエルフへの憎悪が滲んでいる。
カイナブルの言葉には、長年積み重なった偏見と怒りが滲んでいる。その姿は、伝統と変革の狭間で揺れる若き王子の姿そのものだ。

「オヤジは何を考えているんだ。エルフとの和平?冗談じゃない。奴らは俺らを理解しようともしない。地上の光にしか価値を見出さない、浅はかな種族だ」

彼は拳を握りしめた。手のひらに刻まれた無数の傷跡が、彼の生き様を物語っている。
ドワーフの王子として生まれ、地下王国で荒々しいドワーフと共に育った彼は、典型的なドワーフの通りにその性格は乱雑で、そして苛烈だ。
しかし、その外見は決して粗野ではない。

研ぎ澄まされた切れ目の鋭い目つきは、地底の暗闇を見通すかのように煌めき、均整の取れた体型とその容姿は地上の種族をも魅了するほどの美しさを誇る。
「美しき地底の王子」という異名は、決して誇張ではない。

彼はドワーフの上位種、グランドワーフとして生を受けた。
硬い岩石すら拳で砕き、地底の暗闇で輝く宝石のような存在だ。
そんな彼のことをドワーフたちは若様と呼び、畏敬と憧れの眼差しを向ける。彼の存在はドワーフたちにとって希望の象徴であり、誇りでもあった。

「若様!」

突然の声に、カイナブルは振り返る。
そこには老齢のドワーフが立っていた。長く伸ばした髭と渋面はまさに典型的なドワーフそのものだった。

「なんだ、ゼグロフ。俺に構うな」

カイナブルは苛立ちを隠さずに言った。

「申し訳ございません。ですが、陛下がお呼びです。エルフとの縁談の件で……」

ゼグロフの言葉に、カイナブルの表情が一層険しくなる。

「またか!」

カイナブルは思わず大声を上げた。その声は、地底の洞窟に響き渡るほどの怒りを含んでいる。

「オヤジも懲りないな。エルフとの縁談などドワーフにとって百害あって一利なしだというのに。次は何だ?地上に引っ越せとでも言うつもりか?」
「若様、どうか落ち着いてください。この縁談は我が国の未来がかかっているのです。エルフとの姫君との縁談は……」

ゼグロフの穏やかな声が、カイナブルの怒りを少しだけ和らげる。

「分かっている!分かっているさ。だが、エルフには俺達の気持ちが理解できん。奴らは地上の光しか見ようとしない。俺たちの地底の美しさなど、きっと理解できやしない」

カイナブルの言葉には、怒りと共に深い悲しみも感じられる。
それは、世代を超えて受け継がれてきたエルフへの不信感の表れだ。

──エルフとドワーフ。
世界を巻き込んだ大戦で、様々な種族や国家が入り乱れて殺戮の嵐が吹き荒れた時……。当然の如く両者は飽くなき殺し合いを繰り広げた。
あらゆる面で相容れない両種族は、互いの存在そのものを否定し合うかのように戦った。

エルフの矢がドワーフの厚い鎧を貫く瞬間、金属が砕ける音が響き渡り、その音は両種族の関係が壊れていく音のようだった。
ドワーフの重い斧が空を切り、その一撃が優雅なエルフの身体を叩き潰す様は美しい花が踏みつぶされるかのようだった。

エルフの魔法は、地底の迷宮を青白い光で照らし出す。
その瞬間、洞窟の壁が轟音と共に崩れ落ち、無数のドワーフの悲鳴が響き渡る。
崩れ落ちる岩の下敷きになる者、仲間を助けようとして共に押し潰される者。その惨状は、地獄絵図のようだった。

ドワーフの機械兵器は、巨大な鋼鉄の怪物のように森を進む。
その足跡には焼け焦げた大地が残り、かつて聖なる木々が立っていた場所には、灰と化した魂だけが風に舞っていた。

血で血を洗う戦いは、大地を真っ赤に染め上げた。
地底の洞窟には血の川が流れ、地上の森は血の雨に打たれた。その壮絶な光景は、世界そのものが両種族の憎しみに染まったかのように荒れ狂う。

──その果てに、決着は着かなかった。
恐らく『救世の騎士』が大戦を終わらせなければ、最後の一人になるまで殺し合っていただろう。

「結局のところ」

カイナブルは小さく呟く。その声には、世代を超えて受け継がれてきた深い疲労と諦めが滲んでいる。
その目は、遠い過去を見つめているかのように虚ろだ。

「関わらない方が、互いの為になるんじゃないのか?」

その言葉には、長年の憎しみと、和解への諦めが混ざっている。
カイナブルの表情には、過去の戦いの傷跡が刻まれているかのようだった。

カイナブルはまだ歳若い青年だ。遥か何百年前の戦争など経験したことがない。
彼の知識は、年長のドワーフたちから聞かされた話に基づいている。
地底の薄暗い洞窟で、炉の火を囲みながら聞いた戦争の話。
老いたドワーフたちの目に宿る憎しみの炎、声に滲む悔しさと怒り。
それらが、幼いカイナブルの心に深く刻み込まれていった。

──そして、自然とそう思うようになったのだ。

「エルフは地上で、俺たちは地下で。互いの領域を侵さず、顔を合わせることもなく……そうすれば、少なくとも新たな戦争は起きないだろう」

その言葉を聞いて、ゼグロフは深い溜息とともに俯く。彼の長い白髪の髭が、悲しげに揺れる。
カイナブルの言葉には、悲しいほどの現実味があったからだ。

「大戦を経験していない俺ですら、会ったこともないエルフにこんな感情を抱くんだ。大戦を経験してるジジババ共にとっちゃあ、エルフとの和解なんて夢のまた夢だろう」

カイナブルの決然とした態度に、ゼグロフの表情が一瞬曇る。

「若様……」
「もう何も言うな、ゼグロフ。俺は、何を言われても今回の縁談には納得しない」

カイナブルはそう言うと、テラスから城内へと入っていく。その足取りに迷いはない。

「オヤジに言っとけ。一人で壁に向かって喋ってろってな」
「若様!最後に一つだけ!」

ゼグロフが慌ててカイナブルを呼び止めた。その声には、切実な思いが込められている。そして言った。

「オルドロ王は、こうも言っておりました!『あんまり言う事聞かねぇと、おばあ様に言い付けるぞクソガキ』と!」

その瞬間、カイナブルの足がピタリと止まった。
まるで魔法で凍りついたかのように。その背中には、明らかな緊張が走っている。

そしてゆっくりとゼグロフの方を振り向き、カイナブルは言った。
その表情には、明らかな動揺と、少しばかりの恐れが浮かんでいる。

「話だけなら聞いてやろうかな。うん」

その声には、先ほどまでの強気な態度は影を潜め、代わりに少年らしい弱々しさが滲んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

囚われの姫〜異世界でヴァンパイアたちに溺愛されて〜

月嶋ゆのん
恋愛
志木 茉莉愛(しき まりあ)は図書館で司書として働いている二十七歳。 ある日の帰り道、見慣れない建物を見かけた茉莉愛は導かれるように店内へ。 そこは雑貨屋のようで、様々な雑貨が所狭しと並んでいる中、見つけた小さいオルゴールが気になり、音色を聞こうとゼンマイを回し音を鳴らすと、突然強い揺れが起き、驚いた茉莉愛は手にしていたオルゴールを落としてしまう。 すると、辺り一面白い光に包まれ、眩しさで目を瞑った茉莉愛はそのまま意識を失った。 茉莉愛が目覚めると森の中で、酷く困惑する。 そこへ現れたのは三人の青年だった。 行くあてのない茉莉愛は彼らに促されるまま森を抜け彼らの住む屋敷へやって来て詳しい話を聞くと、ここは自分が住んでいた世界とは別世界だという事を知る事になる。 そして、暫く屋敷で世話になる事になった茉莉愛だが、そこでさらなる事実を知る事になる。 ――助けてくれた青年たちは皆、人間ではなくヴァンパイアだったのだ。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...