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1章 召喚先でも仲良く

006 クラとチェロの格の差

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 異世界の体育祭の存在を知った次の週。


 僕は午前中の仕事を終わらせるべく工場のベルトコンベアーにいた。
 そして隣にはさっき声をかけてくれた中佐さんがいる。


「ベルトコンベアーは初めてなんですけど、どういう感じですか?」
「パソコンの仕事より簡単さ。食い物を包装するだけだからな」
「確かにそうですが………。包装するだけなら機械でよくないですか?」

 中佐さんは顔の前で人差し指を振って否定した。

「フィクションの設定では大概地球より文明が遅い異世界、しかもハイスペックな魔法を使えるこの国に、機械なんてないさ」

 なんかメタいですよ。

「じゃあ国民がやれば………違いますね」

 いやそんなわけない。

 丁度他世界から来た人間が大勢いるのに、こんな簡単な仕事未満をわざわざ自国民にやらせるだろうか。
 上の立場にいるなら考える当たり前のことだ。

 また、機械の代わりができる魔法だが万能ではない。

 機械なら電気、魔法なら魔力が必要だ。
 電気ならいくらでも作り出すことができるが、個人の持つ魔力には限界がある。
 供給源として魔石なんかも考えられるが、沢山用意しようとすればもちろん高値になる。

 費用対効果に合わないだろう。

「分かったみたいだな。人間ができることは他国民にやらせようという魂胆だろう」
「僕たち奴隷扱いなんですかね」

 将来が不安になってしまう。

 奴隷かそれに準ずる立場に落とす方法として、奴隷紋や従属魔法、首輪型の契りなどが挙げられる。
 魔法適性がない僕らに魔法はかからないかもしれないけど、薬タイプならば体性や適性など関係ない。

「さぁな。おい担当者が来たぞ」

 40代に見える男性が入ってきて開口いちばん「暑いな」とボヤいた。
 今日の担当者__仕事の監督者__は暑がりらしい。

 仕事は中佐さんが言った通り食べ物の包装だった。



 ベルトコンベアーの所定の場所へ移動すると僕はここに来る前のことを尋ねた。

「何故だよ?」
「中佐さんの人生面白そうなんですよね」

 なんというか人格形成に興味が湧いたのだ。
 中佐さんは出会ったことのないタイプである。
 面白い人生を送っていそう。

「なんじゃそりゃ」
「話したくないことは無理に聞きませんから」

 僕にも言わないことはある。
 それを無理矢理言わせようとされても困るので先手を打っておく。

「分かった分かった。作業しながらだからな? 止めるなよ?」
「はい」




 結論から言うと、僕たちには共通点があった。

「えっ中佐さんも楽器やってたんですか?」
「それは俺の台詞だ。そんな風に見えないから驚いた」
「楽器は?」
「チェロ」
「うわ高級楽器ですねえ」

 弦楽器はピンキリだと聞くが、「ブラックホールとか松脂まつやにとか色々お高いんだよ?」とチェロを弾いていた友人が言っていた。
 少なくとも貧困層ではないだろう。
 なんならそれなりにいい暮らしをしていたのかも。


 ………ならここに来るほどの出来事って? 転落した原因は?
 僕が言えたことじゃないか。

「コウスケは?」
「クラリネットを」
「ふ~ん。自分で買ったのか?」
「マウスピースは流石に買いましたがクラリネットは学校にありましたよ。いつから始めたんですか?」
「中学から」
「同じですねえ」

 そのとき肩に息がかかった。

「ひえっ」

 はっず、女みたいな声出しちゃったぜ☆
 ………ううもっと恥ずいわ。なんで自分で掘り返してんの。
 馬鹿なの?

 この状態を見られるわけにもいかず少し俯く。
 ………これこそ女では?

「私語は厳禁だ」

 背後の正体は今日の担当者だった。
 驚かさないでいただきたい。
 彼の声色から本気で怒っているわけではなさそうだけれども。

「すみません、明智
「………ん? 中佐か。静かにしろよ」
「はい」

 “明智先生”が立ち去った後、僕は懲りずにまた話しかけた。

「さっきの人知り合いですか?」
「ああ理科の先生だ」
「羨ましいです。ウチの理科の先生は声が小さくて聞き取れなくて大変ですよ」
「名前は何ていうんだ?」

 1文字目しか思い出せない。
 元々教師の名前を覚えないのもあるが、きっとそいつの授業がつまらないからだろう。

「ちゃんと覚えろよ」

「そんなことより、聞きたいことあるんですけどぉ」
「………なんだ改まって」

 疑いの目を向けられる。

「ふふ。中佐さんってぶっちゃけ言ってモテます?」

 作業の手を止めるな、と叱っていた本人の動きが止まった。
 個人的にはモテると思っていたけど………。
 やはり現実はままならないのか。

「………………興味はない」

 強がるようなこと言っちゃって~。

 僕には見える。
 心の奥底では人並みの恋愛をしたいと願いながらも、表向きは面倒そうに近づくなオーラを放つ過去の中佐さんが!

「余計なお世話だ。変なこと勘繰ってんじゃねーよ」
「あのぉ中佐さん~」

 気味の悪い声色で近づくと、諸悪の根源を滅ぼそうとする魔王が出現した。
 理不尽である。

「怖いですってば」

 つい普段に戻って文句をつけた。

「そりゃあそうだ」
「分が悪いので話を変えてもいいですか?」

 本音が出てしまっている僕を憐れんだのか、彼は了承してくれた。

「なんだ」
「中佐さんはいつここに来たんですか?」
「中3の冬だ」
「じゃあ中学を卒業していないんですね」
「………そうなるんじゃないか? 魔法でなんとかするかもしれんが」

 いいんだろうか。もう3年目に入っていることになるが。
 今年中には戻りたいのに。
 ほら、あんまり留守にするとあの過保護になってしまった両親がどんな措置を取るか………。
 そこら辺がなかったことになるなら問題ないが。

 ん? ちょっと待て。

「僕の話になるんですが、高校って3か月くらい欠席すると退学または停学になりますよね?」

 交通事故のおかげというかなんというか、既に3か月の停学を申し出て許可されている。
 しかし、半年いなかったら出席日数はさすがにアウトだろう。
 まさかの留年の危機!?

「詳しくは知らないが」
「どうしようどうしましょう」
「………」

 彼は涼しい顔でパンを詰めている。

「なんでそんなにスルーするんですかっ!?」
「いや俺、学歴気にしてないし」

 現代日本で低学歴って就職できないと思う。
 しかも中卒って、人生、終わったようなものではないか。

「じゃあ僕が大学まで出てなんとか稼ぎます………」
「どうしてそうなった」
「呆れるところ間違えてます。感謝すべきなのに」
「あーあれだ。アイツらに常時呆れてるからだ」

 抵抗は一切なしに、中2組の飄々とした振る舞いが思い出される。
 その背景が日光の反射する海なのが癪に触る。
 彼らが(召喚されても尚)青春を謳歌していると認めたみたいだ。

「なんででしょうね。陽キャしか青春を楽しむことはできないんでしょうか」
「いちおう言っておくが万象は隠キャだ。断じて陽キャではない」
「恨みでもあるんですか?」
「誤解だ。もともとこういう話し方なんだから」
「………そうですか」

 本人のいないところでこんな悪口っぽいことを言っちゃだめだろ。
 自粛しとくか。
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