上 下
26 / 27
1章 魔法と令嬢生活

番外編〜紅葉〜

しおりを挟む
「それでは参りましょう」
「はい、お母様!」

 さて、今日は紅葉に行く日だ。


 皆さん、お姉様が討伐に向かうと言ったときの一悶着を覚えているだろうか。
 最終的に父に言い負かされて泣き喚くという恥ずかしい醜態を晒したわけだが。

 あのとき母は、紅葉に行こうと父を誘っていた。
 その約束は果たされることになったのである。


 そして今日は快晴。
 紅葉日和と言ったところだ。
 私たちを祝福しているに違いない。

 メンバーは、両親、姉、弟、私とその侍従長・侍女長。
 合計10人である。

「ふふふん」

 途中まで馬車で向かう。
 降りたら鐘1つないくらい歩くという。

 鼻歌交じりにるんるんワクワクしている私に、お姉様が話しかけた。

「ミュラー、体力を温存しておかないと大変よ? 私は背負えないしお母様にはカイレーがいるし………」

 まだ馬車に乗っている段階だというのに。

「1人で帰れますよ。歩いて鍛えているんですからね、これでも」

 むすっと口を尖らせる。

「ならいいけれど………急な坂道が多いって聞いているから気をつけてね」
「はい!」

 紅葉。

 私が興奮しているのは、異世界だからではない。
 病院生活が長すぎて、リアルで見たことがないのだ。
 ………ああ悲しんでくれ、哀れんでくれ。
 私は非情な前世を送ってきたのだよ、えーんえーん。


 うむ、泣き真似は性に合わないな。

 山までは遠いが、周りの景色をじっくり見れる機会もそうそうないだろう。
 来年の予定と自分の体調が合う自信なんて全くないのだし。
 乗り物酔い防止も兼ねて、お喋りに興じながらゆっくりと過ごそう。

「トラ………いえリバーシしましょう!」

 この世界ではトランプじゃないんだった。
 著作権なぞないと思うんだがね。

 姉が頷き、自然とリエが退こうとするので服を掴んだ。

「あなたもやるのよ、リエ。2人より3人のほうが楽しいわ」
「かしこまりました」

 さて、なにをやろうか。

「とりあえずババ抜きから!」

 七並べをするほどのスペースはないし。



 1時間後。

 集中しすぎて………酔ってきた、かも。
 お腹がぐるぐるする。

「ミュラー様、体調はいかがですか」

 リエがこれを問うときは、ほとんどそれを確信している。
 そして、程度に差はあれど外れたことはない。

「飲み物をちょうだい」

 ただの乗り物酔いだ。
 えーっとどうやって治すんだっけ………。

「はい、どうぞ」

 程よく冷たくなった紅茶をゴクリと飲む。

「ちょうど紅葉が見えてきたわ。遠くを見ると治るのよ」

 姉が指し示すほうに目を輝かせる。

 本物はこんなに綺麗だったのか。
 日本のもあわよくば見たかったなあ………。

「………っとても綺麗です」

 感極まって液体を光らせそうになる。
 さっと手で拭いたが、視界がくすんでせっかくの季節がうまく見えない。


 こんな姉の気持ちを知らず、弟はキャッキャと声を上げて喜んでいる。
 母も同調し、2人で楽しんでいる。

 姉は静かに山を眺めている。
 父は馬車のスピードを下げるよう、御者に指示を出したようだ。


 むろん侍女長は、気づいているだろう。
 この涙にも。

 隠そうと思っても、どんな醜態も黙って受け入れてくれる。
 彼女にはすべてが筒抜けだ、遜色なしに。

「リエ」
「はい」

 なにを言おうと思ったのか、無意識に話しかけていた。

「なんでもないわ。ありがとう」
「とんでもありません。ミュラー様」


 鮮やかな赤と黄色が織りなす世界。

 この世は、こんな美しいものを見せてくれなかったのか。
 そんな理不尽な怒りが湧いてくる。

 でも、そんな不浄な気持ちは、1年に一度の大舞台みたいな景色がすぐに消し去ってくれる。

 感動?
 そんな使い古された言葉で彼らを表したら不敬だと、思わず言ってしまいそう。


 馬車を降りて、実際に葉を触ってみた。
 記憶の限りでは初めてだ。


 いつも、ひしひしと感じる自分の弱い鼓動。
 これが強かったらどんなによかっただろう。

 前世であれだけ苦しんだのに、また苦しませようと言うのか。
 もし神という存在がいるのなら八十八つ裂きにしてやりたい。遠慮など無用、なんなら息の根を止めてやろうか?

 こんな嵐の限りを尽くした心で、ただひたすらに魔法の練習に励むしかなかった。

 波乱万丈。

 そんな人生を望んだことは一度もない。
 平穏な日常を願ったことはないが、だからといって、どうしてこう極端なんだ?

 羨ましい。
 私も君たちみたいに、なにも考えずに生きていけたらよかった。
 君たちも雨風に煽られて大変だろうけど。私のほうが大変だという自信がある。


 ………暗いことを考えるのはいつでもできる。
 素晴らしい景色を堪能することに、いまは、全神経を向かわせたいんだ。

 今しばらく、病の不安は消えてくれ。



 私にあたたかいものがのっかった。

「みゅらーねー!」
「カイレー、どうしたの?」
「さびしそーだから!」

 弟の頭を撫でて、ありがとうと囁いた。

「………きれいだね」
「うん」

 いつのまにか座り込んでいたようだ。
 幸い乾いた土だったので、服についた分をパッパと払った。

「ミュラー、独りじめはよくないわ」
「お姉様?」

 彼女は拗ねた表情で言う。
 かわいい。

「それに………名前呼びされてるし」

 羨ましいんだ?

「お姉様は甘えるのが苦手なのでしょう? 無理してもいいことはありませんよ」

 私の誕生日会で言っていたことを口実に、私は弟にデレデレされたい。

「弟は別よ」

 意地悪する必要もない、か。
 3人で仲良し姉弟というのもよきことかな。

「自己紹介してください」

 カイレーはこてんと首を傾ける。

「カイレー、私はロイリー姉よ」
「ねー………? もう1人のおねーちゃん?」
「そう。私は上のお姉ちゃんで、ミュラーは下のお姉ちゃん」

 し、下のお姉ちゃん………。新しい響きだな。

「ろいりーねー」

 言いやすい名前だったのか、一発で“上のお姉ちゃん”の名を呼んだ。

「そうよ、さすがカイレーね」
「さ、す、が………?」
「褒めてるのよ!」
「うわあ! ぼくうれしい」

 まあ、奥様? かわいらしい愛玩動物が2人もいらっしゃいますわ。

 思わず現実逃避に走ってしまう。


 ふふっ。

「リーエ!」

 彼女が向き直る前にぎゅっとする。
 リエは初めてのことにクエスチョンマークを浮かべている。

「ミュラー様!?」

 感謝と愛情を示す方法として抱擁は最適だと思っているが、身分差があるので普段はできなかった。
 でもいまなら…紅葉に興奮しているという“建前”があるいまならば。

「だいすきだよ!」





 馬車での帰途のとき、お別れしながらこう思った。


 紅葉よ、さっきはすまなかった。
 そして気づかせてくれてありがとう。

 私の人生が、君たちの何百倍も、厳しくてつらくて苦しいのは事実だが。
 ただ人より何万倍も楽しく生きられるように全力をつくそう。

 “かわいい”と“好き”は正義だ!

 ………なんちゃって。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

討伐師〜ハンター〜

夏目 涼
ファンタジー
親の勧めで高校進学を黒主学園に決めた増田 戒斗。 しかし、学園に秘密があった。 この学園は実は討伐師になる為の育成学校という裏の顔があったのだ。何も知らずに入学した戒斗が一人前の討伐師になる為に奮闘するストーリー。 「小説家になろう」にも掲載作品です。 

家族もチート!?な貴族に転生しました。

夢見
ファンタジー
月神 詩は神の手違いで死んでしまった… そのお詫びにチート付きで異世界に転生することになった。 詩は異世界何を思い、何をするのかそれは誰にも分からない。 ※※※※※※※※※ チート過ぎる転生貴族の改訂版です。 内容がものすごく変わっている部分と変わっていない部分が入り交じっております ※※※※※※※※※

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

悪役令嬢ですが最強ですよ??

鈴の音
ファンタジー
乙女ゲームでありながら戦闘ゲームでもあるこの世界の悪役令嬢である私、前世の記憶があります。 で??ヒロインを怖がるかって?ありえないw ここはゲームじゃないですからね!しかも、私ゲームと違って何故か魂がすごく特別らしく、全属性持ちの神と精霊の愛し子なのですよ。 だからなにかあっても死なないから怖くないのでしてよw 主人公最強系の話です。 苦手な方はバックで!

処理中です...