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1章 魔法と令嬢生活

017 わがまま

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 家庭教師・エデンを懐柔(?)できてしまった日の夜のことである。

 私は家族5人で夕食を摂っていた。

「そういえばケイリー様?」

 おっとりと母が首を傾げる。
 父は食事の手を止めて、なんだ? と言った。

「そろそろ紅葉の季節ですけれど………どこかに行かれるご予定はありますか?」
「こ、紅葉!? 葉っぱが赤くなるあの紅葉ですか!?」

 私は叫んでしまった。
 すると姉がポトフのじゃがいもをつっつきながら答えた。

「そうよ、その紅葉よ。ミュラーは見たことなかったっけ」
「見たことないです。楽しみです」
「あら気が早いわねえ」

 食い気味に思った通りを口に出した。

「行ってもよいのだが今年も討伐があるのだ」
「討伐?」

 領の騎士団を引き連れて魔物を狩ってくるのだろうか。
 ゴブリンとか?

「ああ、秋は冬眠前だからな、いろいろな動物や魔物が食料を貯めるために活発になる。そうすると、人里まで降りてくるのがいるから、人的被害を防ぐため私たちが狩るんだよ」

 どこぞのラノベのように、魔石を集めるためだとか、坊ちゃんの娯楽のためだとかではないらしい。
 こんな理由は初めて聞いた。

 というか魔物って冬眠するの? 変温なの?

「へ~」
「今年は私もついていくのよ、ミュラー」
「へ~、ってえ!? どういうことですか、お姉様」

 討伐なんてできるわけもない私は興味なさげにとりあえずの返答を返したが、姉の同行します発言には目の端を吊り上げた。

「お姉様、まさか討伐してくるんですか?」
「そんなわけないでしょ」

 彼女が笑って言うには………。
 魔法の力試し兼実戦を積むために同行するということみたいだ。

 8歳の姉が行けるんなら、5歳の天才魔法令嬢(予定)も行けるんじゃね?

 そう軽く考えた私は父に言ってみた。

「それ、私も同行できますか? 魔法の腕は充分だと思いますけど」
「だめだ」

 いちもにもなく却下された。

 まあ理由は想定できる。

「………後半についてはまだいい。技術力は少し不足しているが、ハイスピードで魔力は伸びていると聞いた。
 しかしまだ5歳ではないか。体力もない」

 想定通りである。

「年に関しては仕方ありません。幼いことは認めます。
 しかし、それは魔法の腕を担保するためのものではありませんか? 何年学んでいるかで技術の大体は把握できるのでしょう。
 自分で言うのもなんですが、私はかなり成長は早いほうだと思っています」

 父は唸っている。
 真剣に考えているようだ。

 姉が手を上げた。

「お父様」
「どうしたロイリー」

 すっと場が静まって、なぜか私も緊張し始めた。
 リエに切ってもらったハンバーグに突き刺していたフォークを抜いた。

「私がミュラーの側にずっといます。なのでミュラーの同行を許してくれませんか?」
「お、お姉様? それではお姉様の訓練にならないのではありませんか?」

 気持ちは嬉しい。とっても嬉しい。
 でも、彼女に実質的なメリット、実益がないなら私は辞退する。諦める。
 かわいそうだから。

「私もそう思うよ、ロイリー」

 父は親の顔になって私に同意した。

「お父様、ミュラー。こういう目的ならいかがでしょうか。
 __いずれ仕えることになる本家のご令嬢を護衛する練習するために、ミュラーを側で見守ります」

 これが、姉が才女と呼ばれる所以か。
 機転が利く。
 私はそう思った。

 私が年不相応に考えられるのはひとえに16年分の記憶のおかげ。
 本当の私は賢くなんてない。
 だが彼女は違う。
 努力してきたのだろう。

「お父様、よろしくお願いします」

 お姉様、ありがとう。

 私は頭を下げた。

「………ロイリー。娘の成長が見れて嬉しいよ」
「お父様っ」
「ああ、ミュラーの同行を認めよう。伯爵様には私からお伝えする」
「ありがとうございます!」

「お姉様。誠にありがとうございます」
「やだ、ミュラー。急に畏まっちゃって。いいのよこれぐらい」


 ………まあ、これで終わればなんの問題もなかった。

 実は、ここで終わらなかったのである。





 3日後の夜のこと。

「ミュラー、もう大丈夫なの?」
「はい、熱は下がりました」

 実は、このミュラー・ハイカル、病弱令嬢の名に恥じずあの夜から風邪をひいていたのである。

 討伐は明日に控えている。
 普通ならギリギリ間に合ったと言えるのだが、先程も言った通り私は病弱令嬢。

 無理かもしれない。

 でも、私は押し通したいと思っている。

「わかっていると思うがミュラー。君が明日の討伐に参加することは」
「嫌です」

 父の言葉さえも遮って否を唱える。
 父は少し驚いたような顔をしている。

「………そんなにか?」
「はい。そんなにです」

 それでは姉の説得が無駄になるだろう。
 私の感動を返せという話だ。

 父は体勢を変えて問い直した。

「確認しておこう。君はなぜ反対されているか理解している。そしてその上で嫌だと言っている」
「間違いありません」

 もちろんだ。
 というか中身が本物の5歳でもわかるだろう………。

「さっきまで寝込んでいたとは思えないほどはっきり答えるんだね」
「ええ、ですから認めてくださいと」
「あぁわかったわかった。少しは落ち着きなさい。熱がぶり返したらどっちにしろ行けないんじゃないか」

 私の語気を払うように手をパタパタされた。

 後半は図星だったのでむすっとしながらも受け入れた。
 前のめりだった身体を背もたれに任せる。

「それで、君がそこまでして行きたい理由は?」

 ここできちんと答えないと考えてすらもらえないだろう。

 たっぷり時間をかけてから、私は口を開いた。

「簡潔に言ってしまえば生きるためです。私が生きるために必須である魔法は、実戦を体感したほうがより速く上達すると考えました」

 親を説得するにはこれほど強い理由もそうそうない。
 自信を持って言い切った。

「………だが熱は下がったばかりだ。万全ではない。
 万全であっても不安だ。だというのになぜ万全ではない娘を討伐に向かわせる。わかるな?」
「はい、でも」
「生きるためだと言うのならばな。いまの状態で行って悪化させて、その上なにか悪いものに憑かれたりしたらどうするんだ。寿命を縮めることになるよ」

 悪いものに憑かれる………感染するということか。

「で、でも………」

 もう反論する言葉が見つからず、視線をうろうろさせるしかなかった。

「ならいつならいいと言うのですか! 私の体調がいい日とばっちり合う日なんてそうそう来ないじゃないですか!」
「ミュラー、怒鳴るんじゃないよ」
「いか、行かせてください!」

 涙声で叫んだ。
 情けないことに叫ぶしか思いつかなかった。

「ミュラー! 理解しているのなら諦めなさい。これ以上はわがままだ!」

 さすがに怒られてしまった。

 中世ヨーロッパにおいて、家長(父)はいちばんで絶対だ。
 わがままと断じられてしまっては仕方あるまい。

「………申し訳、ありません」

 20歳オーバーの精神は怒られたことを受け入れられたのだが。
 5歳の身体は耐えられなかった。

「うっ………ぐす、ぐすん」

 涙を止めようと思っても、今世ミュラーの身体は前世お姉ちゃんの言うことを聞いてくれない。
 ………そのまま流したほうがいいかもしれない。
 ストレス発散だと思って割り切ろう。

「あらあらミュラー。怖かったのね………」
「おか、おかあさま………」

 抱きしめられて顔を擦りつける。
 はわぁ落ち着くわぁ………。

「あなた?」

 おや、お母様お怒りのご様子。

「すまなかったミュラー」

 反省してください。



 ちなみに、だが。
 泣いたせいで、あの後熱がぶり返しました。
 とんでもない災難だが………。
 しゃーない。しゃーない。
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