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第六章『スワンプマンの号哭』
十五
しおりを挟む朝、起きても何も変わっていなかった。
しかし、ハーレィの胸には昨日の記憶がある。
オーエンの叱咤が。
マリーの温もりが。
思い出したロランへの想いが。
所詮このようにして私の世界も人も続いていく。
希望などどこにも見出せなくとも、それでも、朝日は昇り、また時間が経てば沈むだけのこと。
私が何をしようとも、
何をしなくとも。
そんなことでこの世界は変わりはしない。
ならば——。
◇
墓地は城外にある。
赴くことは叶わなかった。
だから、鎧戸を開けて遠い教会の方角に、ハーレィは祈りを捧げた。
なんて不自由な身。
ロランが見ていたらきっと笑うだろう。
姫様らしくないじゃないですか。
まったく、その通りだ。
声は私の頭の中でそっくり再生される。
愛しいその声が今もなお私の歩みを支えてくれる。
よく、心の中で生き続ける、と聴くけれど、あれはきっとこんなことを言うのだ。
生きているか、死んでいるか。
その境などあってないようなものだ。
生きていながらその愛しい声をまっすぐに受け止めることが叶わず、苛まれることもあれば、こんな風にその人自身がいなくとも、ふと発せられた頭の中のその声に救われることもある。
とても不思議なものだけれど、現実はこの頭が創り出すものなのだから。
「ロラン——私は……」
そう呟いたときだった。
呻き、その場に崩れ落ちそうになる。
心臓が、脈を数拍飛ばしたような心地に襲われた。
脳もこの身体も、己の理性的な掌握から逃れて、暴れ出すように、どくどく、と激しく鳴いた。
胸を押さえ込んで、祈った。
ああ、解っている。
肉など食おうが食うまいが、血など摂ろうが摂るまいが、その運命は変わらない。
その時はもうすぐそこまで迫っている。
結局はそうだ。
時間だって同じこと。
あるように見えて、気づくと、なくなっている。
だから。
人にやれることは、決めることだけなのだ。
どんな迷信であれ、信じて力になるのなら信じればいい。
どんな正義であれ、自らを蝕むものなら徹底的に抗えばいい。
やるか、やらないか。
それだけのこと。
結果がどうあろうとも、それを決められることが私たちに残された唯一にして最後の自由なんだ。
「あと、すこしだけ……お願い。ロラン……——力を貸して」
それをハーレィはロランと共に支えていると信じ、そして押さえ込むのだった。
あと、ほんの、すこしだけ。
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