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第六章『スワンプマンの号哭』
イントロ
しおりを挟むとある国の昔話。
むかーし、むかし。
あるところに大層見下げ果てたクズ女がおりました。
それはゴミも同然の産まれてきたことが何かの間違いであったらよかったのにと国民の誰からも思われたほどの大変なクソアマで、毎日毎晩、明けても更けても無知蒙昧、品性下劣な物言いを恥を恥とも思わずに繰り返しては、臣下たちを心の底からうんざりとさせていました。
しかし当の本人は「愛されすぎてて辛い……」となんのその。むしろ当てつけがましく悲劇のヒロインムーブをかまし、ぶった言動を繰り返すので、より一層人の神経を逆撫でするのでした。
「この豚女っ! ひっこめっ!」
いよいよ我慢の限界に達したゲリラにこう言って罵倒されると、花も花弁を背けるほどの清々しい笑顔で答えます。
「こんにちは! 今日も元気なお声ですねっ! 解ったわ。わたくしが引っこまないとその輝きで、皆の目が潰れてしまいますもの! おーーーっほっほっほっ——連れて行けっ!」
「はっ!」
ゲリラはただちに懐柔か洗脳された警護兵に連れていかれてしまいます。かといって、
「姫様に在られましては、本日も大変お美しく……」
「……はぁ。美しいなんて鏡を見るまでもなく解り切っております……なぜ? なぜ今になって仰られたの……? おーーーっほっほっほっ! 打算的な思考停止は逆効果なんだよっ! 覚えとけっ! ——連れて行けっ!」
「はっ!」
と、褒めれば褒めるだけつけあがるので、このように手の打ちようがありません。
おつむの医者を呼んでも、詩人に謳わせても、文筆代理人による恋文を読ませても、この豚女のイカれた認知の前ではたちどころに自分を愛し、どれも褒め称えるものになってしまうのでした。
タチの悪いことに、一部は事実だったということも世紀のカスヒロイン誕生に起因したと言えるでしょう。
というのも、このクソ田アマ子には三つの強力無比な魔法が備わっていました。
すなわち、富、権力。
そしてとりわけ、美貌——。
彼女は絶世の美姫にして、その声は山間をめぐる川のせせらぎよりも澄み渡り、目は深海をたゆとう宝石のように深い色合い、肢体は余命を宣告された死に体のジジイすら若かったあの頃を思い出してたちまちバッキバキに起き上がるほどの奇跡の魅力にあふれ、しかも幼い頃からこれらを武器として認識していたのです。
このため、哀れで情けないクソオスどもは、姫様をありとあらゆる手法を用いて日々罵詈雑言を浴びせかけ、承認もといご褒美をもらおうとし、盛りを過ぎた哀れなシコメスどもは井戸に集まっては法界悋気に罵詈雑言、陰で姫様のタンカスよりもねちねちと言いたい放題したものでしたが、終いには姫様の地獄耳に捕まり、城の地下深くでこの世の地獄を見ることになります。
女性の場合もほぼ同様でしたが、ハレンチすぎて筆舌には起こせません。想像にお任せすることにして、ここではあえて男の場合のみを語ることと致しましょう。
黒い布で頭から覆われて、手は後ろ、他は全裸。姫様はそうしてぶるぶると震え上がる情けないオスの姿を、自慢の羽根つき扇を開いて目をへの字に。ストローを差したエナジードリンクを飲みながら、優雅にためつすがめつ眺めるのが好きでした。
正座の上に重たいレンガを積まれる"石抱き"や"水責め"の拷問を臣下に繰り返させたのち、姫様は満を辞して立ち上がると、虜囚の痺れ切った足の裏を鋭い踵で踏みつけにします。
この時あまりの激痛に悲鳴をあげなかったものはいないと言います。私にスタンガンは要らない、が姫様の決め台詞でした。
「あれあれー? さっきまでの威勢はどうしたのかなー? 若さゆえの過ちにカッコつけちゃったねぇ?」
「こ……この……」
「くやちいねー? こんな豚女に跪かされちゃって……でも誹謗中傷ダメ絶対。次言ったら、タマもいで、これ誰の落とし物ー? って朝の町会で晒すからね」
「は……はいっ……」
姫様を知れば知るほど、男とかいう情緒愚劣の生き物はもはやコバンザメの如き文字通りの雑魚どころか稚魚オスと化し、なぜか嬉しそうに涙を流しながら、彼女にひれ伏し、ひどい時には彼女の信者の一人に加わってしまいます。
「お水がないなら、私のお唾液でも呑めばいいわ。ぺっ! ほら、嬉しいんでしょ? 跪いて舐め取りなさいよ、クソムシ」
と言えば、劣情を催した哀れなヨワ川ジャク郎が地面に吐いた唾ですら有り難がるようになり。
馬術を習いに牧場にいけば、
「あなたが馬ね。へー人間とそう変わらないのね」
「え……え? いえ、私は馬主……それにこれは姫様用のポニー……」
「は? 私が間違ったとでもいうの? 馬! いいから早く、草はんで鳴きなさいよ」
街に視察に向かえば、
「あら、家畜牧場を見にきたのに肝心の家畜が一匹もいないわ、どうしたことかしら」
「え……え? 姫様、ここは城下……牧場ではないし、家畜も……」
「国民は私にとってみな家畜よ。ぶーぶー鳴いてて、いつもどこも騒々しいじゃない。それが私が出た途端この有様……みーんなー? どっこっいったのかなー?」
姫様はそう言うと、民家一軒一軒の家庭事情を丁寧に視察し始めます。
固く閉じられた戸を叩き、
「もしもし? もうし、もうし」
そのように言い、耳を澄ませて、中の物音を探ります。
この時家族は皆、息さえ止めて押し黙り、ただただ早く立ち去ることを祈る他ありません。
「……留守みたーい。次行くわよ、次」
終いにそう言って、とん、とん、と足音が遠のき、それも聴こえなくなってから、ようやく家族は安心して一息つきます。
いつまでも留守というのも不自然だから、と玄関のかんぬき錠をあげようとしたその時——バシッと戸に亀裂が入り、なんと向こう側からきらりと光るものが刺しこまれてくるではありませんか。
それは鋭利な斧でした。
そうして空いた亀裂から目を覗かせ、きょろきょろと中を見回すなり、にたりと笑って言います。
「みぃつけた。あはははははっ」
姫様は狂ったように両手で斧を振り回してしこたま戸に叩きつけると、大きくなった亀裂から腕を突き入れます。戸に近づいていた民人の腕を掴んで引き寄せて、
「ねぇ、どうしてみんな、隠れてるの? 誰か怖い人でもくるの?」
と戸越しのくぐもった声で、耳元に囁いたそうです。
姫様の視察は国民にとってデスゲームも甚だしい臨場感溢れる催しでした。
「私が言ってからするのはゴミ。言われなくてもできて、生ごみよ」
それが姫様の口癖。続けてこう言います。
「私の考えてることを考え、私の見たいものを見せ、常に私を楽しませなさい。返事は? と聞かせる前に百点満点の返事をなさい。それができてやっと赤ん坊ね。ママがよしよしして褒めてあげるー。嬉しいんでしょ?」
あまりにも異常な状況でしたが、古来貴族とはそんなもの。その閉鎖空間で育まれた異常性はこうして語ると突出して見えても、お歴々の残した伝説に比べれば、その一つとして埋もれてしまう程度のものでした。
しかし、彼女のそんなあまりの破天荒ぶりにも、いよいよ神様の天罰が下ります。
「このメスガキ! いい加減にしろや! 神である我を捨て置いて庶民どもと楽しみやがって!」
「あれ? 神様までそんなこと言うんだー。へー、なんか必死で気持ち悪いねー」
「……神様にもそんな態度とるなんて、ちょっと調子に乗りすぎたね。お嬢さん」
神様は急に大人しくなって、頭上に杖を振りかざすと、遂に大人の本気さが伝わり、彼女も産まれて初めての反省をしてみせます。
「ま、待って! ごめんなさいっ! 寂しかったの! パパは毎日謁見謁見、ママは側室の女とやりあってて、道具としてしか見てもらえないっ! わがままでもいい、嫌われてても、私は私を誰かに見ていてほしかったのっ! 許して!」
姫様はさらに続けて言いました。
「許してくれたらー、特別に文通してあげるー(侍女に書かせたやつだけど! そんなめんどいこと私がするわけないし、神様だって養分じゃボケっ!)、みんなにはー内緒だからねー?」
「ふぅ……反省の色は皆無。あのね、君、世の中なめすぎ。色香や若さだけでやってけるほど、この業界さ、甘くないから」
あげくのはて、神様がメスガキの色気もクソもない棒っきれみたいな身体つきを鼻で笑って言うと、
「自分でスタイル良いとか思ってそうだけど、君みたいなメンヘラ、代わりなんて下北辺り漁れば腐るほどいるし」
「パンパカパーン。神様、お呼びでしょうか」
神様の横から豊満なふとももをした本当にちょうど良い塩梅の体型のお嬢様がメイド服を着て現れます。
しかもその背には白い羽根がはえ、後ろには後光が差していました。
「ま、まぶしっ……! だれ……?!」
「あら、地底で這いずるあの自分が蝶だと勘違いしてそうな芋糞虫はどなたですか?」
とぼけた顔して天使のお嬢メイドが言うと、神様はすぐに甘くして答えます。間違いなく裏で一発やってそうでした。
「あー天使の姫君! 君は何も知らなくていいことなんだよ」
「まぁ、畏まりましたわ、神様。わたくし、何も見ていませんっ、ぷん、ぷん」
お天使お嬢メイドはそういうや可愛らしく頬を膨らませ、見ざるの像のごとく両目を手のひらで覆ってみせた。
「うわ……うぅっわぁ……あまりのうわ……さ加減に二回言っちゃったよ……ぜってえ性格悪いじゃん。裏ではタバコ吸って、家に直接遊びに来て泊まったりするタイプのホストの友達もしくは弟がいて、悪魔の羽根生やしてんに決まってんじゃん……ジャク男子ズムー……もとい神ー、夢見すぎー」
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「あのね。結局サービス業なんてのはお客さんに夢を見せて吸い上げるサキュバスみたいな生業なの。そしてその夢は一定周期でリサイクルする……君みたいなのは以前はツンデレと呼ばれていた。しかしそれも気付けば廃れたように、生意気なメスガキの時代はとっくに終わって、今はもう従順でとぼけた天然物をナチュラルにぶれるアナウンサーみたいのが求められてんだよ!」
「……っ! ……っ!」
何も面白いことは言ってないのに、お天使お嬢メイドは時に手を叩き、口元を押さえての大爆笑。神曰く、こういうのがザコ男子ズムには刺さるのだそうでした。
「余計に世も末だわ……神が、天使を称した地獄のクソ悪魔に拐かされてるなんて!」
「不勉強だね。西洋の神と悪魔といえば昔から表裏一体。信仰を強めるための方便か、災いか慈悲か、ずぶずぶの裏っ返しにすぎないんだよ! 八百万は日本くらいなんだよ! ガウ・トゥ・ヘェル!」
そう言うと、神様はメスガキ姫に魔法をかけます。
ビリビリとした魔法に縛り上げられながら、姫様は抵抗しますが、神様には抗えませんでした。
「な、なにをするの?!」
「君が死ねないようにした」
「はぁ?! ちょ、ちょっと! 不老不死は望むところだけど……よく考えたら臣下がいてこその楽しい人生……ひとりぼっちの不老不死なんて終わらない地獄じゃない!」
神様の意地悪そうな高笑いが一面に響き渡ります。
「後悔してももう遅いよ! ちょっと人より若くて、ちょっと美しいからって君が僕の誘いを蹴っ……こきすぎたのがいけないんだよ! アーーーッハッハッハッ!」
「ちっ……くしょ! てめえ、覚えとけよ、神! この世は時の果て、形而上に至るまで余さず私のもんだ! 不老不死っていうなら必ず地底から舞い戻って、その時こそあんたのことボロクソに垂れ込んでやるからなぁっ! その時になって私のファンネルたちに恐れ慄いたって遅いんだからねっ! あ、ああああーーー………っ!」
姫様は負け犬の遠吠えよろしく恨みがましい文句を垂れますが、神罰は絶対。どんな痛みを受けても、どんな哀しみを背負っても、どんな苦しみを抱えながらも、いつまで経っても死ぬに死ねない不滅の身体を得てしまったのでしたとさ。
そして今も。
悠久の記憶を抱え、彼女は一人、闇世の世界を生き続けています。
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