魔王と! 私と! ※!

白雛

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第五章『魔王(仮)』

十四

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 ロキとメルキオールはしばらくロウリーク卿の屋敷跡で過ごしていた。
 屋敷は崩れたままだったが、地下もあり、雨風は凌げる。メルキオールの環境としてはあまりそぐわないと思ったが、背に腹は変えられず、地下の施設を用いてカスパール、バルタザールの生育を見守っていたのだ。
 メルキオールは慣れた手つきで機械と呼ばれた壁際の、光の走る鉄の装置を操作しながら答えた。
「私たちはホムンクルスです。ヒトや生き物、マテリアル体というよりは魂だけのスピリチュアル体、妖精などに類するもの。このカプセル内を出るまでは、培養液の濃度次第で時間を早めることもできるのです」
 メルキオールは消え去ったレイスァータのことを思い出し、寂しげに続けた。
「……待ちきれなかったのでしょう。あの人はそれでも、お母さんを本当に愛していたように思います。それを自分の手で殺してしまって、寂しくて、一人でも早く相手がほしかった……それで私だけでも早く成長させたのだと。あるいは姉妹という体裁がほしかったのかもしれません。まさしく神をも恐れぬ所業ですが……」
 ロキは黙って聴いていた。いわゆるオーバーテクノロジーの出現とメルキオールの語るその詳細に、なかなか理解が追いついていかないこともそうだが、レイスァータとフレイアへの言いようのない感傷もある。
「…………」
 メルキオールはしかし、意に介さないようにして続けた。さながら自分も壁の機械の一部となることを決めたように。
「この子たちはどうしますか? 先にも言ったように培養液の濃度をあげれば、生育はそれだけ早められますが……」
「いや……いい」
 ロキは答えた。
「この二人は自然のままにしよう。メルキオール、お前だけ少しお姉さんになってしまって……それがもし嫌じゃなければ」
 メルキオールは視線を落とし、少しして再び機械に向かいながら返した。
「はい。私もそれが良いと思います。それから、私のことは気にしないでください。元より造られたいのち。私のことは持ち物。所有物として……」
「メルキオール」
「はい」
 メルキオールの傍ら、ロキはその名を呼ぶと、一歩前に進み出て、彼女の目を見つめた。
「なんでしょう、ロキ」
 宝石のように透き通る眼にはたしかに義姉フレイアの面影があるどころか、まるで同じものに見える。一方、それだけにロキにはその違いも如実に感じ取れる。
 ロキは目線を合わせるようにその袂に屈みながら言った。
「造られたいのちだろうと、お前には別の意思がある。フレイア……姉さんを知る俺にはそれがはっきり判る。それこそ気にしなくていい」
 ロキはその手をとった。
「俺に逆らってもいい。生意気でもいい。口答えしても。自分勝手でいいんだ。その方が、俺は嬉しい」
「……不思議なことを言いますね。命令を聞かないほうが嬉しいなんて……」
「それが家族だ」
 メルキオールは瞠目してロキを見た。
 触れられた手からじんわりと滲む……温かいような、寂しげなような、不思議な感情が彼女の中で広がって、一口に言葉に表せない。
「……はい」
 それから、ロキは辺りを見回した。
 さんざん破壊したこともあって、まだその辺の野山にできた洞穴の方がマシに見えるくらい、屋敷も地下もボロボロに果てている。
「さて、いい加減、この辺りも片付けないとな」
「ロキが格好つけて暴れるから……」
 口走ってから、メルキオールはしまったというように一度口を閉ざし、それから少しの間考え込むような表情を見せた後で、おどおどとロキを見上げて、
「……ですよ」
 ロキは屈託なく笑って応えた。
「ああ。その通りだな。俺は暴れん坊なのだ。ゆえにそれを納める鞘のようなおしゃま・・・・な秘書でもおらんと、いつまで経っても部屋が片付かなくて仕方がない……間もなく魔王になっても、これではな……」
 メルキオールは目を輝かせた。
 ロキは時折メルキオールの方を見ながら、白々しく続ける。
「あー、誰かおらんかなぁ。聡明で、魔王である俺にも忌憚きたんなく意見を述べ、時に厳しく嗜めてくれるようなやつがいると助かるんだが……」
「チラ見しすぎでしょう、ロキ。まったく。見た目が子供だからってバカにしてるんでしょうか。しょうがない人ですね」
 メルキオールは再び機械的に事務をこなすように目の前に向かいながら、冷静に続けた。
「……しょうがないから、私がやってあげてもいいです。その……秘書? っていうの。いつまでもアホみたいな三文芝居続けられても面倒ですしね」
「……ああ。任せた」
「代わりに……早くなってください」
 そう言うと振り返り、ロキの顔を見上げた。
 かつての姉と似ているようで、だいぶ違う、眉尻を下げたどこか呆れたようなメルキオールの微笑み方で。
「この国の王に」
 そう宣うのだった。

 ◇

 しかし、ロウリーク卿邸宅へのロキの襲撃はたちまち魔王エーデルガルドに知れることとなった。
 数日もすれば、屋敷の周りは差し向けられた追手に囲まれていた。
 崩れた壁から覗けば、魔王軍の群れがひしめく影となって草原を覆い尽くしている。その数、百は軽い……。
 覚醒したロキには造作もない相手だが、それでも最悪の事態は過ぎる。エーデルガルドは石頭のバカだが、それだけにこの一手で何を目論んでいるかもわからない……。
 レイスァータの家ごと更地に変えるつもりだとしたら……。
 窮余の一策にロキは思い至り、メルキオールの肩を掴んで言った。
「いいか、メルキオール。お前は出てくるな。しばらく地下で身を潜めているんだ。おそらくレイスァータの死は知れ渡ったことだろうが、お前たちのことまでも伝っているわけじゃないと見た、だから……」
「ロキは……」
「俺は強い。目覚めたからな。お前たちのおかげで。心配はいらない。必ず生きて戻る……」
「…………」
「それよりもお前たちの身に何かある方がよっぽど怖いのだ。だから、今から言うことをよく聴け——」
 ロキはメルキオールを地下に置き去り、屋敷の外に両手をあげて、姿を見せた。
「あの石頭に言われて、俺を連行しに来たのか?」
 軍団の隊長らしきけむくじゃら。軍団長の一人獅子王レオリット・ヴァルケンハイムが見た目そのままの大柄な声をあげて言う。
「若! 抵抗はおやめください。私の牙にあなたの血を啜らせたくはない」
「レオリットか。まだ話の分かる奴で幸いだが……いいだろう。連れていけ」

 ◇

 その週末。まだ日を跨がない頃に、ロキは魔王城〈リオール・グランデ〉に連行され、玉座の間に通された。
 ロキと見えると、魔王エーデルガルドは勿体ぶって立ち上がり、後ろ手に縛られたその顔を見下ろした。
「さて、なにか、言いたいことはあるか」
 ロキは一笑にふして言う。
「バカか? 用があるのはお前のほうだろう。俺は何なら何年も前から言っているように……貴様の顔など見なくて済むならそれに越したことはないんだよ、馬鹿野郎」
「それでも、血を分けた息子なのだ。息子なのだ。息子なのだ……そう思って慈悲を賜ってきたが——」
 言いながら、エーデルガルドは即座に大槍グングニルを抜いて、一喝した!
「親とて我慢の限界だっ! 今、ここで、その首刎ねてくれる!」
「以前の俺と思うなよ!」
 ロキも応じて手枷を一瞬にして破壊すると、レイスァータとの戦いで見せた黄金の魔力を遠慮なく放ってみせた。
 両手に槍を構えたところで、エーデルガルドは見開き、刮目する。
「それは……」
「怒りで目覚めたんだよ。レイスァータは速攻で塵に変えてやった! 次はお前だ! エーデルガルドっ!」
 ロキはあの時のように一足飛びで駆けつけ、魔力をまとった拳をエーデルガルドに打ち込んだ。
 二人の魔力の衝突は凄まじく、周囲の空気を弾けさせて、兵士たちを吹き飛ばす。
 しかし、ロキの拳を受け止めながら、魔王は笑った。
「ふむ、大した魔力だ——が、俺には到底及ばん」
「抜かせっ!」
 ロキは立て続けに飛び蹴りから流れるようなコンビネーションを加えた。レイスァータを数発で沈めた圧倒的な威力を、さらに連続で!
 だが、魔王の笑みは止まらない。
 両手に構えたグングニルを器用に操り、そのどれもをいなし、かわし、受け止めている。終いに……!
 ロキは愕然とした。
 エーデルガルドは口角を歪ませた。
 なんと、エーデルガルドは大槍を片手で持って立つと、もう片方の突き出した手のひらで真正面からロキの拳を止めてみせたのだ。
 ロキは渾身の力を込めている……しかし、押しても、引いても、びくともしない。突き出した腕がまるで動かない。
 そのうち、エーデルガルドがその手のひらに力を込め出した。ロキの拳を一回りも二回りも大きな自分の拳の中に握り潰すように……間もなく激痛がその神経を走り、ロキは可憐な叫び声を上げた。
 その時こそエーデルガルドは、悦に入り、軽く高笑いを放って続けた。
「どうした、その程度か」
 ロキは額に汗を流して、エーデルガルドの顔を見た。
 だが、そのくらいの戦力差は想定していたこと……! その絶望的な差をまさにその目で確かめるに至り、ロキは負け惜しみを返した。
「ちくしょう……この、化け物めぇっ!」
「ふはははっ! そうだ。超人なのだ。貴様の父は昔から!」
 エーデルガルドは息子を手の先に持ち抱えたその姿勢のまま、更なる剣気を開け放ちながら、
「異常な筋力! 異常な魔力! そしてそれらを謙遜しない異常な暴力性っ!」
 ロキを恫喝するように吠えた。
「だからこその魔族の王っ! 誰もがひれ伏せざるを得ない絶対的なるパァワーっ! ゆえのっ! ——支配なのだよ、小僧! 今更気付いたところで、遅いがな……」
 エーデルガルドはそのままロキの手首を握ると、ロキの身体を振り回して地面に、柱に、窓に、壁に叩きつけた! 得物を振り回すかのように。
 まるで児戯だった。
 子供と大人がじゃれあうような。
 話にならないほどの絶望的な力の差が両者の間には未だ、なお、海溝よりも深く、大陸を隔てる海洋よりも広く……! 横たわっているのだった。
 数年前の再生を見ているかのごとく、兵士たちの前でたちまちロキはボロボロにされていた。
 腕の骨はとうに折れ、ぶらぶらとぶら下がるのを持ち手に、エーデルガルドは息子の尻を叩くようにして、彼の身体をことごとく痛めつけた。
 半死半生になったロキを見下ろすと、終いに、その顔を遠慮なく……力を込めて、踏みつけた!
「死ね。もはや貴様に慈悲はない。憐憫もない。俺に逆らったらどうなるか。息子でさえ、そこに温情はないのだと魔王の恐怖を知らしめる糧となり! 醜く潰れて死ねっ! ロキっ!」
 ロキは父親に顔を踏みつけられ、今にも殺されそうになりながら。
「寂しい奴だ、お前は」
 薄れゆく意識の中で、なおもエーデルガルドを睨みつけ、呟いた。
「……あ?」
 エーデルガルドの足が止まる。
 ロキは続ける。
「虫を潰すように息子を踏みつぶせても、天地がひっくり返ってもしもこの戦争にお前が勝てたのだとしても……なぁ、お前……——それを誰と祝うのだ?」
「…………」
「その時そこに俺はいないんだろう。姉さんも死んだ。母二人は初めからお前のことを慕ってなどいない。兵士たちも恐れているだけ、軍団長の一人ですらお前のことを心の底では笑っている……いつか言ったように、お前は、裸の王様。どれだけの偉業を成し遂げたところで、その果てに着いたとて、お前は、一人だよ」
 エーデルガルドの顔が真っ青に染まっていく……。
 対面で、ロキはここぞとばかりに口元を歪めて嘲笑った。いや、その心情からすれば、呆れ果てるに一番近い。
「哀れだなぁ。なんて、哀れな男なんだ。誰からも愛されず、そうして世界中から忌み嫌われて、お前が衰えて死ぬ時! それを皆は喝采して、喜ぶんだよっ! なんなんだ! お前という存在は! 害悪にして最悪の厄介者っ! しかし、仕方ないよな……それがお前自身。幼稚な偏見に凝り固まり、視野狭窄に決めつけたかを括り……乱暴に、力任せにして選んできた、その人生なんだからなぁっ!」
「笑わせるなぁっ!」
 エーデルガルドは吠え返した。
「貴様とて、同じであろうっ! 産まれた時からあらゆる全てに忌み嫌われ、姉に虐げられ、俺に踏み躙られ! 気の置けない友人の一人すらなく! 孤独に生き、孤独に今! 無力に弱く吠える一匹のどうしょうもないガキのまま! 結局は大いなる力の前に敗れっ! 何も成せずに朽ち果てようとしているっ! 貴様とてっ——貴様とて、俺と同じであろうがぁっー!」
 エーデルガルドは吐き捨てるように、畳みかけるようにして続けた。
 そこにもはや王たる風格も、威厳もない。
 かつてフレイアが言ったことが如実に思い起こされる。
 こいつは誰もが大人にしてくれなかった。
 そんな愛に気付けず、あるいは触れられたことのない……子分を引き連れ、従わせ、近所の公園を占めると豪語してやまない、哀れなガキ大将のままなのだ。
 そう思うと、その体躯がその実空虚で、ちっぽけなものに見えてならなかった。
 言いようもなく、哀れだ。
 それしかない。
 エーデルガルドは息子弄りをやめられない成人男子のように、虚無に狼藉を、虚しい啖呵を加え続けた。
「貴様には、今! この瞬間に! 助けにくるものでもいるというのかっ!」
「いるさ——」
 ロキは念じていた。
 みっともない。情けない。しかし、そんなことはもはや気にしなかった。それを含めて俺なのだから。
 窮地に助けを求めることは決して、弱さじゃない!
 そして信じたのだ。
 あの日、あの瞬間に、出会っただけの遠いつながりを。
 その名を心の中で呼んだ——。
「あの日、地の底にいた俺を引っ張り上げてくれた者が一人、待っている。今も、こんなどうしようもない俺を信じてな——」
 突如、光が、玉座の間に瞬いた。
 その刹那に、白い土煙。明らかに人工的な煙幕だ……!
 そして——その噴煙に視界が覆われた次の瞬間にはすでに。
 筆頭の女剣士は剣を抜いてエーデルガルドの巨体に打ち掛かり、ロキへの攻撃を押さえていた——。
「——忘れられてるかと思ったわよ」
 女剣士が言い、遅れてその煙が払われると、ロキは一層、驚愕する。
 羽根つきの扇を広げた、まるで色街からやってきたような桃色の髪の女吸血鬼に、異国の装束に身を包む幼気な少女。その傍らに漂う頭からキツネの耳が生えた若者の亡霊。腰に異国の長刀"物干し竿"を差している。それに、かつて牢獄で見た長身のエルフ。
 なんと、女剣士一人ではなかった。
 煙の中から現れたのは——。
 どんっ! と音を立てるように煙の中から、それらが一斉に玉座の間に姿を現した。
 威風堂々! そのままに不敵な表情をそれぞれに浮かべ……!
「……!」
 一人一人がいずれも劣らず、曲者の雰囲気を漂わせた一目でそれと分かる手練れたち。その中心となり、すでに王に斬り込んでいる女剣士インベルが気安く、足元のロキに重ねて言った。
「あんまり連絡が遅いから、ロキ」
「インベル……」
 ロキも100%信じていたわけではなかった。
 もしかしたら……そんな不安も過っていた。
 それが気がつけば、インベルはそれを補って余りある手勢まで引き連れて、こうして馳せ参じている。
 あの約束通りに。
「すまん……」
 ロキは感無量に涙を滲ませて、
「……恩にきるっ!」
 インベルは口元を緩ませて、それを返答にした。
 一方エーデルガルドは突然現れた手勢に驚愕していた。
 しかも、何よりも、この目の前の女——身体から自然に漂う魔力の量がすでに尋常ではない……ことによったら、自分さえ凌駕して余りある可能性すら覚え、その底に怯えを混じらせながら言った。
「な、なんだっ……ロキ! この者たちはっ! いったい……?!」
「の前に——足、どけろよ。クソ親父」
 インベルは短く凄むと同時に斬り払った!
 エーデルガルドはかろうじてそれをグングニルの腹で受け止めたが、思わず一歩、二歩と後退るを得なかった。
 インベルはすかさず顎をあげ、見下すようにエーデルガルドと対しながら言った。
「愛すべき息子の面に足乗っけるたぁ、どういう了見だよ、てめえ」
(後退る……! この魔王が!)
 それも彼に屈辱を与えたが、インベルの口ぶりは止まらない。
「思った以上に下劣な親みたいね。あんたの苦労がうかがえるわ」
 その隙にロキは素早く立ち上がると、ふらつきながらも体勢を立て直し、インベルの横に並ぶ。しかし、インベルは言った。
「あんた、下がってなよ。ひどい怪我じゃない」
「いや……」
 そう言うとロキは——、
「俺も男だ」
 瞬間的に魔力を爆発させた。
 それは先に、エーデルガルドと見えたときを遥かに凌駕して、レイスァータの時よりも激しく、立ち上る潜在力を惜しげもなく披露していた。
 片腕をぶらさげつつも、それでもまだ動きは軽い。
 インベルは口笛を吹き、エーデルガルドは再度、目を見開き、今度こそ心の底から愕然とした。
 目の前で起きている未知の現象に、まるで理解が追いつかない……。
 ふと、もらすようにして言った。
「あれが……全力ではなかったのか……」
「おかげさまでな。さらに枷を外せたようだ……救世主に助けられるがまま寝そべってる姿を想像したらな。あまりに情けなくて」
「何をした……お前らはいったい……」
 ロキは玉座の向こうのエーデルガルドを見据えつつ続けた。
「どんな時代にも終わりが来る……それはきっと、こんな風に新しい波が産まれることによって……」
「新しい波だと……」
「それをあんたは恐れてたんだろ。自分の大層な玉座が奪われるその日を、あんたは権力を振りかざすその実ずっと気付いて、恐れ、封じ込めたくて仕方なかったんだ!」
「抜かせっ!」
 エーデルガルドも若き息子や手勢たちに応じるように魔力を放出した。玉座の間の高い天井を突き破って天井知らずに立ち上る暗褐色のオーラはしかし、言うほどに膨大だった。
「グアーーーーッハッハッハッ! 新しい波? 時代だと……? 笑わせるな、小僧どもっ! 貴様らはただ厳しい現実から目を背け、夢に逃げてるに過ぎんのだよっ! そんな都合のよいものなど、この世のどこにもありはしないと! 何度叱らせれば、解るのかっ!」
 思い出したように満面に狂気的な笑みを浮かべて、エーデルガルドは皆に迫った。
「いいだろう……その賢しい舌先に乗せた夢ごと、みなまとめて、俺が手ずからひねりつぶしてくれるっ!」
「何と言おうが、今日、時代は変わる」
 だが、ロキは怯まない。インベルも、集いし戦士たちも各々の得物を持ち直して、改めて周囲に剣気を放った。
 圧倒的な魔力を前にしてもその目前を突き進み、そして俊足に足元を蹴り付けると、真っ直ぐにエーデルガルドと衝突した——。
「刮目しろ、魔王! 新しい波に呑まれて、今日! あんたはここで死に、新しいしがらみのない時代が始まるんだっ!」
 人々の未来をかけた運命の一戦は、そのようにして、開幕するのだった……。





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