魔王と! 私と! ※!

白雛

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第五章『魔王(仮)』

十一

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 ロキは悲鳴をあげた。
 歓喜の悲鳴だ。
「勝った! ついに引いたぞっ! 三匹のオークを生贄に、いでよ! ブルーアイズゴールドヘアゴブリンっ!」
 大音声で言いながら、カードを手札からフィールドに叩きつけて出した。
 とたんに対面の少年が平静そのものを保って切り返した。
「はい。伏せモンスター、がんばリカコ~隣部屋の奥さんの特殊効果発動。耳元へのささやきの効果で、場に出て一ターン目の若いオスモンスターは腰砕けになって心変わり、僕の味方になる」
「な……!」
 机の向かいに座る少年がてきぱきと場のカードを動かしていき、言った。
「僕のターン。一斉攻撃で魔王さまのライフはゼロ。また魔王さまの負け」
 少年はすぐにカードを集めてフィールドを片付けながら続けた。
「魔王さま、弱いねー。あんまり若いオスモンスターダメだよ。イケメンかもしれないけど、勝負の世界って、そんなんじゃないから。このゲーム、基本的に女性モンスターの誘惑効果強いから、美魔女とか隠れゲーマーとか使わないと初心者は勝てないって」
「な、なんなのだ、それは……」
「デッキ見せて?」
 ロキが自分のカードの束を手渡すと、少年は慣れた手つきで素早く見定め、素早くカードを机に弾いていく。
「これいらない。これも。これも、これもだめ」
「な……攻撃力すごいぞ、このカード」
「コスト重いでしょ。強くてもすぐ使えないなら重くて余すだけ。で、召喚しても手玉に取られちゃ意味ないどころか、最悪、相手の戦力になるだけじゃん。使うなら二手三手先の効果まで考えないと。どうしてこのカードを入れたのか? 一枚一枚戦術的な理由が言えるようにして、もう一度組み直してみて」
「なんてこった……奥深すぎるだろ! マモノンカード!」
 ロキはテーブルの前に頭を抱えた。
 その様を遠巻きに見ながらインベルは呆れる。
「なにやってんだか……」
 というのも、朝のマモノンカード大即売会を終えると、集まっていた子供たちの誘いに乗じて、ロキも自分の分を含めて四セット、勧められるがままに購入したのである。
 それでさっそく広場に行って、子供たちを相手に遊んでいたのだが、彼らは目の合ったライバルとの死線を日々潜り抜けている百戦錬磨の猛者ばかり。始めたばかりのロキは相手にならないのだった。
 ロキは教えてもらいながら、彼らと試合する昼を過ごし、
「いいの? 魔王さま……国家元首が昼日中からこんなことしてて」
 インベルの対面で冷たいスムージーをすすりながらメルキオールが答える。
「たまには、ね。ああ見えて普段はきちんと仕事してますから」
「ふーん。その日に来ればよかったかな」
 しかし、平和な時間も長くは続かなかった。
 アルを含めた三人はほぼ同時に城下町の外に邪気の波動が広がるのを感じ取っていたのだ。
「アル」
「そうっすね。大体二十くらい。ゴブリン、オーク、狼男にエルフ……ここから北東の森の深部にいる……集まってる?」
「それなら、私どもが昨今追ってる連中かもしれませんね……」
 アルの鋭い感覚による観測をメルキオールが引き取って言った。
「反逆者組織です」
「……そんなのがいるのね」
「ええ。いつの世にも」
 ロキはその力を封印されているためにまだ気付いていない。
「ええい! 今度こそ!」
「ええーっ! やだよ、魔王さま、弱いもん」
「あと一回! あと一回だけだから! ちょっとだけだから!」
「うーん……もう、しょうがないなぁ」
 ロキが楽しそうに子供と戯れるのを視界に捉え、インベルは呆れるようにため息をつくと、
「……しょうがない。私が出るわ」
「私も参りますよ」
 メルキオールも杖の握りを変え、城門の外を睨むようにして言った。
 インベルは肩をすくめて返す。
「……どうせチンピラレベルでしょ」
「それならいいのですが……今回は何やら、少し……少し嫌な予感がするのです……」
 インベルがメルキオールの憂鬱そうな物言いに間を空けると、彼女は物思いに淀んだ表情で繰り返した。
「ええ。少し、だけ……」

 ◇

 魔王都〈スターディンリオール〉を見晴らせる山の空き地に砲台があった。
 口径がバカみたいにデカく、まるでタコツボのような見た目。それが空に向けた角度に保たれ、車輪のついた足場に支えられている。こんなふざけた外見でも、前大戦末期に猛威を振るった骨董品であった。
 魔法の世界で込められる弾は無形。ゆえに弾頭やそれを打ち出す機構そのものが要らない。使用者の溜めた魔力によってのみ真価を発揮する。そんな詐欺みたいな理念において〈ナルガディア〉で開発されたマイルドセブンmark.III、三代目とかマイセンとか呼ばれている。四代目からは名称自体がかわってメビウスと呼ばれるようになった。
 ツボの先っちょにまたがり、目の役割を担うゴブリンが魔王都上空と頭上を舞うハルピュイアと連携して、足元の連中に言った。
〈もう少し、右……右、もうちょい……行き過ぎた!〉
 下ではオークが筋肉量に物を言わせて、ツボの角度を調整している。
〈そう、そう……おっけ! 狙いはばっちりだっぺ!〉
「へぇ……懐かしくすらあるわね」
 聴き慣れない声だったが、ゴブリンは輪っかを模した指の向こう側を注視するのに夢中で雑に答えた。
〈……懐かしいだ? なぁに言ってんだ、おめ。ずっと一緒に寝泊まりしてたっぺよ……〉
「これ。最後にエーデルガルドが悪あがきに引っ張り出してきたあれよね……確か……マルハンとかワイルド……とか」
〈マイセンだっつの! しかもmark.III! 口んとこの傾斜見りゃわかんべよ! 誰だ、おめ! そったら素人みてーなこと抜かすのは……!〉
 こんな茶々が一番効く。
 怒るか、語るか。どっちにしろ初心者、素人のすっとぼけた意見には口を挟まずにはいられないのが誇り高いオタクという生き物。
 そうしてそのゴブリンも振り返り、隣に寝そべるインベルを見……驚きに声を上げた。
「——だ、誰だ! おめ!」
 しかし、次の瞬間にそのひよこ豆みたいに丸いゴブリンの頭はツボの先端に叩きつけられて、彼はそのまま夢の世界に旅立つのだった。
 一方、下を見ると、メルキオールがオークの連中を片付け終えている。早い仕事ぶりにさすがのインベルも舌を巻いた。
「……こんなところに、こんなものがあったなんて……」
 メルキオールは顔つきに僅か以上の動揺を滲ませながら、オークの死体を転がしていき、まだ息のある一人に杖の先端を向ける。
「いったいどういうことなんですかね——死ぬ前にすべて話してもらいます」
 すると、呪いにかかったそいつはとろんとした目つきでもそもそと喋り出した。
〈……灯台下暗しってやつさ。メルキオールさん、アンタはどこへ行くにも次元跳躍とかって、空間をまたいで飛んでっちまうだろ。だから、こんな盲点があちこちに生まれる……〉
「ふむ……留守にする代わり、当然城の部下たちが毎日見回ってるはずなんですが……」
「——そこで私の出番というわけだ」
 その声はどこからともなく森の空き地に響いた。
「——っ?!」
 しかし、メルキオールが聴き間違うはずもなく——彼女は耳を澄ませて驚愕に目を見開くと、振り返り、上を見上げる。
 それからも左右を見たり、鋭く視線を尖らせて、神経質なまでに周囲を見張った。
 そんな彼女を嘲笑うかのように、声が続く。
「愚かにも、お前たちは私の実験動物を側近にしたね。いかにもお優しい若様だが、それが過ちだ。実は彼らの頭の中には、私の細胞が埋め込んである。それが発信器となって位置も知らせてくれるし、こちらから……くくく、指令を送ることもできるのだよ。——こんなふうにね……!」
 すると、背後の草陰から音がして、影が飛び出した。
 メルキオールはとっさに振り返り、杖を構えて——しかし、唖然とする。
 人だった。
 それも、メルキオールのよく知る人たち。
 昨日も徹夜に付き合い、夜通し作業を共にし、朝には川辺で水掛けにも興じた——、
「す、すみませぇ……ん……メルキオールさま……」
 あの召使に近衛兵たちだった——。
 気味悪くうごめくおでき・・・が、彼らの頭部に張り付いていた。
 それは育ちの悪いトマトのように、おでこを普段の軽く二倍、三倍にして青く膨れ上がらせている。兵士などは顔面全体にまで広がり、今にも破裂してしまいそうなほどぱんぱんだった。
 その衣服や装飾品、黒子などの身体的特徴を普段から見ていなければメルキオールですら見分けがつかなかったろう……。
 言いようもなく、無惨な有様だった。
「あ……あなたたちは……」
 狼狽えるメルキオールの一方で、上から様子を見ていたインベルの目が鋭く、細く、底の知れない漆黒に沈んでいく。
 召使の女がおできに血走った目を見開かされた痛ましい表情で、涙を流しながら訴えた。
「わか……さま……わたしたち……が……ずっと——ずっと! 手引きしていたんです……あの日あなた方に救われた命、恩返しっ! したかぁっかのにぃぃ……」
「あ……あ……」
 メルキオールは震えた。今にも得物を取りこぼさんばかりだった。彼女はまだ幼い。このような精神的責苦を受け流せるほど経験を積んでおらず——。
 インベルは周囲に目を配りながら、間もなく飛び降りた。そして言った。
「……どこだ」
 戦意の喪失しているメルキオールの傍ら、見えない不埒者に凄むように。
「出てこいよ、王様気取りのインポ野郎が」
 しかし、鬱蒼と茂る草木の陰に吸い込まれるようにそれは虚しく響き、またしても声だけが、下品な山彦のごとく返ってくる。
「おいおい、他人の部下には似たようなことをしといて、自分の部下がやり返されたらキレるのかい? とんだ野蛮人だな、救世主というのも」
「やり方が下品だっつんだよ。臭え! 姿もないのにぷんぷん臭ってくるよ。お前の腐ったドブみてえな体臭がな!」
「……あのイカれ女みたいなことを言いやがって……」
「気に障った? なら、もっと言ってあげましょうか。亜空間に身を隠さなきゃお口も聞けないインポ野郎だもの。隠れて萎びたそいつをいじくり回すしか脳がないんだろ? 臭えに決まってんだよ、そんな引きこもり、どことっても」
 声はもはや憤るより感嘆をもらすように返した。
「……どっちが下品だ・・・・・・・クソ野郎・・・・。本当に女か、貴様。まさかハーレィより口汚い奴がいるとは……」
「ハーレィ? ハーレィって……」
 インベルが小首を傾げた。
 意に介さず、声は続けた。
「まぁいい。救世主。今は貴様に興味などないんだ……わたしが興味あるのは——」
 その男は空間をぐにゃりとねじまげて、音もなく姿を現した。
 吸血鬼お得意の次元跳躍——そして、メルキオールの背後だ……!
 長い髪をすくように、指先を彼女の首筋に這わせながら、空間から現れた銀髪の男が不敵に笑んで言った。
「メルキオール、おま——」
 しかし!
 メルキオールが全身を這い回る寒気に突き動かされ、とっさに振り返り、杖を構えるよりも、圧倒的に早く……!
 男が姿を現した瞬間、すでにインベルは振りかぶった渾身の左フックを見舞っていた!
 振り返ったメルキオールの眼前で、刹那、男の顔が衝撃に歪み……身体はいつぞやのように弾かれ、木々を薙ぎ倒し、山肌を突き抜けていく。
「ぐぁあはぁーーーっ!」
 この圧倒的な初速の挙動に吸血鬼レイスァータは叫び、驚愕にメルキオールの涙も止まっていた。
「イ、インベルさん……」
 メルキオールが呟いて言う間にインベルはもう駆け出している。
 そして木立の間を疾風のごとく縫い、吹き飛んだレイスァータに追いつくと、さらに両の拳を組んで打ち下ろした——! 
 レイスァータは為す術なく地面に叩きつけられた。
 起き上がるまでもなく追撃を加えんと、インベルが再度腕を振り上げた間隙——、
「ま、待てェッ!」
 拳が打ち出される寸前のところでぎりぎりレイスァータの悲鳴は彼女の耳に届いた。
「え、なに?」
 にべもなく切り返すインベルを前に、レイスァータは荒く息をつき、上体を起こして、やっとのことで手のひらを突き出す。
 その顔はもう歯が数本抜けて、目元は腫れあがり、銀髪はすだれ・・・のように垂れ下がって、元の秀麗な顔はどこへやら、マヌケな顔になっていた。
「一回! 一回、ま、待て! お前!」
「ん?」
 レイスァータは憤激して言った。
「例えば俺を攻撃したら、操られてる奴らがどうなるかとか! あとはメルキオールのこととか! 色々考えないわけ?!」
「は?」
「いやだから……」
 木立を抜けて、インベルの追撃にメルキオールが追いついてくる。
 レイスァータは喚き続けた。
「そもそも初対面だろ! いきなり有無を言わさず殴りかかるなんて……」
「もう話がキモいしウザいやつなのは判ってたからさ。それに亜空間に逃げられても手間だし。出てきた瞬間殴るしかないじゃん」
「だからってノータイムで殴りにくるやついる? 一応、メルキオールの父親なんだぞ、俺……形式上だけど」
「え?! そうだったの?!」
 インベルが振り返ると、いつもの沈着冷静、どこか人を小馬鹿にした態度は完全になりを潜め、メルキオールは珍しくしおらしくなっている。どうしていいか分からない。その小さな背丈に大人サイズの杖も相まって、初めて年齢相応の子供のように見えた。
 レイスァータは殴りつけられた頬と背を押さえながら続けた。
「それをお前……いきなりだもんなー! ちょっと娘の友達にしては礼儀とか常識とか、なさ過ぎるんじゃない?」
「殺し合ってんのに、常識もクソもあるか。どんな温室育ちだよ、お前」
 インベルは言いながら拳を硬く握り直した。
「もういい? もう殴っていい?」
「……今の話聞いてた? 話させてよ。娘なんだよ? 十年ぶりの対面がパーだよ。お前のせいで」
 そうまで言われてはさすがのインベルも腕を引っ込ませざるを得ない……。
「……めんどくさいのね」
 そう言うと拳を下ろした。——しかし、その瞬間、レイスァータに不敵な笑みが戻った。
「かかったな!」
 インベルが再度腕を振り上げる——が、即座にレイスァータは光の速さで背後を指差し、声を張った。
「見ろ!」
 振り返ると、メルキオールの様子がおかしい。目は虚ろで、杖を握ったままぼんやりと佇んでいる——インベルが何か口にするより早くレイスァータに再度拳を叩き込もうとした矢先、その動きが急激に加速した……!
 そして——なんとインベルとレイスァータの間に立ちはだかり、杖の把手から噴き出す金色の魔力で壁を作り、インベルの一撃を食い止めているではないか……!
 どちらも尋常ではない魔力を誇っている。二つの力のぶつかり合いは木々を吹き飛ばす衝撃波を起こして、瞬時に一帯を禿山へと変えた。
 レイスァータは隙を逃さず立ち上がると、素早く言った。
「ふはははっ……さっきの話の続きだがな、私の細胞は当時すでに産まれていたメルキオールの脳にも仕込んであったのさ! そしてな! この作戦はお前らがこっちに来た時点で成功してんだよ! 囮だ! お前らは強すぎる。魔力を放出すれば勝手に感知して、こっちに来ると読んでたからなっ!」
「てめえ……無事で済むと思うなよ」
 インベルは凄むが、レイスァータの表情は崩せない。
「本隊は今頃、もう街の目前だっ! ざまあみろっ! メルキオールを殺してまで俺を追えるか! アーーーッハッハッハッ!」
 おまけに高笑い一つも吐いて、レイスァータは再びぐにゃりと歪む亜空間の中に逃げおおせていくのだった。





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