魔王と! 私と! ※!

白雛

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第五章『魔王(仮)』

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 地下から光線のような光が走る。天を超えて、重力を脱出し、なお暗闇を突き抜ける光が地下から迸り、地下室は瞬く間に崩落した。
 メルキオールは気付くと空にいた。
 抱き抱えられている。
 逆巻く魔力をまとうロキの腕に。
 崩れる地下を嘆いて、手を伸ばした矢先——、
「大丈夫」
「———!」
 彼女はその刹那に——、確かに聴いた。
「妹たちもみんな無事だ。必ず救いだす。俺を信じろ」
 信じる。
 父のように思っていた男ではなく、突然姿を現したこの青年の言葉を。
「激しい……なのに、優しい」
 その腕に、胸に触れながら。
 そうするに値する安心感がなぜか、メルキオールには感じ取れるのだった。
 自由落下ではなかった。ロキのまとう魔力で抑制された重力下にあるように、下りるときは速く、着地寸前でふわりと風のクッションを挟むように止まる落下。
 そしてロキはメルキオールを離し、彼女がその場を離れると今度こそ遠慮のない全開の魔力を放った。
 崖側の芝生が彼の剣気にのけぞり、その気迫は向こう百メートル辺りにいるレイスァータまで優に届いた。覚醒したロキに気圧けおされ、ひと足先に崩落する地下から抜け出ていたのだ。
 ロキは叫んだ。
「レイスァータァァーーーッ!」
 同時に、ロキはその場を飛び出して、一足飛びでレイスァータの元に迫ると、その顔面を思い切り殴りつけた!
 レイスァータの麗しい顔が瞬間的に醜く歪み、次の瞬間弾かれたように軽く丘陵きゅうりょうを突っ切って遥か彼方の森林まで木々をぎ倒しながら飛ばされる。
 それら一切の行動が彼には見えてなかった。
 すでにして薄く、飛びかけた意識の狭間で彼は懸命に記憶の糸を辿った。
(どういうことだ——?)
 地下室でロキが吠え、彼の秘められた魔力が光となって放たれた。
 かと思いきや次の瞬間、奴はカプセルに寄り添うメルキオールを抱き上げて、地下室の外壁そのものを魔力弾でぶっ飛ばした。
 メルキオールとその妹たちを浮かべたガラスの瓶を丸い防護壁で包みながら——!
 おそらくは他の実験動物たちも無事なのだろう。
 破壊と防護。その両方を同時に行いながら、なおかつその動作がまるで見えない。圧倒的なスピード。レイスァータからすれば彼は時間の外を動いているように思えて仕方がない。
 しかし、これでもレイスァータとてすでに百数十年と生きる不滅の吸血鬼であり、魔王軍団長の一人である。それなのに、まったく彼の動きに追いつけない……。
 それほどの力を秘めていたというのか。
 その時レイスァータの脳裏にはかつてまみえたときの少年の姿が思い描かれていた。
 永遠の命を持つ吸血鬼からすれば定命のものなど取るに足らず、その姿なぞ永遠に猿か童のままに見えるものだ。ヒトが虫をイモか成虫くらいにしか見分けられないように。
 だが、今、目の前にいて、向かってくるものは明らかにそれらとは一線を画した魔力を放っていた。
 自分すらも、遥か凌駕して……。
(ありえない……)
 レイスァータは禍々しい暗黒の魔力を手のひらを込めると、撃ち放った。
「ありえないだろうっ——あの小僧がああーーっ!」
 しかし、撃ち放ったその時すでに、視線の彼方にロキの姿はなかった。
 呆気に取られた次の瞬間、耳元でその声が聞こえる。
「こっちだ。ノロマ」
「……っ?!」
 ロキは拳を振り下ろし、殴りつけるまま、レイスァータの頭を地面に叩きつけるのだった。
 これではまるで瞬間移動ではないかっ……!
 驚愕におののくレイスァータだったが、もはや為す術もなく、ロキの一方的な暴力は続いた。
 幾度となく殴り、蹴りつけ、ボロ切れのように成り果てたレイスァータの細腕を終いに掴むと、ロキはささやいた。
「この手か?」
「……っ?」
「いくつもの哀れな命を弄び、踏み躙ってきたのは……この腕かと聴いているんだっ!」
「あ……がが……」
 ふためくレイスァータの腕に尋常じゃない痛みが走る……!
 ロキの一握りで手首から先がぐしゃりと千切れ落ちて、レイスァータは絶叫した。
「あげく、姉さんまでも……!」
「ひ、ひいいいい……! ま、まて、待ってくれえっ!」
 レイスァータはいよいよ恐慌に震え、残る片方の手だけでロキにすがりついた。
「な、なんでもする! あ、ああああ、ほ、ほら。君のお姉さんだって……そうだ! 私だけだぞ! あの人口子宮を使って……使えば、何人だって、好きなように……!」
 ロキは冷酷な眼差しでそれを見下ろし、言った。
「自分で試したことはあるのか?」
「は?」
「試すがいい。あの世でいくらでもな……!」
 ロキはそれだけを言い残すと、有無を言わさず、両手を大砲のようにして黄金の魔力を撃ち放った。
 それは森林を突き抜け、野山の空を軽く越え、晴天の夜空を切り裂く光の筋となって瞬き、遠い魔王城〈リオール・グランデ〉の頭上までも眩く照らし出した。
 光の消え去ったあとに、レイスァータの姿はもうなかった。
 跡形もなく消えていた。

 ◇

 崩れた屋敷のたもとにメルキオールはちょこんと座っていた。戦いの余波で燃え尽きた花壇を哀しげに見ていた。
「メルキオール」
 ロキが呼ぶと、ぱっと振り返り……しかしロキの顔を見るなり肩を落とした。
 曲がりなりにも父と慕っていた男は今しがた死んだ……ロキ単体での出現はそれを証明するようなもの……無理もなかった。
 また花壇を眺めて、言った。
「お父様は……」
「あれはお前の父親なんかじゃない」
「じゃあ、私は……私は、どうやって産まれたの」
「解らない」
 崩れた屋敷を見た。
うち、壊れちゃった……」
「ああ……」
 ロキはひとっ飛びすると、瓦礫を超能力で退けながら地下を掘り進んだ。そうして最後の一枚を退けたとたん、中から動物たちが飛び出してくる。
 レイスァータに飼われていた哀れな動物たちだ。彼らはロキが覚醒した直後に魔力の球でもって包まれ、匿われていた。そのため崩落があっても潰れることなく生き残ったのだが、檻が崩壊するのを見て我先にと脱出してきたのだ。
 獣や虫は傷ついた身体を引きずりながらも懸命に走り去り、妖精たちは飛び去った。
 樹木生命体もまたロキを一瞥いちべつすると、一旦は恐れ慄いたものの、何もしないのを見てそそくさと丘の向こうに消えていった。
 檻が崩れてもなお律儀に残っていたのはヒト型のものだった。
 先に降りた際に見てきた通り、いずれも精神が壊されている。魔力の障壁が支える瓦礫の合間で、人形のように手足を放り出して座っていた。
 それらは再びロキの魔力に包まれると、最奥の研究室にあった残り二つの透明の瓶と共に、彼の超能力に導かれるまま外に飛び出した。
 彼方の屋根の先がまた軽く崩れて、ロキとそれらが飛び出し、花壇の近くに降りてくると、メルキオールは立ち上がって出迎えた。
 自分が着地した時と同じ挙動で、ふわりと横に寝かされた透明の瓶を一つずつ、上から覗き込むようにして、メルキオールは抱きしめた。
「バルタザール、カスパール……」
「使い方、解るか?」
 その傍らに立ち、ロキは尋ねた。
 メルキオールはふと気付いたようにロキを見上げて、
「お父様がしてたようにすれば……いいの?」
「そうだ」
「じゃあ、地下に戻さないと……」
「え、そうなのか?」
「電力というものを使うんです。発電施設が森の中に隠してあって、この辺の地下にはそこで産まれた電力を通す管——電線でんせんが通ってて……」
「全部覚えてるのか?」
「いつも見てたから」
 ロキは愕然とする。
 少女の透き通った眼差しは一点も曇りがない。
 ロキは頭の後ろに手を回して、後頭部をかきながら、少し不満そうに言った。
「……あの野郎の道具を使うのは癪だが。仕方あるまい。手伝ってくれ」
「え……」
「救いだすと約束したろう」
「…………」
「少々、待てるか?」
「え……あ、大丈夫……だと思う」
 ロキは頷くと、今も傍で放心しているヒトたち一人一人に声をかけて回った。
 屋敷を抜ける途中で調達してきた毛布を被せて、水筒を持たせながら、再度メルキオールに振り返って言う。
「……そういえば自己紹介がまだだったな。俺はロキだ。間もなくこの国の王になる。誰もが恐れ……いや、求めていた救世主に俺がなるのだ」
「救世主……」
「そしてこの国を変える——やり直そう。お前は今、産まれた……ことにする。父親ではないが、俺がついてる。だから、一緒に今日この日からやりなおすのだ」
「…………」
 メルキオールは、見つめていた。
 ずいぶんと後になってからのことだが、ロキの放った言葉の通り、メルキオールはその瞬間に産まれたのだ、と思っている。
 ついてきてほしいのはこの人の方だ。
 幼心にもそう思わせるような、言葉とは裏腹に寂しげな目つきで自分を見つめ、それから前に進み出すロキの姿を見て。
 その腕。
 その胸の熱さを思い出して。
 自分の手を胸に当て、握る。
 信じる。
 あの言葉を信じたときのちょっと前の安心感を思い返しながら、
「うん……ロキ」
 メルキオールはついていくのだった。

 ◇

 一方その頃……。
 〈チップリン〉の村外れにある平原で……、
「バカな……こんなバカなことが……」
 五体満足の身体を失った吸血鬼が、残った上体だけを中空に引きずるようにして漂っていた。まさに彼の配下にもいる、怨霊おんりょうのさまよえる火の玉のように……。
 レイスァータだ。
 なんと、腕と下半身を失ってなお、彼はまだ生きていた。
「ハーレィ……」
 失われた腕の断面をとぎれた・・・・手首の先で抑え、弱々しく宙を浮遊しながら、生きとし生けるものの眠る闇夜の彼方に女性の名を連呼した。
「ハーレィ……ハーレィ……」
 祈るよう、唱えるようだった弱々しい口振りはすぐさま化けの皮を剥がして、彼の本性を表すとともに怒鳴り声へと変わる。
「……ハーレィ! さっきっから呼んでいるだろうが! ハーレィ・キュルテン・チョーカー! 貴様みたいな顕示欲の塊が! よもやエゴサーチャー・・・・・・・の呪いを外しているわけがあるまいっ!」
 ——ふと、あくびの音がした。
 レイスァータの稚気と喚声のため、人はおろか微小の生き物一匹、姿の見えない夜の平原に。
「……うるさいのう。ロウリーク家の小僧が、いつから妾をそのように呼ぶようになった?」
 すると、どこからともなく女性の声がして。
 続けてぐにゃり——と空間をねじ曲げ、青白い月明かりの彼方から大層顔色の悪い吸血鬼がもう一人、突然姿を現した。
 レイスァータに劣らず、見目麗しい人相。出るところは出て、締まるところは引き締った見事なボディラインに、白き月光にもえて煌めく桃色の長髪。
 目尻の、クマに見せかけたような丸い紅と口元のちょこんと乗ったリップが殊に彼女の美貌と可愛らしさの両面を際立たせて……出てきてそうそう、彼女は鬱陶うっとうしげに黒き羽根つきの扇を振り落として宣った。
「気安いぞ、たかだか百数十の童が……」
「転移しろ……」
 レイスァータの身体に視線を這わすや、しかしすぐにハーレィと呼ばれた吸血鬼は目を丸くした。
「おや。そのなりはどうした。おーーーっほっほっほっ! そなた、足が! 足がちょん切れておる・・・・・・・・・・ではないか! 手首も! まったくみっともないっ! 自己再生もできんのか!」
「転移しろっ!」
 レイスァータは繰り返して、凄んだ。
 魔王軍団長に相応しい鋭い殺気だが、ハーレィは物ともしない。むしろ、より高みから、より残酷な眼差しをして、
「殺されたいか、童。妾に命じるなぞ……言い方、というものがあろう……」
 さらに切り返しの中には、まだ遊び心を覗かせる。
 ハーレィは若き吸血鬼の尻を叩くようにして続けた。
「のぅ……ほれ」
 人に頭を下げ、命を乞う……支配者を気取り、命を司っているつもりで他のそれを度外視してきた男には、最悪の屈辱だった……!
 なんて日だ……産まれてこの方……母様にさえこんな姿を見せたことはないというのに……!
 しかし背に腹は変えられない。死んでは、全てが無意味になる。雪辱も果たせない……。見返してやればいいのだ、いずれ・・・……! 今の自分が受けているように、いずれ・・・この地位をひっくり返して、この怒りと屈辱はその時に!
何倍にもして晴らせばよい・・・・・・・・・・・・……)
 レイスァータはふよふよと宙を漂う様ながら、頭を下げた。
「て、転移してください……助けてください」
「おーーーっほっほっほっ!」
 ハーレィは気持ち良さげに目を細めてひとしきり笑ったあとで、にべもなく言った。
「だが嫌じゃ。其方そちは臭い。其方の吐く息一つ、腹の底からすえた・・・臭いが香ってきよる。我が屋敷に招いたら臭いがうつってしまいそうじゃ。嫌じゃ嫌じゃ」
 ハーレィは扇を開き、口元を隠しつつ、周囲をちらちらと飛び回りながら言い、レイスァータは今にも発狂しそうな憎悪を"ない・・"身体に押し留め、懇願した。
「お願いします……お礼になんでもします。私が長年蓄え続けたホムンクルスの法も授けます……だから——」
「——ホムンクルスとな」
 ハーレィの目つきが変わった。
「人造のヒトか……そなた、あれを完成させたのか」
「その通りです。どんな人間でも生き返らせ、食糧にすることもはべらせることも……」
「どんな人間でもと言ったが、元になる者の血がいるのじゃろう。そこに刻まれる螺旋の情報が……いや、待てよ……」
 ハーレィは扇で口を隠しながら、あらぬ方を見ていた。
 確実に食いついている。見えてきた希望にレイスァータの口元も吊り上がった。
 ハーレィはそのまま突然、言った。
「ふむ……よかろう」
 レイスァータが二の句を告げようとしたところ、そこでようやく視線を彼に戻して付け加えた。
「ただし、風呂には浸かれ。外に用意させておく。それで全身くまなく濯いでから、屋敷の敷居はまたいでもらう。もちろん、臭い服は捨て、全裸でな……といって、安心せい。今のそなたには見るべきものもついておらぬからのぅ! おーーーっほっほっほっ!」
下衆げすな女め……)
 しかし、レイスァータが気付くと、その瞬間にはもうとある荒涼とした鉱山地帯にいた。
 先ほどまでの高原は見渡す視界のどこにもなく、目の前には自分のところと比べても、さらに数倍は大きな屋敷が山の麓に食い込むようにそびえている。
 さぞ日当たりが悪そうだが、本来吸血鬼というのはこういう場所を好むもの。人間界の貴族にかぶれ・・・、見晴らしの良い高台に住処を設けるレイスァータの方が特異なのである。
 その玄関先にドラム缶が一つ・・・・・・・と水の入ったペットボトルが一本・・・・・・・・・、置かれていた。
 これがハーレィの用意した風呂らしい。
 変哲のないようでいて、レイスァータは警戒した。
 あの頭のイカれた女のすることだ。絶対に何か仕掛けてある……しかし、ハーレィの機嫌を損ねねば今の自分に未来はない……。
 苦汁と屈辱に塗れながら、レイスァータは荒地に一人衣服を全て剥ぎすっぽんぽんになると(といって下半身と左腕を損失していたが)、穴の空いたドラム缶にペットボトルの水を注いだ。
 彼女の魔法か〈ナルガディア〉の科学技術か、ペットボトルは水を流せど底が尽きず、延々とドラム缶の中に液体をこぼし続けた。
 そうして十分な水で満たされるのを見て、いよいよレイスァータはその中に全身を浸からせた——その瞬間、とたんにドラム缶の蓋が出現した!
 それは蓋をもいだときの時間の逆再生・・・・・・に等しい強引さで、とっさに片腕で押し返したレイスァータの腕力を軽く凌駕すると、たちまち彼をドラム缶の中に完全に封じ込めてしまうのだった。
 彼がドラム缶の中からその金属感を叩き、呻き声をあげていると、すぐに近くの空間がぐにゃりとひしゃげて、ハーレィが姿を現した。
 扇を開き、口に当て、目はへの字に、扇の内側で口元はにやにやと歪んでいた。
「バカ正直に突っ込むとはのぅ……貴様のような青二才を何の防犯術もなく妾が迎えると思ったか、ダァホめ」
 なんの真似だ! と怒鳴る声がこもって聴こえた。
「しかし、安心せい。慈悲じゃ。このドラム缶はそなたの傷を癒してくれよう。あの水もそのための液体じゃ」
 なんだと……? とおののく声がくぐもって伝わる。
「あぁ、感謝せいよ。我が国の開発じゃ。効果はお墨付きよ」
 ……感謝する。としおらしい声が聴こえた矢先、ハーレィは今度こそ唇を三日月のごとくそり返らせた。
「あーしかし、言い忘れておったんじゃが……」
 一枚の折り畳まれた用紙を手元に広げながら、彼女は白々しく宣う。
「そなたのその傷では回復にそれなりの時間がかかろう……なになに、ざっと十年。効果には個人差があります……とな! おーーーっほっほっほっ! 十年! されど、そのくらい我ら吸血鬼には何のことはないじゃろ?」
 十年?! 十年だと?!
 再びドラム缶が喚き出すのを聴いて、ハーレィは腹を抱えた。浮遊したまま宙に転げ回って爆笑するのだった。
「かかかっ! そうじゃ、十年! しかも、コイツは試作品で一度しめたら治し切るまで絶対に開かぬっ! ギャハハハッ! 其方は十年ドラム缶の中で暮らすのじゃ! あー愉快愉快、良いおもちゃが手に入った。毎日転がして遊んでやるわ」
 このイカれた死にぞこない・・・・・・めっ!
 そう聴こえて、ハーレィははたと止まった。
 つい今しがたまでの歓楽的な表情が一変して、冷酷に言う。
「ちなみに——再生中は蛹と同じで中はドロドロ。下手に扱えば出てきたときもさぞや愉快な姿になろう。——試してみるか、小僧」
 たちどころにドラム缶が静かになった。
 ハーレィはすぐに表情を戻し、
「それでよい。おのこは素直なのが一番、可愛いのじゃからな……おーーーっほっほっほっ!」
 超能力でドラム缶を転がしながら屋敷に向うのだった。
 レイスァータ卿はこうしてハーレィの屋敷に囚われることになった。
 ハーレィは宣言通りにドラム缶を転がして遊んでいたが、一時間もすると飽きて、また夜更けに目を覚ますころには完全に忘れていた。

 ◇

 その十年後……。
 完全復活を果たしたレイスァータは魔王都〈スターディンリオール〉の郊外に広がる坑道の奥で、反逆者組織の統領となり、その時を待っていた。
 あの日の雪辱を果たす日……若き魔王ロキを玉座から引きずり落とし、再びこの国を暗黒に沈めるその時を……。
 偵察に行っていた若い配下のハーフエルフが、帰ってくるなり敬礼して述べた。
「ロウリーク卿! 吉報です! 王都にて救世主インベル・レディ・ブラッドヴェールの姿を確認! 奴は魔王ロキらと共に祭りに興じている模様!」
 ランタンの灯りに照らされる中、その麗しく紅い唇が煌々と輝きを返して、歪む。
 ハーフエルフは続けた。
「各地に潜んでいる〈エステバリス〉の刺客はやられたようです……が! 救世主と現魔王が揃って王都にいる! 千載一遇の好機かと!」
「くくく……」
 レイスァータは奥の木椅子に長い脚を持て余すように座り込みながら、しばらく震え……、
「私が……この私がいったい、あれからどれだけの苦汁を飲まされ続けたことか……!」
 興奮に高笑いを響かせた。
 苦節およそ八年と七ヶ月……ドラム缶の中で再生し続けた身体は以前よりも遥かに力強さを増して、内包する魔力をみなぎらせていた……!
「ファーーーッハッハッハッ! 神は! 私をお見捨てにならなかった……! ついに……ついについについについに! この時が来たのだ! 救世主はまだしも、ロキ! ロキっ! 貴様を地獄に送るこの時がっ!」
「では……!」
「ああ。〈エステバリス〉のチンピラなど初めから数にいれておらん!」
 レイスァータは立ち上がると、長い腕を部下たちの面前に振りかざし、檄を飛ばした。
「ぶちかませ! 破壊の限りを尽くせ! 奴の大切にしているもの全てが目標だ! 今度こそ奴から全てを奪い尽くし、奪われた我が娘たちをこの手に取り戻すのだっ!」





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