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第五章『魔王(仮)』
七
しおりを挟む「なぁんだ。めっちゃ良いことしてんじゃない。それ早く言いなさいよ」
「い、言おうとしたのだ……しかし、あまりに突然すぎてだな……」
「じゃあ今度から来るときはミオから一報、入れとくことにするわ」
「いや待て!」
「へ……」
「なんだ……その……サプライズも良いものだろう? ひょこっと現れるから……その、良い……というか」
「そういえばそんなこと言ってましたねー」
近くの茶屋だった。四人して机を囲みながら、つらつらと話すうちメルキオールが引き取って言う。
「『こうして待っているところにひょこっと現れるから、心が躍るのだ。それに直接会いに行くなんて、もし向こうにその気がなければストーキングも甚だしい』」
ロキは慌てて店員を呼び止めた。メニューを開きながら、
「メルキオール、この店で一番高いタルトはどうだ? ドリアンとマンゴスチンとキャビアと金粉が乗っておる」
「まぁ! 有難き幸せ! わたくし、若のお世話ができて幸福ですわ」
「ストーキングだなんて、気にしなくていいのに」とインベル。
「でしょー? いつも私もそう言ってるんですけどねー、『俺はそのような作法も心情も慮れない凡百の野郎とは確実に違うのだよ』とか言って」
ロキは去り際の店員をまたしても呼び止め、メニュー開いた。
「メルキオール、この店で一番高い海鮮丼を頼もうか。いくらにボタンエビにアワビ、大トロに金粉が乗っておる」
「わぁ! なんたる暁光! このメルキオール、これからも誠心誠意、若に尽くさせていただきますね」
インベルはどこか厳かに落ち着いた雰囲気でそんな二人を……いや主にメルキオールの楽しそうな表情を眺めて、それからロキを見て、漏らすように言った。
「"みんなに好かれる"魔王。ちゃんとやってくれてるんだ」
「……と、当然だ」
ロキは横目でちらちらとインベルを伺いながら、落ち着かないように口走らせた。
「命を三度も救われた、他ならないお前の頼みだからな」
「ふーん。ここも良い雰囲気になったよね」
「そうか? ヒトのお前から見てもそうか?」
「そうよ。朝から子供の玩具でいっぱいなんだもん。悪いわけないわ」
「そうか……」
ロキは眠気覚ましのコーヒーを口に運びながら言った。
「なら冥利に尽きる」
少しすると兵士が二人を呼びに来た。休憩時間の終わりだ。ロキは立ち上がると、お札を机に置き、メルキオールを連れ立つ。
「インベル。今回はどのくらいいるんだ?」
「んー、予定もないしねー。しばらくお邪魔させてもらうつもり」
「そうか……」
ロキは憑き物が落ちたように言った。
「なら、ゆっくりしていけ。お前が救った国なんだからな」
「うん。ありがとう。久しぶりに顔見たら、なんか疲れが吹っ飛んじゃった」
ロキはその朗らかな笑みを見ると、店内を後にした。
「——それは俺のセリフだ」
「……若。口に出して言わないと、伝わりませんよ?」
「節操のない凡百の野郎とは確実に違うのだよ。俺は」
ロキは再び木札を担ぎ、列の最後尾に向かいながら言った。
「この一瞬一瞬に走る息苦しさ、胸の痛みが恋慕の妙。ゆっくりと味わうのだ。いずれこの腕に抱きしときの、幸福をより強く噛みしめるために。それがロマンだ」
「今年で三十の魔族の言うことですかね……味わってる間に適齢期も過ぎてしまいますよ? 若……」
「だーっ! お前はいちいちいちいち……!」
ロキは鼻息荒く、ふんぞりかえって言った。
「見ろ! 大人も子供も関係なく皆がマモノンカードという玩具に夢を求めて集まる! だが、それでいいんだ俺たちなんて。邪魔をするな! 水を差すな! 余暇の楽しみに年齢も性差も種族も国もクソもあるか。それが恋だろうと! 大人が子供のような夢を見てなぜいけない!」
「——若」
「子供に夢も見せてやれず、現実現実なんて酔ったようなこと抜かす大人ぶったやつの寝言なんざ犬も食わん。どんな偉業を成し遂げた野郎だろうが、関係がない。ソイツはクソ野郎だ。幸せになる権利はいつでも、誰にでもある。忘れるな、メルキオール! 人からそれを奪うもの。そこに向かう気をなくさせるもの! すなわち生きる気概を奪うもの! 誰かの幸せを追い求める権利を貶め、夢を踏みにじるようなことを宣う現実の溺死体野郎ども、それこそが我ら、正しい大人の永遠の宿敵に他ならないのだ! 俺たちはアホになって、そいつらから子供たちの夢を守り、ぶっ殺すために生き永らえればいい……」
ぱちぱち。
と控えめに拍手があがっていた。
周囲で聴いていた町民たちだ。
気付けば木札を担いで熱弁を振るうロキとメルキオールを囲んで、ギャラリーが出来ていた。
控えめだった拍手はおもむろに力強さを増し、やがて喝采となった。
「いいぞーっ! それでこそ我らが魔王さま!」
「〈エステバリス〉のネズミなんかに負けるなーっ! いざとなったら、肥溜めぶつけてやれ!」
「きゃーっ! メルキオール様ーっ! かわいいーっ!」
「あ、ども……ども……」
突然衆目の的になるやとたんに小さくなるロキの傍ら、
「それは……大変失礼致しました、我が王」
メルキオールは敬意を払って礼を捧げ、
(子供の頃に夢を見れなかった反動ですかね——その子たちが大きくなって、今、子供たちと一緒の夢を見る。何かいけないことがありましょうか。私たちは幸せにやってますよ。間違いなく。この人と同じ夢の中にいられて……)
空に想い、付け加えるようにつぶやいた。
「ねぇ、お母さん……」
そんな二人の様を眺めて、路地裏に消える影があった。
二つ。二人。
ハーフエルフの男が隣に勇んで話した。
「なんてことだ。アウラッツバター! 救世主も来てやがる!」
「ああ、天啓だ。二人まとめて始末しろ……! 神が——そう仰られているに違いない!」
二人は影から影へ身を移して、郊外の森へと消えていくのだった。
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