魔王と! 私と! ※!

白雛

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第三章:『石の見る夢』

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 地平線の彼方に影が見え、それが人や戦車、鳥馬の群れと形をす頃、同じように王国軍も石造りの城壁を前に戦線を形成けいせいしていた。
「毎度りぬ者どもめ……我が国の平穏をおびやかす者には死あるのみ。しかし、弁明があるならば聴こう! 今、俺は気分がいい」
 セティリス皇子が呪術師の魔法を受けて、拡声した宣告を砂上に放つと、向こうの大将も同じように声を轟かせた。
「砂漠の魔族混じりが偉そうに駄弁だべるな! いつから貴様らは我々に楯突たてつく地位を得た?! ことごと業腹ごうはらである!」
「楯突く? 地位? 火竜の背に乗り二十有余ゆうよ年、そんな境を地にも天にも目にした覚えは一度となし。かたきとあらば敵わぬ人にも挑み、得とあらば人でも商談を持ちかける、小鬼にも劣る浅ましき俗物よ……」
「黙れぃっ! 化物国の皇子は言うこともまた魔性めいていかんよなぁ! 人語が通じぬまでに成り下がったとあらば、もはや問答の余地は皆無! 直ちに水と宝を差し出し頭を垂れるがいい。すれば我らが領主一族も寛大なる慈悲を以て、貴様らの浅ましき血筋も人とお認めになられるだろう!」
 皇子は呪術師に促して、拡声の魔法を解かせると、愚痴ぐちるように兵を鼓舞こぶした。
「話にならん愚物ぐぶつである。奴隷兵の一人として逃すな、奴らは豚と同じだ。八つ裂きにして、その骨を首飾りにしての地にて売りさばけ」
 慈悲のないその問答が最後だった。
「ゆくぞ、貴様ら。恐怖を植え付けろ! 地獄はここに有りとうたわせてやれ!」
「うおおおおお!」
 皇子の一声を引き金とするかのように全兵が進軍を始めた。といってもやはり主力はセティリス率いる第二近衛の竜騎士団である。無数の火竜の背に乗り、彼らは意気揚々いきようようと空を飛び出した。
 地平線の群れも応じるように得物えものを掲げて駆け出した。
 砂漠は瞬く間に男たちの雄叫びと断末魔で染まった。
 セティリスら竜騎士団は真っ先に敵の最前線と会敵かいてきし、遥か上空から竜による灼熱しゃくねつのブレスを地上へ向けて吹き付けていく。
 ことにセティリスの駆るウェドのほのおは別格だった。
 それは赤い炎熱の温度をはるか超え、光り輝く一本の白い閃光となって地を走り、通ったあとを焼き尽くした。
 地上の砂諸共、敵戦団の鳥馬、騎兵たちはその瞬間灰と化して、砂粒一つ残さず、この地上から姿を消し去っていく。
 それまでの人生が何だったのか……と思われるほど呆気なく目の前で灰燼かいじんと化していく同僚の死に様を見て、大半の敵兵がたちまち恐慌きょうこうおののいた。
「この……化物め!」
「魔王よりも魔王らしい!」
「お前たちみたいのが、なんで産まれてきたのだ!」
 しかし、それでも槍を掲げながら、あるいは腰砕け、逃げ惑いながら一様に口からはそんな恨み節が漏れていた。
 旋回するウェドの背で、それら断末魔をつぶさに聴き取って、セティリスは哀切を皮肉って笑う。
「自分たちは正義で、立ちはだかれば皆悪党か。所詮は"他者の創りし偶像しかでられぬ哀れで狭隘きょうあいな亡者"の戯言ざれごとよ……これならば貴様ら人より竜の方がよほど話が通るわ、なぁ? ウェドよ」
〈もはや知らぬ存ぜぬとは言うまい。己の目を閉じ、耳をふさぎ、そうした運命を定めたのは他ならない彼ら自身……救いがないのは自明である。蹴散らすぞ、セティリス〉
 かろうじてそれら前衛部隊の犠牲を伴って、弓兵がそれぞれ矢をつがえたり、バリスタを改造した大弓を備えて、大小混じった骨矢の驟雨しゅううを空に浴びせかけたが……試すまでもなく竜のうろこはそれより硬く、例え命中したとして人間大の矢ごときではまともに歯が立つことすらなかった。
 大矢は着弾前に燃やし尽くされるか、あるいは雄大な両翼を羽ばたかせ、泳ぐほど自在に大気中を舞う竜たちを前に、かすることもなく虚しく空を切った。
 火竜の加護を得たヘリオポリスの攻勢はまさに火を見るより明らか。
 圧倒的だった。
 戦闘が開始されて半刻と経たず、彼我ひがの絶望的な戦力差を見限るや、敵大将は鳥馬の手綱たづなをひいてきびすを返していた。近衛だけを自らの周囲に固めて、勇猛果敢ゆうもうかかんに突貫していった兵たちは皆、肉の盾として捨て置く采配さいはいである。
 そもそも前衛にあればあるほど、普段のその身分は奴隷どれいである。灼熱の大地に焼かれて農耕のうこうもままならないこの土地において、戦は常に余剰よじょうに増えた人畜、すなわち扶持ぶちを減らす名目も兼ねてあった。
 戦い、将の首をねるばかりが戦上手の要ではない。戦力差など承知の上、それら一帯の役割バランスを担うのが大将なのである。
「いけ! いけぇ! 貴様らは我への追随ついずいを許すな! あのトカゲどもを一匹でも多く引き付けて我の盾となるのだ!」
 それ故に戦場では攻勢を見切ることもそうだが、引き際を見定めるのも重要な才覚を伴う。
 つまり、彼はオアシスを治める領主らによって見初みそめられし名役者なのだ。勇猛なる将兵を演じてみせ、巧みに人畜を減らして、怨嗟えんさや哀切を演出しながらも、同時に敵対国の脅威を知らしめて軍部の地位を崩さず、時には憎まれ役を買ってでも、防衛費と称して民から税収をよりむさぼるための——道化を演じる役者。
 しかし、ときどきそんな王侯貴族どもの出来レースに気付いて、真っ向から打ち破らんとする若者もいる。すでに出来上がり、血生臭い演劇によってはいるものの、それらの事実は徹底して伏され、被害を受けない大衆から見れば安寧あんねいとなっている先人たちが築いたバランスを——そうして拮抗きっこうした欺瞞ぎまん戦時へいわを根から破壊しようと目論む狂犬が。
 セティリスはその一人だった。
 〈太陽の都 ヘリオポリス〉において、騎士の家庭に産まれたもの、騎士をこころざすものは皆、幼少の時分に火竜と対面させられる。そこで火竜に見初められし者のみが竜騎士となり、以後は四六時中生活を共にする。
 魔性契約等もそうだが、こうした約束事は等価交換が原則である。自国に雨を降らせる魔法があらば、他国から奪いし業を背負って発動させる。それが自然の理だ。
 彼らはそうして火竜の加護を得る代わりに、その養育を一族総出で担っているのだ。
 それが大陸の北東にそびえる〈ゲルニカ火山〉を支配する火竜一族との世代を超えて紡がれる盟約だった。
 事の起こりは百年以上も昔。
 奴隷の少女が一匹の子竜を拾ったことから始まった。





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