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第三章:『石の見る夢』
四
しおりを挟む間もなく身体検査と称して、近くの衛兵が腰の長剣に触れようとした矢先、インベルは警告する。
「……触れないほうがいいし、取り上げるなんて以ての外」
「……一応、聞いておこうか。なぜ?」
回答したのはセティリスだった。
それでインベルも頬を持ち上げ、愛想良く返した。
「"この子"は私以外に懐かない。私を見失ったら、何も保証はできなくなるわ」
「……ほう」
セティリスは衛兵に首で制止を指示すると、興味深げに再び尋ねた。
「なんなのだ、これは?」
「あら? すでにお気付きかと思っていたけど……最強の竜騎士団で名を馳せているのでしょう?」
兄皇子は尚更、楽しげに長剣を見つめて、
「ほう。竜より賜りし魔剣の類か……しかし、感じたこともない、不思議な魔力だ……強く引き寄せてくる一方で、強烈な拒絶の意思を感じる」
身体検査が済んで、すぐにインベルは柄に手を置いた。敵意はすでに失せているので、衛兵も動じない。この国の兵士たちは、初めに抱いた印象よりも、ずっと寛容で懐が深いようだ。そして、
「拒絶……そうよね。私も初めて会ったときはそう思った」
そう言って柄に触れるインベルの顔は慈愛に満ちて、その手つきは道具に触れるというより、息子の寝しなに額を撫でる母親の顔、そのものであった。
地下の洞窟然とした牢屋での軟禁は、しかし数時間で済んだ。
インベルが退屈しのぎにアルの傷を癒していると、衛兵を二人ほど連れて、小柄な男の子が降りてきて、すぐに錠前を開けてくれたのである。
ネフティスと呼ばれていた弟皇子のほうだ。
「窮屈な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。せっかくお越しくださったのに……」
「ううん、大丈夫。別に気にしてないから」
「ちょっと、俺、刺されてるんですけど……」
その三人に連れられ、地上へと上がる道すがら、アルは不満そうに言った。
「治ったからいいでしょ別に」
二人の少し前を先導して進みながら、ネフティスが言う。
「さぞかし名のある剣士の方とお見受けいたします。本来なら国賓としてお招きしたいところなのですが、何分敵対している国も多いのが事実でして、おいそれと警戒を解くわけにもいかず……兄も苦渋の判断だったのです。本当は……」
「分かってるわ。あのお兄さん、良い人ね」
「俺、侮辱されてんですけど……」
「適材適所。あなたの良さは傍目からはわからないものよ。自分で弱さを認めてるから、そうやって拗ねることになるのよ。この私が連れてんだから、堂々としてなさい」
「姉御……」
「ふふっ……」
そんなインベルとアルの様子にネフティスが笑っていた。初めて見る少年らしい顔だった。
「……ごめんなさい。あ! そういえば自己紹介がまだでしたね。僕はこのヘリオポリスの第二皇子、ネフティス・ネフェルティアマトと申します。兄は第一皇子、セティリスです」
「アルキメデスだ」
「インベルよ」
と、もう随分と前からそうだが、二人も改めて緊張をとくようにして名乗った。
「お二人……」
ネフティスはちらっとアルの方を見て、
「お二人は……」
「なんで一回俺の方みた?」
「ごめんなさい。やっぱり……どうなのかなって」
「あーわかる。一匹かで迷うよね普通」
「ゴブ虐楽しいっすか……」
ネフティスはまた小さく笑いながら、
「ともかく、不思議な間柄ですね……お二人は旅をされてるんでしょう? もう長いのですか?」
「そうねー……といっても連れ立ってまだ二年もたってないんじゃないかしら」
「何か目的があって?」
「うんにゃ。それはもう終わったから、今は徒然なるままにって感じで、世界を見て回ってるの」
「いいですね。僕たちはずっと、この宮殿と街の風景しか見たことがなくて……」
「まぁそう……皇子だもんねぇ」
「あ、違くて。そんなに卑屈になっているわけでもないんです。僕ら、こう見えてこの役職も、運命も、この国も大好きで……ご覧ください」
暗い通路の向こうに光が見えてきたとき、ネフティスがふと道を開け、腕を広げた。その先の景色に、インベルとアルは思わず歓声をあげていた。
見渡す限り、石造りの家々が地平の彼方まで。
どこまでも——どこまでも、果てなく続いていた。
先ほど一悶着あった大通りの端である。右手には長い階段が、麓の街へと続いている。
天気は雲ひとつない快晴。街並みからは活気のある街人の声が木霊して聞こえてくる。そして空には赤く艶めく鱗を輝かせた無数の火竜が飛び交っている。
階段の頂上にネフティスが姿を見せたからだろう。麓の人々が行き交いながら大いに手を振って、その名を呼ぶのが聞こえた。
荷車を引く者や頭に桶を乗せていく者たち。どれ一つとっても、陰気さのかけらもなく、心地の良いものだった。
「これが僕らの国、"太陽の都"ヘリオポリスです」
「わぁーっ……すっご、これ全部……」
「そう。僕らの誇り。そしてこれを守るという使命は、こんなに誇り高いことは他にありませんから」
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