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第三章:『石の見る夢』
一
しおりを挟む「跡地まではキングワームバスをご利用なさるのがよろしいかと」
そう言ったのは褐色のエルフだった。
例の富豪の付き人で、インベルたちの案内役。
主人とは違って、目深にフードをかぶり呪術師然とした姿格好をしているものの、それはこの地域柄といった服装で、麗しき金色の長髪と引き締まった顎がその裾から漏れている。
「キングワーム……バス?」
「左様。この砂漠の地をつなぐ交通の要です。まだご覧になられていないのであれば、きっと、見物ですよ」
ちなみにインベルは大戦の最中に食べたことがある。焼けど煮れども土の味だった。
さておき彼女には気になることがあった。
「それよりさ、聞きたいんだけど」
「はい。なんなりと」
「あなたは捜索に加わらなかったの?」
フードの下の目つきが先ほどの富豪と同様、ほどほどに鋭い眼光を放つのが手に取るようにわかった。
しかし、インベルはまるで気にせず続ける。
「その甲冑の亡霊とやらが如何ほどの腕前かはさておき、あなたからも相当な魔力を感じるんだけど……」
「……いやはや、恐れ入ります。お察しの通り、私は殊、神聖術に関してはそれなりの教養がございます。しかし、それでも、相手があの第一皇子の亡霊とあらば、太刀打ちできないでしょう。例えその時その場にいたとして、貴公のおめがねに叶うようなお役には立てますまい」
「ふーん。そうかしら」
「買いかぶりですよ。それよりもご覧ください」
エルフの付き人がローブの袖をあげて指したのは通りの面々であった。
砂漠に流れる大きな河川に沿って築かれた商人街は、老若男女問わず往来が激しく、元気に駆け回る子供たちとそれをのんびり追いかける親たちの姿もよく見られた。
「あ、神官様だ!」
「神官様、こんにちは!」
「はい。こんにちは。お仕事、ご苦労様です。神のご加護がありますように」
「神のご加護がありますように」
あの富豪の付き人ともあって、このエルフもこの地域では有名人なのだろう。通りのどこを巡っても、人々は気軽に声をかけていった。
エルフの付き人はそれら町民の敬虔な声掛けの、区切りのいいところを見計らうようにして、インベルに言った。
「なんとも小気味良い、長閑な風景ではありませんか。魔族との戦争は終わり、あの子たちはもう血生臭い歴史などとは無縁で、好きに声をあげ、好きに暮らしていけるのです。ただ後は、古の栄華にすがる亡者さえ静かな眠りについていて頂けたなら、ですがね」
「…………」
「不服ですか? 現今の世界最強と謳われるあなたには——」
「——はっきり言うけど、私ね、自分の目で見た真実しか信じないことにしてるの。裏を返せばそれ以外は何人たりとも信用しちゃいない。そして今のとこ、アンタらのことは解ってきたけど、その第一皇子やら王国のことは判っていない。もし隠し事があるなら今晩にも荷物をまとめて故郷に帰ってることね」
インベルがさながら見えない刃を抜き、その喉元に突きつけるかのようにそこまで一息で切り込むと、エルフの付き人はうすく笑った。
「それは怖い……しかし、インベル殿。私はこうも思います」
これが平和というもの。
例え如何に歪に見えようとも、
無碍に血を見ることもなく、安定して糧を得られるなら、
それに越したことはないのではありませんか。
インベルは戦士だった。力がある。戦える。
だから、弱い人たちのそんな生き方が"歪"。そのように見えるのかもしれない。
エルフの付き人は付け加えた。
「例えどれほど歪であろうとも、この光景を守ること。それが我々の誇り——」
一方で人々の意匠は統一されている。
日除けのローブに褐色の肌。手首に重ねられた腕輪やピアス等のアクセサリーの付け方も皆、揃えたかのように同じ格好、同じ配色。
他方、そこからすこし視線を逸らしてみると、服には見えないぼろ布をまとうだけのもの。路地裏で残飯を漁る者も見え、一見平和そうに見えながら、どこか好きになれないキナくささがインベルには如実に感じ取れて、
(けっ、それもこれも神の言いつけを守る限りではって枕詞がつくくせに……あー)
「——ですから、その為にも、亡霊退治の手際、何卒よろしくお願いいたします」
(——宗教かぁ。めんどくさいことに関わっちゃったかな……)
エルフの付き人が口元を緩めて話す傍ら、それら表面上の幸福を鵜呑みにはできないインベルなのだった。
そんなわけで、インベルとアルの二人は商人街の端からキングワームバスの背に乗り、砂漠の北端、切り立った山脈の麓に位置する王国跡地を目指した。
キングワームとは文字通り、体高8~12メートルほど、
体長は20から大きなものになると、50メートルほどにもなるバカでかいミミズの化け物である。
人と魔族の大戦中はこの地に潜む主としてならし、現地人を怯えさせたものだったが、戦争も終わり、文明開花が進んだ今ではこの地の巡業には欠かせない乗り物として愛されるようになった。
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