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第二章:『永久の庭』
エピローグ
しおりを挟む気がつけば春は過ぎて、新緑に覆われた森に虫や獣たちの騒々しい季節がやってくる。
庭の前には新しくポストができた。
時折、配達人のハルピュイアが森に影を落とすようになり、庭はその止まり木として今は機能しつつある。
「らーららー。なんてこと。エルフのくせに余興にハープも奏でられないなんて……わたくし、信じられませんわ。次来るときまでにしっかり練習なさっておいて。これでは本当に止まり木でしかありませんわ。退屈凌ぎにもなりませんわよ」
ミロスは王都から届いた文を読み、返事を認めながら、返した。
「確かに音楽もいい。しかし、それよりもだ。今、僕が考えていることは、甘いものを食せる休息所なのだ。あれは良いものだからな」
遠目にまたインベルとアルの姿も見えて、ミロスはゆるく腕を振って出迎えた。
「人間も魔族も関わりなく」
やがてそこが、はぐれエルフのガストリエとなったのはまた別の話である。
◇
更に百年の月日が過ぎて。
庭の奥には小さな石碑が建てられていた。
しかし毎朝、深い小豆色の美しい髪をなびかせたハーフエルフの娘がお参りをしにくる。父の在宅診療と店への出勤に付き添う前に。
「リメア、いくよ」
「はーい」
背後から父エルフの声がかかって娘は立ち上がると、石碑を一瞥したのち踵を返した。
家から出てきたばかりで佇む父の手をとって、共に森の小径を歩く。
「ねぇ、今日はどんなことがあるかなぁ」
「さて、それは行ってみるまで判らないな」
森の外が見えてくると、娘は先んじて飛び出して、出口の陽射しの中でくるりと身を翻した。
父エルフは懐かしい情景に胸が締め付けられる思いがして、立ち止まってしまった。
しかし、大丈夫。
今はもう……娘がいる。
そして次は、きっと僕の番になるのだから。
「お父さん……お父さん、大丈夫?」
「すまない。少し……少し思い出したのだ」
「お母さんたちのこと?」
「そう、お母さんたちのことだ」
リメアの無垢な顔を見ていると、ときどき居た堪れなくもなる。
アンナもリノアもウェスタも、シルメリアも、こんな気持ちだったのかもしれない。
(遺していかなければならないというのもまた斯様に酷なものだったのだ)
「あのね。お父さん……お父さん、私。私ね……」
丘を越え、診療のため先に村に向かう最中、俯きがちに娘が言った。
「なにかな?」
「私、好きな人、できた」
「……そうか」
「村の男の子。最初は意地悪してきて嫌いだったけど、最近はね、それがないと寂しいの」
「そうか……」
娘は不思議そうに言った。
「なんでお父さん、笑ってるの?」
父エルフは一度立ち止まり、その場に膝を曲げて娘に話した。
「リメア。前にしたお母さんの話は、しっかり覚えているかい?」
「もちろん。私の大好きなお話だもの」
「うん。ならもう——……」
——きっと大丈夫。私たちの優しい子たちが悲劇に囚われてしまうことは、きっとないわ。
陽射しは高く、ときおり樹液の甘い香りが風に乗って運ばれてきていた。
その風の中に彼女のそんな声を聞いた気がした。
エルフの娘は人間の男と恋に落ち、さらに子孫を増やして、やがてその森は世にも有数の人間とエルフが共栄する隠れ里となる。
両種族の永遠の親愛を願って付けられた、その名は——。
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