22 / 94
第二章:『永久の庭』
エピローグ
しおりを挟む気がつけば春は過ぎて、新緑に覆われた森に虫や獣たちの騒々しい季節がやってくる。
庭の前には新しくポストができた。
時折、配達人のハルピュイアが森に影を落とすようになり、庭はその止まり木として今は機能しつつある。
「らーららー。なんてこと。エルフのくせに余興にハープも奏でられないなんて……わたくし、信じられませんわ。次来るときまでにしっかり練習なさっておいて。これでは本当に止まり木でしかありませんわ。退屈凌ぎにもなりませんわよ」
ミロスは王都から届いた文を読み、返事を認めながら、返した。
「確かに音楽もいい。しかし、それよりもだ。今、僕が考えていることは、甘いものを食せる休息所なのだ。あれは良いものだからな」
遠目にまたインベルとアルの姿も見えて、ミロスはゆるく腕を振って出迎えた。
「人間も魔族も関わりなく」
やがてそこが、はぐれエルフのガストリエとなったのはまた別の話である。
◇
更に百年の月日が過ぎて。
庭の奥には小さな石碑が建てられていた。
しかし毎朝、深い小豆色の美しい髪をなびかせたハーフエルフの娘がお参りをしにくる。父の在宅診療と店への出勤に付き添う前に。
「リメア、いくよ」
「はーい」
背後から父エルフの声がかかって娘は立ち上がると、石碑を一瞥したのち踵を返した。
家から出てきたばかりで佇む父の手をとって、共に森の小径を歩く。
「ねぇ、今日はどんなことがあるかなぁ」
「さて、それは行ってみるまで判らないな」
森の外が見えてくると、娘は先んじて飛び出して、出口の陽射しの中でくるりと身を翻した。
父エルフは懐かしい情景に胸が締め付けられる思いがして、立ち止まってしまった。
しかし、大丈夫。
今はもう……娘がいる。
そして次は、きっと僕の番になるのだから。
「お父さん……お父さん、大丈夫?」
「すまない。少し……少し思い出したのだ」
「お母さんたちのこと?」
「そう、お母さんたちのことだ」
リメアの無垢な顔を見ていると、ときどき居た堪れなくもなる。
アンナもリノアもウェスタも、シルメリアも、こんな気持ちだったのかもしれない。
(遺していかなければならないというのもまた斯様に酷なものだったのだ)
「あのね。お父さん……お父さん、私。私ね……」
丘を越え、診療のため先に村に向かう最中、俯きがちに娘が言った。
「なにかな?」
「私、好きな人、できた」
「……そうか」
「村の男の子。最初は意地悪してきて嫌いだったけど、最近はね、それがないと寂しいの」
「そうか……」
娘は不思議そうに言った。
「なんでお父さん、笑ってるの?」
父エルフは一度立ち止まり、その場に膝を曲げて娘に話した。
「リメア。前にしたお母さんの話は、しっかり覚えているかい?」
「もちろん。私の大好きなお話だもの」
「うん。ならもう——……」
——きっと大丈夫。私たちの優しい子たちが悲劇に囚われてしまうことは、きっとないわ。
陽射しは高く、ときおり樹液の甘い香りが風に乗って運ばれてきていた。
その風の中に彼女のそんな声を聞いた気がした。
エルフの娘は人間の男と恋に落ち、さらに子孫を増やして、やがてその森は世にも有数の人間とエルフが共栄する隠れ里となる。
両種族の永遠の親愛を願って付けられた、その名は——。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる