21 / 94
第二章:『永久の庭』
十二
しおりを挟む王国にも春が来て、雪が溶けだし、微細な氷の粒が隠していた土や若葉がその結晶の隙間から顔を覗かす頃、シルメリアは王都への旅支度を整えて、ミロスの庭に寄る。
ミロスは毎度この庭から出ることはなく、成長した人間の娘の背をただ見送ることにしている。
「じゃあ、しばらくの別れですね。先生、今まで本当にお世話になりました」
「ああ。なに、心配はいらない。君は立派な私の教え子なのだ。誇りを持って挑みなさい」
「先生……」
シルメリアはそこで言葉を詰まらせた。助けを乞うように「先生……あの……」と繰り返して、そこから進まない。
長いうつろいの中で、そんなこともあった。ミロスは対処法を知っている。
ミロスは自分の毛皮然とした長いローブの裾ごと巻き込むようにして、シルメリアを抱くと、身体の内側に引き寄せた。
「シルメリア。君は私の誇りだ」
言葉とは裏腹に、それは拒絶の意味を持つ。そしてシルメリアは賢いからそのことも判るだろう。ミロスは何度となく、人間の娘の初恋となり、そうして諦めさせてきたのだから。
「それでも今はまだ解らないかもしれない。けれど、いずれ君が成長して、大人になるにつれ……」
「先生……」
しかしシルメリアは、ミロスの腕の中で小さく頭を振ると、
「想いを伝えられるのは言葉だけじゃないですよ」
つま先で雪を押し除け、キスをした。
若葉の積雪が落ちて、春先に相応しい爽やかな一陣の風が二人の間に流れた。
その中でシルメリアは、ミロスがこれまで見たこともないように凛々しく、大人びた表情をしていた。
「私は戻ってきます。家ではなく、この庭に。今度は生徒でもお母さんでもなく、あなたの妻になるために」
「シルメリア……」
「水臭いじゃないですか。先生がいつも寂しそうな顔をしているのなんかとっくに解ってました。母から聞いて、先生がどんな想いをしてきたのかも、考えてきました。——だって、私たち、何年一緒にいたと思ってるんですか」
「し、しかし、私……いや、僕は……」
シルメリアは再度ミロスを抱きしめた。
その高い背にしがみつく子供のように。
あるいは、背だけ伸びた子供をあやす母親のように。
「もう嘘はつかないでいいですから。先生はそうやってまた、永遠の中を逃げ続けるつもりですか」
「…………」
「私がいます。それにきっと……。だから、もうそんな寂しそうな顔しないでください」
シルメリアはミロスの中に深く根付いた氷を溶かすように、そう言って身体を寄せるのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

底辺召喚士の俺が召喚するのは何故かSSSランクばかりなんだが〜トンビが鷹を生みまくる物語〜
ああああ
ファンタジー
召喚士学校の卒業式を歴代最低点で迎えたウィルは、卒業記念召喚の際にSSSランクの魔王を召喚してしまう。
同級生との差を一気に広げたウィルは、様々なパーティーから誘われる事になった。
そこでウィルが悩みに悩んだ結果――
自分の召喚したモンスターだけでパーティーを作ることにしました。
この物語は、底辺召喚士がSSSランクの従僕と冒険したりスローライフを送ったりするものです。
【一話1000文字ほどで読めるようにしています】
召喚する話には、タイトルに☆が入っています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる