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第二章:『永久の庭』
九
しおりを挟む親切はそこまで。
そうして森を抜けたところですぐにも姿を暗ますつもりだったが、思いの外この娘、ミロスの手を固く握りしめていてそうもいかず、結局家の前まで付き合うことになった。
家から出てきた母親と思わしき女性もまた強引だった。
「ありがとう、本当にありがとう! あなたは娘の命の恩人ね! どうぞ、おあがりくださいな。ぜひご馳走を食べていって」
そう言いながらすでに家の中に招いている。ミロスは初めて見る人間の勢いにたじろぎながら言った。
「いや……いやしかし、申し訳ないが、僕はエルフだ。肉は食えんし、特に恩など着せるつもりは……」
「あら。それなら甘いものならどうかしら。ハニートースト。キッシュにチョコレート、それから……」
「チョコレートとはなんだ?」
ミロスはそこで初めてチョコレートとココアとコーヒーの味を知る。次々に出される珍味に舌鼓を打ちながら。
「これはなんだ。豆だと? なぜ豆から斯様に芳醇な、えもいわれぬ良い香りがするのだ。なぜ、こんなに甘くなったり、苦くなったりするのだ……」
「もっとあるわよ。たんとお食べなさい。ふふ、遠縁から送り届けてもらっておいてよかったわね」
「ええい、なんと面妖な……魔族魔族といって、貴様らの方がよほど魔性ではないか」
「お母さん。褒めてるのよ。これでも」
「判っていますとも……あ、ほら、こっち向いて。口の周りすごいことになってる」
ミロスはそう言った母君のほうを向くと、手拭いで口を拭かれた。
「はい、綺麗になりました」
そう言ってミロスに笑いかける。
ひどく懐かしい思いがした。
なぜかしら、涙が出そうになって。
いつぞや母様にしてもらったような気がするが、その時すでにもう記憶の片隅にしかない。
これが"寂しい"なのかもしれない。
二人は、森の外すぐの丘の上に住んでいる。
アンナという母親と、娘のリノアという名前だった。
ミロスはふいに押し寄せた感情を隠すように強くかぶりを振ると、
「時に人間の婦人よ。貴様、ひょっとすると胸の調子が悪いのではないか」
「え……あ、どうして?」
アンナには心当たりがあるようだった。
ミロスは杖を持ち出し、得意げに言った。
「人間の魔性の法を覗かせてもらった礼だ。僕もエルフの秘技を分け与えよう。だから……ときどき人間の甘いものを教えてほしい」
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