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第二章:『永久の庭』
七
しおりを挟むその夜、ミロスは再び夢を見ていた。
人間の娘が彼に好意を告げる。何度となく。
しかし、ミロスは……。
「——先生!」
ミロスの寝室にシルメリアが飛び込んできていた。涙を浮かべている。只事ではない。
「どうした?」
「お母さんが!」
シルメリアの母は子供の頃から難病を患っていた。およそ人間の医学では太刀打ちできずに死んでいくものだが、エルフの治療薬と魔力を分け与えれば病気の進行を食い止めることができる。
近年稀に見る寒波で、身体に無理が祟ったのだろう。
シルメリアの母ウェスタは、彼女が帰宅してからしばらくして倒れ、シルメリアは急ぎ毛布を一枚羽織って、ミロスを呼びに夜の森を駆けてきたのだった。
「だが、私にかかればなんてことはない。子供の頃から、何度となく看病してきているんだよ。慌てる必要がないことをこの子に知らせなかったのかね。ウェスタ」
ミロスはベッド脇の木椅子に掛けながら、そこで寝ている中年の女性に声をかけた。
同じ艶やかな小豆色の髪に、藤の色のきらきらした瞳……。もしシルメリアの時間を早められたら、そのままこんな面差しになる。そんな未来の像を見ているかのように、母娘はよく似ている。
「私は言いました。けれど、この子ったら……」
「だって、急にふらっとお母さんが倒れたら、誰だって……」
「そうだが、夜の独り歩きは危険だ。突然野盗が現れないとも限らない。君の身になにかあってからでは遅いのだぞ」
「ごめんなさい……」
「解ればいい。すまないが、私は今晩は付きっきりだ。シルメリアはもう寝なさい」
「はぁい……」
シルメリアは不服そうに言いながら、母の部屋を出ていこうとして、間際、いつかのように一度踵を返した。
「先生。ありがとう」
「なに、いつものことだ。おやすみ」
「おやすみなさい」
ミロスはシルメリアを見送って、母ウェスタに向き直る。
「今晩、旦那さんはどうしているんだ?」
「村の宿直ですよ。今はどこも男手が足りなくて、うちの旦那のようなのでも盾くらいにはって駆り出されて……」
「もう五、六年前の大戦がまだ尾を引いているのか」
「というのを口実に呑みに行ってるんです。駐屯兵というのはいつだってそういうものですよ。大戦の世が終わり、今が平和である何よりの証拠です」
「なるほど」
ミロスはウェスタに絶えず魔力を流し込みながら、ふとシルメリアの去った跡を辿るように見る。
すぐさまウェスタが言った。
「よく似てきたでしょう」
そんな目ざとさまで言う通りだと思って、ミロスは苦笑した。
「君にか? それとも君の——」
「——歴代の、私たち全部に」
心象の奥深い部分でシャッターが降りる。そんな風に、一線を恐れて退くように彼は無表情になって言った。
「……あの子は君よりもずっとお転婆だ。君は……だいぶお淑やかで手がかからなかったな。そのように見た目は瓜二つでも、まるで違ってくるから面白い」
「私、ずっとお尋ねしたかったのですけれど」
「なにかね」
「離れようと、思ったことはなかったんですか?」
ウェスタの問いかけはしかし、そのシャッターを貫いてあまりある鋭さを放っていた。ミロスは返答を失う。
これが母となった女性の為せる業か。ミロスの動揺を手に取るように理解しながら、なお落ち着いて聴かせるウェスタだった。
「どんな恩義があれ、忘れても、離れても、よかったのですよ。いつだって」
「……少し前、古い知人に似たようなことを言われた。性質は正反対だったが……」
「先生はなんてお答えになられたんです?」
「さて。忘れてしまったな」
「…………」
窓の外の雪を眺めてうそぶくミロスの横顔は、まるで強がり、駄々をこねる幼子の稚気のように見えた。
ウェスタの追随も今夜はここまで。
積もる雪のために沈んで潰えた。
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