16 / 94
第二章:『永久の庭』
七
しおりを挟むその夜、ミロスは再び夢を見ていた。
人間の娘が彼に好意を告げる。何度となく。
しかし、ミロスは……。
「——先生!」
ミロスの寝室にシルメリアが飛び込んできていた。涙を浮かべている。只事ではない。
「どうした?」
「お母さんが!」
シルメリアの母は子供の頃から難病を患っていた。およそ人間の医学では太刀打ちできずに死んでいくものだが、エルフの治療薬と魔力を分け与えれば病気の進行を食い止めることができる。
近年稀に見る寒波で、身体に無理が祟ったのだろう。
シルメリアの母ウェスタは、彼女が帰宅してからしばらくして倒れ、シルメリアは急ぎ毛布を一枚羽織って、ミロスを呼びに夜の森を駆けてきたのだった。
「だが、私にかかればなんてことはない。子供の頃から、何度となく看病してきているんだよ。慌てる必要がないことをこの子に知らせなかったのかね。ウェスタ」
ミロスはベッド脇の木椅子に掛けながら、そこで寝ている中年の女性に声をかけた。
同じ艶やかな小豆色の髪に、藤の色のきらきらした瞳……。もしシルメリアの時間を早められたら、そのままこんな面差しになる。そんな未来の像を見ているかのように、母娘はよく似ている。
「私は言いました。けれど、この子ったら……」
「だって、急にふらっとお母さんが倒れたら、誰だって……」
「そうだが、夜の独り歩きは危険だ。突然野盗が現れないとも限らない。君の身になにかあってからでは遅いのだぞ」
「ごめんなさい……」
「解ればいい。すまないが、私は今晩は付きっきりだ。シルメリアはもう寝なさい」
「はぁい……」
シルメリアは不服そうに言いながら、母の部屋を出ていこうとして、間際、いつかのように一度踵を返した。
「先生。ありがとう」
「なに、いつものことだ。おやすみ」
「おやすみなさい」
ミロスはシルメリアを見送って、母ウェスタに向き直る。
「今晩、旦那さんはどうしているんだ?」
「村の宿直ですよ。今はどこも男手が足りなくて、うちの旦那のようなのでも盾くらいにはって駆り出されて……」
「もう五、六年前の大戦がまだ尾を引いているのか」
「というのを口実に呑みに行ってるんです。駐屯兵というのはいつだってそういうものですよ。大戦の世が終わり、今が平和である何よりの証拠です」
「なるほど」
ミロスはウェスタに絶えず魔力を流し込みながら、ふとシルメリアの去った跡を辿るように見る。
すぐさまウェスタが言った。
「よく似てきたでしょう」
そんな目ざとさまで言う通りだと思って、ミロスは苦笑した。
「君にか? それとも君の——」
「——歴代の、私たち全部に」
心象の奥深い部分でシャッターが降りる。そんな風に、一線を恐れて退くように彼は無表情になって言った。
「……あの子は君よりもずっとお転婆だ。君は……だいぶお淑やかで手がかからなかったな。そのように見た目は瓜二つでも、まるで違ってくるから面白い」
「私、ずっとお尋ねしたかったのですけれど」
「なにかね」
「離れようと、思ったことはなかったんですか?」
ウェスタの問いかけはしかし、そのシャッターを貫いてあまりある鋭さを放っていた。ミロスは返答を失う。
これが母となった女性の為せる業か。ミロスの動揺を手に取るように理解しながら、なお落ち着いて聴かせるウェスタだった。
「どんな恩義があれ、忘れても、離れても、よかったのですよ。いつだって」
「……少し前、古い知人に似たようなことを言われた。性質は正反対だったが……」
「先生はなんてお答えになられたんです?」
「さて。忘れてしまったな」
「…………」
窓の外の雪を眺めてうそぶくミロスの横顔は、まるで強がり、駄々をこねる幼子の稚気のように見えた。
ウェスタの追随も今夜はここまで。
積もる雪のために沈んで潰えた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる