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第二章:『永久の庭』
四
しおりを挟むそのうち、日が暮れてきた。
ミロスはシルメリアに声をかけ、帰宅を促すと、
「じゃあ、お二人とも。また明日です」
「うん。シルメリアちゃんは明日も来るの?」
「はい。もうずっとお世話になっていますから」
「そっか。私たちしばらく滞在するつもりだから。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします。……あの、インベルさん」
「なに?」
インベルは大人の雰囲気で声をかけたが、シルメリアはまだ気後れしているようだ。
「……いえ。あの、ごめんなさい。また明日」
節目がちにそれだけ言って、先に出たミロスの後に続いた。
彼女の家は森を出てすぐの丘の上にある一軒家だ。短い帰路ではあるが、何が起こるとも限らないし、また灯りのない夜道はおそろしいほどに暗黒そのものだ。
家まで付き添うのが二人の日課だった。
「あの……先生?」
「なにかな」
「候補生って、あの人……」
「盗み聞きとは、感心しないね。シルメリア」
「ご、ごめんなさい……あの、漏れ聞こえてきて」
瑣末なことだ、とミロスは思う。けれど、そんな些事に一喜一憂する人間に微笑ましくならないわけでもない。
それが人であるということもこの百年余りで学んだことの一つだった。
「十年ほど前に、私が魔導教員として王宮に派遣されたことがあったのだ。彼女はその時の教え子なのだよ」
当時インベルはすでに今のシルメリアよりも歳がいっていたが、どちらも少女で間違いはないだろう。懐かしみつつ、ミロスはシルメリアを安心させるように言葉を選んだ。
「インベルは飛び抜けて優秀だったが、しかし一生徒に過ぎない。……君が心配するようなことは何もない」
シルメリアは頬を赤らめながらも甘えるようにして、
「本当ですね?」
「本当だ。私が君に嘘をついたことがあったかい?」
ミロスがこう言うと、ほっとしたように息をつく。
「なら、よかった……あ、その」
森の外まで来て、丘の家灯りが見えると、シルメリアはここでいいと言うようにくるりと身を翻した。
「じゃあ、先生。また明日」
先ほどよりも明るくなった声がまた微笑ましいとミロスは自然に思う。
「ああ。また明日」
「おやすみなさい、ミロス先生」
「おやすみ、シルメリア」
少女を見送ると、ミロスは再び二人の寛ぐ大樹の家に戻り、食事の支度に取り掛かった。
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