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第二章:『永久の庭』
三
しおりを挟む大木の内部ということもあって、中は存外こじんまりとしているものの、本来は青年の一人住まいであって不便なことはなかった。
入ってすぐにリビングがあり、人間の娘が出入りするようになってからは調理兼用の小さな暖炉も取り付けられ、煙突が幹を貫いて樹冠の先から鬼のツノのようにちょこんととびだしている。
奥には助手用の小室があって、色とりどりの液体が詰まった様々な容器が並び、それ自体が息をするように、ぽん、ぽん、とときどき煙を吐き出していた。
「んー甘くていい匂いー」
それとは別に木の幹にしみついた匂いもある。シロップの匂いだ。甕に貯蔵してある。
「樹液を煮詰めたものです。先生はこれが大好物なんです」
「甘党なの、変わってないのね」
階段を上がって、二階に寝室、三階が青年の研究室。さらに上がると、屋根代わりの樹冠の分け目に出られる。そこから小動物たちと星を観測するのも良い暇つぶしになる。
シルメリアは石造りのかまどに水を張った陶器をくべて湯を沸かすと、砕いた豆を溶かした異国の飲み物を客人に用意して、自分は手早く小室に退いていった。
青年は中央のテーブルについて、二人に面した。
「さて断っておくと、フードを取って平気だよ。私はエルフ。魔族だろうと気にしない」
「それは助かりますぜ、旦那」
そう言うと小鬼はフードを剥いで、素顔を晒した。
鉱石のように赤い短髪に金色の眼差し、耳は青年と同じく尖って、肌は対照的に浅黒く、口には鋭い八重歯が見える。
小鬼……つまりゴブリンだ。
「ミロス・ナルキッソスだ。インベルとは彼女が候補生の時代に教鞭を振るった」
「アルキメデス・サルバトーレだ。気軽にアルでいい。インベルの姉御とは……あー、色々あってな」
「それで? その二人が私に何の相談かな」
「別に相談なんかないわよ」
「はい?」
インベルはマグカップを手にすると、興味深げに言った。
「コーヒーか。また珍妙なものを……世界広しといえども、帝国くらいよ。これを見たのは。こんな辺境に仕入れ先があるとは思えないけど?」
「本来君の知るところではない……が、奇縁のよしみだ。魔族には魔族の流通経路、ハルピュイアやセイレーンの配達便があるのだ。奴らは行く先々で道草を食う……そのため、やたらと時間はかかるがな。ありがたく頂くがいい」
「うん……いー匂い……」
「そんなことはどうでもいい。インベル、この小鬼のことで相談なりあるのではなかったのか」
「ないよ?」
インベルは切り捨てるように言って、続けた。
「そもそも私がゴブリンごときに悩まされるわけないでしょ」
「それは……確かにその通りだが」
「先生が言ったんじゃん。いつか酒でも酌み交わそうって。たまたま近くに来て、そういえばこの辺だっけ? って思い出したから寄っただけ」
ミロスは唖然とする。……しかしインベルとは、こんな性格だったことを思い出してきた。
「まさか、社交辞令を本気にする奴がいるとは……」
「でも結構良いところじゃん。なんかー手作り感が落ち着くっていうか、あったかい雰囲気なのがいいよねー。私も将来は……家具とか自分で作ってさ。アル、アンタ、できるよね? 手先は器用なんだし」
「できない」
「なら覚えなさい、私のために」
「どっちが魔王だかわかりゃしねえや。自分で作るんじゃないんすか」
小鬼連れの女剣士。またえらく奇妙な組み合わせだが、インベルの成り立ちを思い、そして目の前の自然なやりとりを見れば、ミロスはどこか安心感さえ覚えるのだった。
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