魔王と! 私と! ※!

白雛

文字の大きさ
上 下
5 / 94
第一章:『歌う丘』

しおりを挟む




「目も見えない、耳も聞こえない相手に、どうしたら私の美貌と歌声が伝わるの?」
 ハルピュイアの娘はこんな風に考え、途方とほうれて、渓谷の巣に戻るとさっそく長老にたずねてみた。
「わたくしには何も分かりませんの。もう、いったい、どうしたら……」
「おほほほ、珍しいこともあるもんだね。娘よ。なぜかね?」
「なぜ、とは?」
「どうしてそこまで気にむことがある。人間は星の数ほどいれば、中にはたまにはそんなのもいる。それだけのことではないかしら?」
「そうよ。そうだわ……なのに、なんでわたくしは……」
「娘、お前の才能はたしかに我が一族史上しじょうるいをみないものかもしれぬな……その異性のみならず同性までもまどわす美貌に妖艶ようえんでいてはかな可憐かれんな美声。万人ばんにんに判りやすい才をそなえておる。が、しかし、少年にとってはどうだ? 目も見えぬ耳も聞けぬ少年の前で、お前の価値かちは?」
「……耳がいたいですわ。仰る通り、わたくしの美しさもこの声も、彼の前では何の意味もなさない」
左様さよう。つまりだ。その者が生まれつき持つ美しさ、なんていうものは、判らぬものには判らぬ。その者が例え世界で一番だと業突ごうつりにのたまおうとも、その者をコケにするかのようにさっぱり判らぬものが必ずどこかにはいる。才能、とは所詮しょせんその程度のものにすぎぬのだ。それだけでは、肝心かんじんなものに必ず届きぬ」
 自分の才ではあの少年には届かない。
 くやしさのあまりにハルピュイアの娘は手をにぎりしめ、目尻に涙を浮かべて言い返しました。
「でも! わたくしは観てほしいの、あの彼だけには! 初めてそう思ったの! 聴いてほしいのよ、わたくしの歌を。そして、わたくしの美しさを判ってもらいたいっ! 彼だけには否定されたくない……楽しくないの。他の誰にどれだけ見初みそめられようとも、彼にめてもらえなければそんな才能なんて何の意味もないじゃないっ! なんでこの気持ちが判らないの、お婆様のバカーっ!」
 そのように、ひとしきりわめいて、娘は洞穴どうけつにこもるとわらを抱き寄せるように寝床ねどこに転がり込んでさめざめと泣き続け、悶えるのだった。
 心配したハルピュイアの仲間が入り口から覗き込んでいって、
「あら、お姉様。お疲れ?」
 そう声をかけても、娘は入口を振り返るともなくやる気のない返答をあげるのみ。
「ほっといてちょうだい、もう何もかも見たくも聞きたくもありませんわ……わたくしの命運めいうんきました。ここでこの藁と共にくさって死ぬの」
「お姉様、最近変ですわ」
「なにか悪いものでも食べたのではありませんこと?」
「……どうしちゃったの? 前はあんなにお酒も好きでいらっしゃったのに」
 妹たちはついに顔を見合わせて肩をすくめたが、その後ろから長老が言った。
「愛じゃよ、愛」
 妹たちはきょとんとすると、さも得意げに返した。
「? ……愛なんて私たち、いつも頂いておりますわ。聞いて! お婆様。今日はなんと六人も! 皆、年端としはかぬ若き人間のおすども。これから先、子孫には絶対に困りませんわ!」
「私なんて十人から頂きましたわ! 愛されすぎて困ってしまう」
ぬしらには無縁むえんかもしれぬし、そのうちふとこの娘のように気付く時があるやもしれぬ」
 それから長老は最後に、洞穴を覗き込み、
「それだけでは、と言ったよ、私ゃ」
「…………」
「あとは自分でじーっくりと考えてみるんだね。それじゃあ、おやすみ」
 そう言って娘の元を去るのでした。





しおりを挟む

処理中です...