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第百四回『ボーダーオブアブノーマル』
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「バートリー」
ベラがそう呼んだペルソナは貴婦人の姿をしながら、火焔をまとい、あっという間にシャドウを追い払った。
しかし、頭に刺さっていたアンテナが、自分を乗っ取っていたなんて——。
(世の中……何があるかわかったもんじゃないわね……)
じりじりと、恐るべき事実に困惑するベラをよそに、モノクマが言った。
「ぼさっとすんな、次がくるぞ!」
「わ、わかったって!」
アンテナが抜かれたことで、彼らの中で異常事態を知らせるアラームでも鳴り響いているのかもしれない。
気がつけばベラの自宅は、シャドウに取り囲まれ、前衛的に歪んだ空間のダンジョンと化していた。
「モノクマたちは?」
「クマたちは元々ペルソナを持ってるクマ! キントキドウジ!」
「キュルケゴール!」
それぞれに特徴のあるペルソナを呼び出し、周囲のシャドウを撃退しながら、玄関へと向かう。
その向こうで、ジョージが手を伸ばしていた。
「ジョージ?!」
「よかった。二人のおかげで正気が取り戻せたんだね! 実はオレは……連邦捜査局の人間だ。下半身についてるボスの命令で君を見張ってた! それから、マイケルの奴も……」
「なんですって?! とんとん拍子に話が進んでいく洋画にありがちじゃないの!」
「しかし、違う! 信じてくれ! オレはゲイじゃない! マイケルとは……奴は、真面目すぎたんだ。深入りしすぎて、逆に頭ギュルルルされちまった……」
「ああ、もう——ますます訳がわからないわっ!」
混乱して激しい身振りでその様子を伝えるベラに、ジョージは叱咤激励するように声を張り上げた。
「ちょっと、落ち着けって! 慌てたってしょうがないだろう」
「オメェのせいだよ! だいたい!」
ジョージはチェーンソーで裂いたドアの隙間を両手でこじ開け、そこから手を伸ばした。
その始終を眺めてベラは肩をすくめた。
「もう普通に開けたら? つっかえも……(後ろを省みて首を振る呆れたようなジェスチャー)クマが壊しちゃったし」
「とにかく今は急げ! この家……なにか、おかしい!」
そういえばこのジョージ、なんかどっかで見たことあると思ったら、マーク・ウォールバーグに似てるなと思った。
テッドの主演俳優さんだ——とここまで想像して、ベラは強く目を閉じた。
嫌な予感がした。
そのとたん上階からけたたましい物音がして、茶色い毛玉が転がり落ちてきた。
「あぁ、やっぱり……もう信じられない。嘘でしょ?」
ベラが頭を抱えていると、その毛玉は何事もなかったように起き上がり、短い手脚でとてとて駆け寄ってくる。
見た目は可愛らしいテディベアだが、中身は中年のオッサンであることを世界中の誰もが知っている、あのマスコットだった。
太い眉にとぼけた面構えでテッドは言った。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい、ジョンジ! 家中、なんか変な黒いヤツがいるぞ、ジョンジ!」
「ジョージな」
「まるでビッチに咥えられた翌日の息子にできてたイボみたいに湧いてくる! トイレで見つけて絶望に頭抱える奴!」
「もう病院にいって。イボじゃない何かよ、それ」
「ロォーリ!」
「それはウォーキング・"デッド"。ジョンの奥さんはロリー。ちょっと! もうこれ以上のごたごたはやめて。リックやダリルならまだしも、ウォーカーまで現れたらどうするの?!」
テッドは気にする素振りもなく、短い手を器用に振り回しながら全身で表現するように続けた。
「これ、あれだ! ハヤオ・ミヤザキの映画で見た、あの毛むくじゃらの獣と五歳くらいのペドが戯れるあれの……」
「……絶対トトロなんだけど、トトロと言ってはいけない圧力を感じる……」
「の、歌があったろ! まっくろくろすけ出ておいで~♬ 出ないと目玉をファッ◯ュー! ダーカー!お前は所詮家の下痢野郎! ハエトリグモみたいなもん! ブッ!」
「……史上最悪のコラボやりやがった」
「原作よりマシだろ」
「テッドってそんなひでぇ映画なの?」
そうこうしているうちに家が激しく揺れ始めた。
まるで生きているかのようだ……。
「ベラ! 早く!」
新たな来訪者の参戦で落ち着いてしまったベラだったが、見ればモノクマたち含めて、他の面々は一足先に家の外に脱出している。
そこから、それぞれの短い手を大きく振り仰いで、こっちへ! とベラを呼び続けているのだった。
ベラは脚元のテッド、目の前の玄関……と交互に逡巡して、テッドを抱き抱えると、廊下を駆け抜けた。
現れてしまった以上、彼も友達。
崩れる家の中に、放っておくわけにはいかない。
テッドを抱き上げた瞬間『アイラァビュー!』と、可愛らしい内蔵音声が響いた……。
「早く早く早く早く!」
『アイラァビュー!』
「わかってるっちゅーの!」
そうしてベラがドアを蹴破り、外に躍り出たとたん、玄関が崩落した。
『アイラァビュー!』
テッドが腹を押さえて、口惜しそうに呟いた。
「ごめん。これ、自分じゃ止められないんだ……」
「わかってるっちゅーの!」
がらがらどっしゃーんんん……。
ベラは気付けば顔中泥だらけにしながら、改めて頭を抱えたくなった。
何がどうなっているのやら。
(クマにモノクマに、シャドウにペルソナに、あまつさえテッドまで現れた! クマとつくなら何でも現れる! もう……なんなの……ほんと、信じられない!)
しかし、これで終わりなわけがなかった。
混沌はここからだ。
「ベラ。あれを見て!」
誰ともなしに言い、家の屋根を指差した。
ベラはその指があるかもわからない丸い手の先を目線で追って、全身の力が抜けるのを感じた。
絶望だ。
わけがわからない。
もう終わりであってほしかった。
終わりにしたかった……。
まだ二十歳過ぎの女性にはいい加減に堪えたのだ。
緊張による強張りというより、そうした脱力感がベラの全身を襲った。
助けて。もうやめて。と言えば終わってくれる世界に心底戻りたかった。
ベラは再三……いや、もう何度口にしたかもわからないその言葉をまた口にしていた。
「どうなってるの……ほんと、信じられない……」
屋根裏に通じる窓に、大きな目のようなものが浮かんでいる——いや違う。
窓が目なのだ。
ベラの自宅そのものが、まるで一個の顔のように、へこんだり、反対にずんぐりと膨れたり、そうしてこちらを見ていた。
ベラは頼りなく肩をすくめた。
「これも、シャドウとやらの仕業ってわけ?」
「シャドウは集まると、強力な個体になることがあるクマ」
「うぷぷぷぷ。このボクを逆に絶望させようとは……生意気だね、こいつ。きついオシオキが必要かな」
「おいおいおいおい、家が動いてる! ジョンジ! iPhone! iPhoneで撮れよ! これバズるぞ! オレたち、一夜にしてインフルエンサーになれる! オオタニと肩組んでツーショット撮れるぞ!」
「クマが動いてる、どころかクマとモノクマの時点で、そっちのがよっぽどバズるわよ!」
家と同化したシャドウは、庭の木々を手脚のように使い、一同に襲いかかってきた。
ジョージが叫んだ。
「来るぞ!」
◇
一同の覚醒したペルソナで、どうにか家のシャドウを撃退すると、今度こそベラはその場にへたり込んだ。
「……無理……もう無理ぃぃーーーーーっ! なんだっていうのよっ! いったいぜんたいっ!」
「お、おい、落ち着けよ、ベラ」
ジョージが取り持つように言うや、ベラはその間抜けな鼻先に指を刺す勢いで向け、食ってかかった。
「だいたい全部アンタが来てからよ! 何をしたのよ! どうなってるの! この変態っ!」
「オレも詳しいことは知らない! 本当だ! なんか知らないけど寝て、起きたら世界中……」
「ふざけないでっ! あぁっ……パパにお小遣い三万年分前借りして、借りてもらった家だったのに……私、パパに殺されるわ。いや、その前に私があんたを殺してやるぅ……!」
「……世界中が、こんな風になってたんだ。オレはただ君と……」
ジョージも、どうにかして一発しけ込みたいと思っていた彼女に、身に覚えのないことで責められて苛立っていた。
「ちくしょう……」
ジョージが罰の悪そうに言ったその時、庭先の暗がりから人が出てきた。
ベラは反射的にレミントンを構えていた。
「誰?! 申し訳ないけど、私たち今、それどころじゃないの! 他を当たって……」
「べ、ベラ……ジョージ……」
「お前は——」
それは——誰あろう、マイケルだった。
「マイケルっ!」
どちらともなく言って、近寄ろうとした矢先。
二人はその異変に気付いて止まり……むしろ、じり、じりと、距離を取った。
「マイケル……あぁ、お願い神様……そこで止まって」
その頭には例のアンテナが見えた。
しかしベラの時とは違い、様子がおかしい。
アンテナの刺さった頭は拒絶反応を示すように赤黒く腫れあがり、その覚束ない態度、歩き方からして、まるでゾンビさながらだった。
マイケルはしかし、震える声で言った。
「あ、あぁ……いや、気にするな。そ、それでいい……もう、ぼ、僕にも制御ががが、利かないんだ……」
「うそでしょ……?」
ベラはため息混じりにそう言うとレミントンを落として、両手で口元を覆った。
ショットガンが地面に跳ねるものの、芝生の上であり、音はあまり聞こえなかった。
「君たち……が無事……ならば、それでいいいい……」
「マイケル……お前……」
「あぁぁ……時間が、じ、かんがない……意識が……」
「マイコウッ!」
「いいか。ジョージ、ベラ。よくき、聞け。今、せ、世界中で起きてるこの異変は……に、日本の東京で起きた事変に由来している。それを利用して……利用して、D.C.に本社を置く、とある秘密結社が始めてしまったことなんだ」
「なんですって?」
「そ、そそ、その名も『(株)レーリ・コーポレーション』……通称レリコポ。僕は……連邦捜査局。つまりFBIの人間だ。ぼ、ボスの命令で、その企業のスパイをしていた……が、返り討ちにあ、あ……あって、このザマさ」
「なんだって……」
ジョージは動揺した。
それはオレが先ほど使った嘘だ。
二人も身近にFBIがいるなんて、さすがにどう考えたっておかしい。オレの嘘がベラにバレてしまうじゃないか。
ジョージはベラの横顔を覗き見た。
ベラが勘付く前に、コイツを黙らせないと……。そう思い、ジョージはこっそり、レミントンを拾い上げた。
「…………」
「僕のIDを持って、この住所に行け。この現象に対抗する特殊部隊のアジトになっているし、ジョン・ウィックも滞在している」
「コンチネンタルホテルって名前じゃない? そこ」
「ただし、政府の人間でもこのことを知っているのはごく少数の者に限られる。信用しすぎるな」
「わかったわ」
「あぁ。あとはオレたちに任せてお前は早く休め」
と、ジョージが引き取るように言うと、マイケルの目に力が戻ってきた。
「……って思ってたけど、喋ってたらなんだか気分が良くなってきた。これ、もしかしたら、まだいけ——」
「マイコウッ! いいから、お前はもう早く休めっ!」
「いや、なんか行けそうな気がしてきたって! 頭のアンテナ取れば、復活——」
「…………」
ジョージは試しにアンテナを抜き差ししてみた。昔のカートリッジ制のゲーム機みたいにバグらせられるかもしれないと思ったのだった。
「あっ——うっ——ちょ——へけっ」
「ちょ、ちょっとジョージ……ジョージ、真面目にやって! マイケルなのよ!」
「何言ってんだ。ベラも、ちょっと笑ってるじゃないか」
「……もう。ちょっと信じられない。お遊びじゃないのよ」
「あと少し。あと少しだけだから……」
ジョージは調子に乗って、さらにピストンを早めた。
ぽきっ。
そのうち、手の中でそんな小気味良い音が響いた。
ジョージは愕然として、手元を見ると、
「そんな……バカな——」
「……(苦笑)」
ベラは顔をあさっての方向に逸らして、笑いを堪えた。
マイケルの頭頂部で、突き刺さったままアンテナの柄が根元の部分から折れてしまっている——これでは中に残ったICチップを取り出せない。
ジョージが折れたアンテナを手に肩をすくめてみせると、マイケルはまったく無感情の人形のように繰り返した。
「女性は天使。ママは女神様。アイドル、声優以外の男は下僕未満のゴミくそ。おっさんはゴミくそ未満でゴールデン・レトリーバーが公園に出した奴よりも、ミジンコよりもクマムシよりも下の、下卑た何かです。キモいんだから仕方がない。臭いんだから仕方がない。キモくならないように、臭くならないようにすればいいじゃん。犯罪者予備軍は何かする前に捕らえて、閉じ込めておくべきでしょう! イエス、マジェスティック・ママン!」
「……ち、違うんだ。オレはただ、昔のゲーム機みたいにふーふーして抜き差しすれば、正常に読み込むかと思って……」
「絶対遊んでただけだろ」
もはや機械的に差別的な放送禁止用語を連発するだけの人形となった彼の身体を抱き上げて、ジョージは叫んだ。
「マイコォォォオオーーーッ!」
当初は殺るつもりでレミントンの引き金を絞っていたものの、弾が入っておらず、なんか方法はないかと試しているうちに、こうなったのだった。
仕方がなかった。マイケルはもう手遅れだった……ジョージは、そう、思い込むことにした……。
「デブス女にこそ栄光あれ! 人権は私たちのもの! 私女だけど発言は絶対で然るべきだと思うの! 今までの社会がおかしかったんだ! グレタは女神!」
マイケルは安らかに眠ることもなく、目をかっぴらいて続けていた。
◇
気がつけば、夜が明けていた。
ベラの自宅にあった薬箱をひっくり返し、あとさりげなく二階の自室にあった下着箪笥にも手をつけた上で、それをマイケルにありったけ飲ませ、気に入らないやつを目元にかぶせると、マイケルは次第に大人しくなった。
ジョージは残りをポケットに突っ込むと、改めて陽光と暗い影のコントラストが明白な庭先に出てきて、そこでへたり込んだままのベラの肩を叩いた。
「……奴はもう大丈夫だ。今は、ぐっすり眠ってるよ」
「ポケットから何かはみ出てんぞ」
「違う、誤解だ、これは……マイケルが暴れるので押さえつけるのに使ったんだ」
「……じゃなんでまだ持ってんだよ。はぁ、もうなんでもいいわ。もう朝食のシリアルもトーストも、目玉焼きだってなかなか食べられない……その事だけはわかったから」
彼女は芝生の上にあぐらをかきながら、げんなりして言った。
「……悪夢はまだ続くのね」
「そうみたいだ。……ところで、連中の姿が見えないが?」
「クマやモノクマ、テッドのことなら、戦いの後少しして……」
ベラは手元を見せた。
そこにはクマやモノクマ、テッドのフィギュア、小さなぬいぐるみがあった。
完全に物であって、動く気配はなかった。
「……こうなっちゃったわ」
フィギュアたちの目が光った。
「クマたちが動けるのは、あくまで精神認知世界だけクマ! 現実ではまだ流石にこうなっちゃうみたいクマ」
「うぷぷぷぷ、まーまー、こうやってお話し相手くらいならしてやれるから、一人の夜でも寂しくないよね?」
『アイラァビュー!』
ジョージは通りを見ながら言った。
「とにもかくにも、マイケルの言う通り、この住所に行ってみよう……そこにいけば、彼らのことについても、何かわかるかもしれない」
「……もうほんと……」
ベラは呆れるように言うのだった。
「信じられない……」
(主題歌)
「私の機嫌はあなた次第。あなたの都合は聞いてない。ブスを中心に、ブスを讃え、ブスの機嫌を損ねず、ブスの美徳のみを尊ぶ世界であるがいい!」
敵は『(株)レーリ・コーポレーション』!
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ベラに吐いた嘘を守り抜くため、彼女と一発しけ込むために、『(株)レリコポ』と戦う決心をする。
陽気でジョークが大好き。
イザベラ・ポリコレアス。
——もうほんと、信じられない……。
大概の出来事は「もう信じられない」の一言で乗り越えるタフガール。耐久力はバイオ7のイーサン並み。
本当はディ◯ニーのキャラと共に戦いたいが、多くのプレイヤーと利権によってその夢だけはたぶん叶わない。
まぁまぁな悪ノリと下ネタもわりと寛容に乗り越える。
ジョージ、ベラ(名前変更可能)。選択した主人公によって、細部が変わるマルチストーリー!
二人は『(株)レリコポ』の魔の手から逃れられるのか? 事件解明の果てに二人を待ち受ける真実とは——。
『P:TSD(Trance Segment Departure)』
20××年、発売決定!
ミカの自宅でタマが涎を垂らしながら言った。
「なにこれ?」
しかし、本人ではない。
地縛霊のポル子に乗っ取らせて、リツが持ってきた自作ゲームをプレイさせているのだった。憑依の難点は元がどんな聡明な者であれ、その間、薬中みたいに口をぽかっと開け、涎を垂らしてしまうところである。
「最近ほらAIで精製とかあるじゃん。そろそろこんな感じのイケんじゃないかって。キャラクターはもう自分で好きなの作る! っていうか、持ってきちゃうっていうか」
「…………」
タマの身体を乗っ取って涎だらだらのポル子は唸った。
リツはようようと続けた。
「漫画にしろゲームにしろ、キャラとかもうさ出尽くしてる感あるじゃん。何やっても二番煎じ、三番煎じにならざるを得ない。なら、過去の人気キャラを流用してしまえばいいんだよ!」
「盗用な? イケるもクソも、色々アウトだろ。どんだけ各所に金が動くんだ? どこにもそんな金ないぞ。スマブラがどれだけ大変だったか知ってる? 私も知らないけど」
「そこはほらスポンサーを騙し騙しやれば……私はあくまでプレイヤー目線でプレイヤーがやりたいと思うものを創りたいだけなのです! それに、AI精製物に著作権って発生するんですかぁ? あくまで人工知能が自動的に精製したもの、なーのーだーかーらー」
「……お願いだから、殺されるなら一人で殺されて? 世界中のあらゆるファンたちに。私たちを巻き込まないで。そっとしておいて」
「いやいや、ファンであればこそ、出してしまえば黙るんじゃないかなぁ。例えばルークとかダースベイダーとかも……」
「やめろやめろ! 私でもわかるぞ。そこら辺はもっともうるさいんだ。しかも世界的に——」
「おっと……」
リツはふと顔をあげ、ミカのマンションから窓の外を見据えると——、
「なんだろうね? 何か来るね……」
そう言って、たちまち持ってきた商材の数々を仕事用のデカいカバンに詰め込み、タマを叩き起こした。
「おい、憑依終わり。起きろ」
「ふあっ」
その瞬間、タマは正気を取り戻してポル子と分離し、寒気を覚えたように身体を大きく震わせた。
「な、なんですか? リツさん。ポル子さん、ゲームの出来は?」
「それどころじゃない。ヤバいのがくる」
「……あ。この気は」
「あーその力で呪いのビデオテープも引き寄せたん?」
ポル子が口を挟んだ。
リツはベランダへ続く窓を開けると、黒い羽根を広げて言った。
「伊達で天使や悪魔やってないんだよ。あとたぶん……」
「たぶん……?」
「そろそろ関東にデカい地震来そうじゃね」
「それは人間たちも察知してるやつ」
「そんな感じで、ヤバい気配ってのはわかるんだよ」
「結構眉唾じゃんか。思わせぶりなこと言いやがって」とポル子。
「ま、とにかく、あとは頼んだ——いくぞ、タマ!」
「がってんしょうちのすけ、きらはこうずけのすけ、でやんす!」
タマは悪魔のこうもりっぽい羽根を広げて、リツに続いた。
「せめて玄関から帰れよぉぉーーーっ! 人間界で好き勝手しすぎだろ、お前らぁぁーーーっ! この世は天国かぁぁーーーっ!」
ポル子は一霊、ベランダから大声を張り上げて見送り、
「まったく……ミカのやつロクな友達いねぇーな。本人がクズだからクズばっか集まる……私含めて——いやんなこと言ったら人間ってのは、みんな……」
窓を閉めながら室内に戻ろうとして手がスカッた。
振り返り、窓の取手に触れようとするも、自分の指先は突き抜けて向こうに出てしまう。
口を真一文字に噤んで、自分の手のひらを眺めた。
透けていた。
ポル子はマンションの一室に棲みついたビッチの地縛霊だった。
この世のものには触れられない。
窓は閉められないし、つけっぱなしの電気も消せないし、テレビも消せなければ、ゲーム機を片付けることも、ミカのために最近暑いから帰宅を読んで冷房をかけておくことすらできない。
できないのだった。
◇
近所の公園でセルゲームやるってよ、って聞いて駆けつけたZ戦士のごとく、東京の空に異界の者たちが集結しつつあった。
リツとタマもそのうちの一人。
「おいおいおいおい、ヤベェな! あの上空の気配!」
と、そこに現れたのは——頭にネクタイを巻いた中年の男性。
サラリーマンの酔いどれおっさんに扮した、トラックに轢かれて異世界に飛んだ直後、ゴルシに似た馬車馬の突進を喰らって、一瞬でこちらに蜻蛉返りしたものの、一回異世界経由したせいか、空を飛ぶ力と魔力を感じる力だけは残ってしまった転生経験おじさんだった。
リツの横に並ぶと、リーさんは言った。
「しかし、地上の人間たちにはまったく知名度がないよな! いったい何が始まるってんだい?! お嬢ちゃんたちはなんか知ってんのかい?!」
「は? 誰おまえ?」
「な! 誰も注目してねぇんだ! やっぱりあんなの大したことねぇんだよ! 一般的にはその程度の出来事!」
「無敵じゃない? この人」とリツ。
「日々この国の企業でリーマンなんかやれてる猛者ですからね。無敵どころか地球最強まであります」
「まーこの精神的タフさだけは見習いたいとこあるよね正直」
「てか、リツさんバーバード卒なのに知らなかったんですか? 日本のリーさんが世界中からクレイジーって思われてるの」
「バーバードっつっても、銀魂と黒執事好きな奴しか周りにいなかったから」
「黒執事が人気でたのフランスですよ?」
「いいんだよ、うちのバーバードでは銀魂と黒執事だったんだよ!」
「フランスといえば、今、かなり日本の漫画に影響を受けてそうな漫画があって、ある程度無料で読めたりするんですが、結構面白かったりするんですよね。コマ割りとか雰囲気はもう完全にジャンプで、絵柄はメイドインアビスに似てるかなぁ」
「ねぇ、タマ?」
「はい?」
「帰り、なんか食べたいものある?」
「なんですかー、突然」
「いつもお世話になってるなって。急に奢りたくなって」
「え、でも……」
「いいから。私とタマの仲じゃん」
「でも、妹たちに悪いから。ごめんなさい。気持ちだけ有り難く受け取っておきます」
「ちっ……」
「え?」
リツが舌打ちをした頃、ちょうどよくビルの角からレイが姿を現した。化粧濃い目のグラマラスな美魔マ的その天使の周りには小天使もとい、信者のマザコンたちがぶら下がっているが、本人はいたって気にしていない。
「あらあら?」
「レイさん! ちょうどいいとこに!」
「まぁまぁ」
「これなんすかね。何が始まるんです?」
「第三次大戦だ!」
「あらあらとまぁまぁしか喋らない人が!」
リツは驚愕し、タマは口元を手の甲で押さえて苦笑した。
「テレ東みたいですね」
「京急みたいとも言う。京急が止まるってことは本当にヤバい時」
レイはしかし、深刻な表情で言った。
「ミカちゃんよ」
「……マジっすか? あの先輩ついになんかやらかしたんですか?」
「これからやらかしてしまうかもしれないわ」
「そんな……ミカさんが……」
心配そうなタマにレイは逞しい美魔マの笑みを浮かべて続けた。
「でもまだ大丈夫。戦っているのは異空間で、そこならまず人的被害は出てないはず……」
「もしその勢いのままこっちに出てきてしまったら?」
タマが突っ込むと、レイは難しい表情で押し黙った。
間を埋めるようにリツが口を挟む。
「いつの間に……そんなシリアスな展開に……」
「その時は——」
レイはしかし、やはり包容力のある笑顔を浮かべて、にべもないかのように言ってのけた。
「私たちが止めてあげなくちゃ」
「でも、それって——!」
「他ならない、私たちのミカちゃんですもの」
「…………」
言葉はなかった。
タマは呆気に取られるようにレイを見つめていると、レイはさらに続けた。
「きっとミカちゃん自身もそれを望むはず。私たちは仲間だからって庇いあったりはしない。仲間だからこそ、悪いことをしたり、しそうになったら、メッ、てしてあげなくちゃ……そうでしょう?」
「……ミカさん」
小一時間ほどで紛れし者たちはその上空に集まった。
人間の中でも勘のいいものは、無意識にその場を遠ざけたり、それとなく道を外れて、その日、その時間、そこにいることを避けた。
その場所は、世間の中心地。
渋谷。
スクランブル交差点——。
時刻は正午を回って数分。
各局では昼ドラが始まったり、午前から続く情報バラエティがお昼跨ぎを過ぎた頃。
流行りの音楽がけたたましく鳴り響く——その直上、白い雲の向こうで、彼女たちは集結していた。
彼女たちは戦いやすいようにそれぞれ距離を保って、自然、その陣形は、妙な気配を取り囲むような円形になっていた。
そこには当然タマの妹たち、上からユラ、ワタ、ツミもいた。
悪魔の三女ワタが姉に甘えるように言った。
「ビヨンドザタイムー。何が始まるん? 私ら一回魔界に戻ってパパに報告とかしたほうがよくない?」
「ダメよ。ワタ。あなたもミカさんにはお世話になったでしょう?」
「私は、なってなくない?」
「ダメよ、ワタ。袖振り合うも他生の縁、という言葉が日本にはあるでしょう?」
「どっちかっていうと、チョコの時とか、私が世話してあげたっていうか、キャラパキ百枚分くらいで返してほしいっていうか」
「ダメよ、ワタ……」
他方では四女のツミが、まだ人間に変身できないこうもりのままレイから距離をとった。
ドリルASMR(耳に歯医者さんが使うあれを突っ込む自律感覚絶頂反応。またはカイジのあれ)をされてからというもの、ツミは可哀想なことに鳥の羽ばたきを聞くだけで、耳にその時の音が再現されてしまう心の病に罹ってしまっているのだった。
やがてピン——と、静けさが立ち込めた。
誰ともなしにピタッと喋るのをやめ、陣の中央、ただ一点を見据えて、備えた。
空間に、一瞬、シミのようなものが滲んで見えた。
気のせいか、に思えた次の瞬間——。
それはガラスを破るように、現れた。
「デカいっ!」
誰かが言った。
タマを中心に、リツ、レイらも同じように思った。
すでにその姿は想定していたミカのものではなかった。
遥かに、遥かに巨大で、歪な、化け物の姿だった。
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