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第百三回『彼方を照らせ! メンヘラの天光』

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 普段見上げている天の星屑。
 それはまさに、彼の高天原から、空ならぬ星々が降ってくる——というような光景だった。
 ちゅどーんっ! ちゅどーんっ!
 ひゅーーーーるるるるるっ……ぱあーーっ!
 弾ける爆音も宇宙的な響きを伴い、きらきらと色鉛筆で引いたような線をたなびかせ、地上を駆け巡り、緑、青、黄、赤、虹のように周囲は色めきあって、木々をそり返らせ、雑木林の寂れた鋭い枝の影に飛び交い、反芻した。
 破壊的かつ、創造的。
 まさに創造神たち……彼らの使徒による戦いがそこにあった。
 その足元を、メリナが気絶したカボを担ぎながら猛然と駆け抜ける。
 幾重に刻まれた光線が、空から放たれ、大地をめぐり、メリナたちの足元を暴風で持ち上げていく。
「ぎにゃぁぁーーーーっ! 走れっ! 走れにゃメリ!」
 その後に遅れてあのちゃん。
 あのちゃんは非難がましく呻いた。
「うぁぁ!」
「にゃんだって?! 電車になればいいだろ……ってかにゃメリ?! はーこれだから今日日の女々しい奴らは……にゃメリ。あのにゃ? 我輩だってできたらとっくにやってるにゃメリ! 構造を考えろにゃメリ! 線路がなければ電車だって、走れない! 何でもかんでも都合よくはいかないにゃメリよ! そいつが……人生のレール、ってもんだにゃメリ」
「うぁ(うざ)」
 メリナはもはやネコであることを忘れたような二足後ろ脚立ち走法でおっさんのように全力ダッシュしながら続けた。
「キミたち、便利なものに慣れすぎて、ちと甘ったれになってやしないか?! にゃメリ! そうやって自分では理解の及ばぬどっかの誰かにおんぶに抱っこだから、いざってときに判断を誤ったり、愚問したり……にゃメリにゃメリにゃメリにゃメリ……」
「うぁぁ……(うっぜぇえええーーーっ! どんだけ説教したいんだよ! 井戸の底からスクリームかましたいウザさがここにあるよ! 今ならウザさのあまり、秒でテレビの外出れそう! ロケットみたいにスクリーンから飛び出せそう、私!)」
「その意気だにゃメリ! 我輩はキミたちのそのやる気を見たかったにゃメリ! そのためなら我輩はキミたちの嫌われ者になっても構わないにゃメリっ!」
「うぁぁ……(余計にUzeeee! 想像以上にバッシングされたからって……)」
「……それが、メリナ様、というもの……なのです。あの様」
 カボが気付いていた。
 メリナの肩先でぐったりとしながら、薄目を開けている。
「うぁぁ(あの……——様っ?!)」
「……まるで、ゲロが戻した口のような存在……でしょう? ごっほっ……!」
「カボ?! おい?! にゃメリ?!」
「……の耳たぶないないちて、それを娼婦に贈るとかとんでもないメンヘラぶりですよね。——尊敬に値します。その発想はなかった。耳たぶってそういう風に使うものなのですね」
「……目覚めて初めに言うことそれ? にゃメリ……どんだけ我輩のこと嫌いなの、そしてどこに感銘受けてんだ……にゃメリ……」
 メリナが神妙な顔つきで言うと、カボは徐に耳たぶをちぎり、メリナの眼前に差し出して言った。
 まるで某有名なヒーローが顔をちぎって差し出すみたいだった。
「はい、メリナ様」
「……なんこれ」
「耳たぶ」
 メリナは絶句した。
 深呼吸を繰り返しつつ、極めて苦しげに言った。
「……どうしたん? いきなり? さすがのこんこんも声をかけずに無言でROMり続けるレベル……やっぱあの天使になんかされたにゃメリ……?」
「キチゲ、解放したかったので」
「させすぎにゃメリ……人体欠損はワニは食らえど常人は笑えんにゃメリよ……我輩、長女だったからまだしも次女だったらとっくに死んでる心的外傷にゃメリ、これ」
 にゃメリが言い返すと、キチゲは耳たぶを口に入れながら、なおも平然と語った。
「やれやれ、冗談に決まってるじゃないですか。餃子の皮を丸めたものですよ。こんなのも見抜けないほど、どうやら焦っておられるご様子……まったく、しようがないネコですね……」
「餃子の皮持ち歩いてる奴にだけは言われたくにゃーメリっ! 何のご利益があって?! にゃメリっ!」
「今、使ったじゃないですか。はぁ、やれやれ。やれやれ、はぁはぁ、やれはぁはぁ。あんあんメリメリ、ギシアンアン」
「……おみゃー、もう肩降りろにゃメリ!」
「やだ。もうあるけない。つかれた」
「人をゲロとか言っといて、餃子の皮でおちょくり、下品な歌を聴かせ、あげく三歳児みたいな駄々こねだすとか、何コイツ?! 自由すぎにゃメリ!」
「ゲロじゃないです。ゲロが戻した口です」
「うぁぁ……(なんだかなー……)」
 背後では未だ神の使徒らの戦いが続いているし、自分たちは一向に雑木林から抜け出せていない。
 冒頭まであったはずの緊張感は全部パァーだ。
「……あの様の気持ちもよくご理解できます。——が、これはそれでもコメディなんですよ。最近ずっと息の詰まるようなシリアス展開が続いてしまいましたからね。バランスをとって、このようなキチゲ解放回も入れないと、神々が困惑されてしまいます」
「うぁぁ……(メタ発言もどうかなぁー)」
「カボってこういうヤツにゃメリ。しかし、一理あるにゃメリ」
「うぁぁ……(そうかなぁー)」
「そうにゃメリ。余裕って大切にゃメリ」
「うぁぁ……(弾幕が降ってきてる時にも?)」
「それこそ死ぬ寸前にゃメリ……お前、慌てながら死にたいか? にゃメリ」
「うぁぁ……(慌てて生き延びたいにゃメリ)」
「やれやれ。子供にゃメリね。どっちもなんて、ないもんにゃメリよ。……人生、そう都合よく選べないから言ってんにゃメリ」
 メリナはやっぱり神妙に言い、カボはその肩に顎を乗せてこんこんと聴いているのだった。
 花火の音はだんだんと遠ざかっていった。

 ◇

 ミカの天使結界術スペルカード『天人五衰』は、天界に住まう天人が衰退する時に見せる五つの変化に準え、まどか☆マギカの魔女のごとく、周囲の絵柄から根本的に捻じ曲げて相手に襲いかかる、まさにミカのイカれた世界観をそのまま投影したかのような波状攻撃であった。
 第一に『衣裳垢膩えしょうこうじ
 衣服に汚れがつく。
 空間にシミと称した当たり判定を擁する虹色のブラックホールを精製し、移動を制限しつつの二色二通りの弾幕と、自機狙いのエンジェルフェザーによる強襲。
 第二に『頭上華萎ずじょうかい
 頭の飾りが萎れる。
 ひらひらとパターンを伴って舞い落ちる天使の羽根型魚雷と、それを避けたところを狙う全方位レーザー。パターン化はしやすいが、羽根は相手の近くで爆発し、無数の小球バラマキ弾を残していくので事故りやすい。
 第三に『身体臭穢しんたいしゅうわい
 ついに身体も汚れ、臭いを出す。
 ミカの周囲から画用紙を剥がすように空間が崩壊。現界から人のやる気なさを集めた無数の中型バラマキ弾を絶えず放ちつつ、それが一定時間ごとにミカの左右それから正面(画面右奥から左奥、そして手前)に切り替わる。ミカ自身は空間に制圧する弾幕を放出。
 バラマキ弾は人のやる気のなさを抽出しているためにドドメ色、まさに横浜駅コンコースの人混みを抜けるような、気合い避けの時間。グレイズは稼げる。
 第四『腋下汗出えきげかんしゅつ
 脇の下から汗が出るようになり、
 マギ(自機)のポイントに一定間隔で虹色のシミが出現。マギは絶えず動くことを強いられ、同時にミカの周囲の破れた空間から、まっすぐに落ちてくる弾。ミカはボロボロの天使の羽根に隠れて小休止。耐久面。
 第五『不楽本座ふらくほんざ
 楽しみを味わえなくなる。
 輝くバラマキ弾を放つシミからシミへ、空間を突き抜けるレーザーを駆使して、四方八方、時には背後からもマギを襲う(難易度ハード以上では画面下にいても排除できず、画面外から狙撃される恐れがある)。
 シミの出現には前兆があり、レーザーは自機狙いのためパターン化はしやすい。が、レーザーはシミを抜けると、花のような広がる軌道を見せて伸びてくる上、どこを抜けてくるかは見てからの反応を余儀なくされるため、大きく避けるか、レーザーの広がる隙間を狙う。極めて避けづらい。集中力が必要となる最後の局面。初心者はボムで押し切りたいところ。
 ——まるで鬱になる経過を顕すような五つの業。
 これがミカの天使結界術スペルカード『天人五衰』の全容だった。
 対してマギの取った戦法はひたすらにシンプル。
 これらの弾幕をかいくぐって、ぶん殴る。
 それだけである。
 ミカの仕掛けたこれは弾幕ごっこであるが、もちろんゲームではなかった。
 そこには不可避な量の弾幕と詰みパターンも存在するし、当然コンティニューはない。が、マギの渾身の拳から放たれる天使力は周囲の弾幕を霧散させ、退けることができた。
 マギとて天使。位としての厳密な違いこそあれど、人であれば即ヤムチャの威力を誇るミカの弾幕も、彼女にとっては室伏の投げた砲丸を喰らう程度で済む。
 よって、さながらニーアレプリカントのラスボス戦のように、多少強引でもひたすら打って出て、拳の届く距離にまで近づき、ミカを思い切りぶん殴ることに終始したのだった。
 何回か殴るたびに、ミカは丁寧に攻撃パターンを変えた。
 実にパイセンらしい、とマギは思った。
 東方やニーアをリスペクトしているのだろうが、二度目の時点で気がついた。
 天使の羽根がひらひらと舞い降りてきた。
 ミカの羽根が抜け落ちたものだが、それはマギの近くを過ぎるや大きく炸裂して、無数の小球を産むトラップとして機能した。
 それ自体は新しいパターンとして別に良い。
 問題は天使の羽根が落ちてきたこと。
 一つ前のパターンでは、それはミカの操作によって明確にマギ目掛けて飛んでくるホーミング・ミサイルのような弾だった。
 それが今は、力無く落ちてきている。
 転じて魚雷として利用する機転は流石と言える一方、マギは察して見上げた。
 ミカは本気だった。
『天人五衰』
 その言葉の示す通りに、一つパターンを変える毎に、ミカは弱っていた。
 頭の飾り、すなわち天使の輪は朽ち落ちて、羽根は汚れが目立ち、ついに疲れを感じているように肩で息をしている。
 これはまさしくミカの生命力を振り絞る大技なのだ。
 ——私にできる人間への愛だからね。
『天人五衰』を放つ直前にミカ自身が言ったことだった。
「(なんで……そこまで……)」
 マギは、四方八方から迫りくる虹色の、極めてバカバカしい、色合いだけは乙女が幻想を夢見るようにメルヘンチックなレーザーをかわしながら、叫んだ。
「なんで! いきなりっ! 意味がわかりませんよ!」
「…………」
『天人五衰』ももはや終盤。
 ミカの手や顔にはついにシワが刻まれはじめ、
「私、人が好きなんだよ。根っこに人を憎みきれないもんがある。天使として、こう感じられるような自分に産まれてきてよかったって、それだけはマジに想う」
「は……」
 戸惑うマギに対して、ミカは瞳孔が開きっぱなしながらも一瞬、元の風情を見せて言った。
「だって、可愛くね? 人間。ギギがハサに抱いたのと、きっと同じ心境。映画ではまだやってない場面だけどさ。どうしても下手こく時もあるし、落ち込んで、悩んで、自分の背丈よりでかいことに無理して挑んでは、七転八倒、どたばたしながら、それでも懸命にさ、ボロボロになりながら健気に生きていこうと前を向く、そんな人間が好きだ。今、下を向いてる連中の勇気の後押しがしたいんだ。私もそうだけどさ笑、自分がそうされて生きてこれたから。人を信じられないなら、もう一度信じてみようと思えるように。勇気が出せないなら、出せるように。優しくされたことがないのなら、私が優しくしてやりたい。大丈夫だって! おいおい、私を見ろ。こんなメンヘラでもまだ生きてんだぞ。私がされてきたこと全て明かしてやろうか? そりゃ、それこそ私じゃなかったらとっくに死んでる……そうやって恩を返していきたいんだ」
「……なに、言ってるんですか。特に最後」
「そりゃムカつくこともあるから文句も言う。けど、O型だからかな! 悩む時はぐるぐる果てしなく悩むんだけどさー、大抵のことは私、シャワー浴びてるうちに、ま、いっか! って笑って済ませられるんだよ……けどな——」
 ミカは一転、また冷たい仮面のような顔つきになって続けた。
「だからこそ、その人間たちをいがみ合わせようって連中が許せない——。そいつらは決まってこう言う。『こういう奴は危険ですよ! 近寄らないようにしましょう! 私はこうならないように気をつけてます!』『それは酷い目に遭いましたね。厄介ですよね。他人にそんな迷惑をかけるなんて人として最低ですよね!』」
「……パイセン」
「『普通にしてたら』『普通はしない』『普通に考えて』『こんな奴は嫌われて当然だ』……自分たちは安全圏からね」
 ミカは浅く嘆息をついて、続けた。
「……私はね、大抵のことは笑って許せる。なぜって? 自分もそうだから。たくさん迷惑かけてきた、今現在も迷惑かけまくって生きてる自覚がある。だから、周りの人のエゴも受け入れられるよ。人間なんだ、そんな時もあるってね」
 やりきれない。
 それは……それは、ダメだ。
 マギはかぶりを振って、前髪を払った。
「パイセン! でも、それは……」
「差別をしてるのは、普通の人間だよ。犯罪をするのもいつも普通の人間。この世最悪の悪ってのは、てめえが悪の自覚がない、普通を自称する普通の人間たちだ——」
「……パイセン、でも! それを言ったら」
「自分を普通だと思ってる人間ほどに害悪なものは他にない。大抵のパワハラは『これくらい普通だよ』と言って行われるんじゃないか? これが普通、それが普通だといえば、どんな差別的な発言も世間は受け入れる。頭に『今は』『今の時代は』をつけたらなお効果的だ。一方でてめェらが気に食わなけりゃ『時代遅れ』とでも言っておけばいい。安全地帯から他者を好きなだけ攻撃し、毒を蔓延させることができる。最強の差別ワードだろ。そんな奴らが、日頃どれだけ他人に迷惑をかけずに生きているか見てみたい。私にとってはすでに、コイツらのそんな言説そのものが不快だが」
「…………」
「メンヘラである私と、コイツら普通の人間、頭や性格に問題を抱えてるのはどっちだろうね? 毒上司に毒親に、加えて、毒をまきちらすまさにインフルエンサー……コイツら普通の人間さえいなくなれば、分断や差別はなくなり、世の中はまともに回り出すんじゃないの? と思うのは、果たしてそんなにおかしいことかしら。ねぇ。マギ」
「……逆って、そういうことだったんですか」
「そうだよ。人間が真実、戦うべきは男でも女でも若さでも老いでも、ましてや現世に残る吸血鬼の子孫でも、異世界のモンスターでも魔王でもない。普通という概念にして……」
 ミカは苦笑を滲ませながら続けた。
「それを口癖のように使う——普通の人間たちだ。そいつらが常に誰かの足を引っ張り、余計な争いを招き、下を作っては、誰かを虐げている。アニメやゲームやドラマを観ながら、誰も言い出さないのが不思議でならないよ。あー自分は違うと思い込んでんのか……私たちが子供の頃から大好きで憧れた主人公たちが戦うのはいつだって、そうした普遍性、鬼塚先生の邪魔をするのは普通の人間たちの普通の感性、それを含有する"常識的な人間"だった——だろ?」
「……確かに……そうかもしれませんけど!」
「見分け方はこう。そいつらは得てして、普通であることをやたらと尊ぶ。突けば、誇らしげに言う。普通、つまりは、自分が取るに足らない人間であるってことをさ。そんなの"普通"自慢になんかならないだろ? だが、奴らは喜んでする。簡単に見分けられるよ」
「……パイセン。わかってるんですよね?! それをやるってことは、逆に、あなたは——」
「言ったろ。私は魂にポルポトを宿してんだよ。誰も言わないし、誰もやらない。誰もが利口すぎて行動しないことを選ぶから、私がやるしかない」
「ねぇ、待って! パイセン! それこそわかってますか! あなたの言ってることはすなわち——シャアですよ! アムロも言ってたでしょ。『革命はインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるから、いつも過激なことしかやらない』。あなたこそ普通に回帰しろ! そうすればまた、違った角度から見えてくるものもあるかもしれない! ねぇ、パイセンっ!」
「東方といえば、発狂パートだろ。見せてやるよ、私の本気——」
 気がつけばミカの周りには遣いの小天使が舞っていた。
 ミカはどこからともなく取り出した短刀を握りしめ、自身の腹に突き刺すと、真一文字、横に引き裂いた。
 そして天使たちは持ち前の刀で、ミカの首を刎ねると、
「天人五衰——『魅死魔ヶ異説・第六の必衰——公私滅望』」
 ミカは首の皮一枚つながった状態で、マギを見ていた。
 そうして言い放つとともに、光が、辺りに満ちた。
 まるで最後のガラスがぶち破られたようだった。
 そうして気がつけば、きさらぎ駅の空間は破られ、二人は現界——東京の、変哲ない、日常の空にいた。
 東方のラスボスは、撃破した後、ボーナスステージのように、発狂パートと呼ばれるゲームプレイ上でもピアノの演奏面でも、極高難度の弾幕を放つことがある。
 それに準えるかのように——、
 ミカも東京の大地に向けて弾幕を放った。





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