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第九十三回『ボス猫メリナと秘書カボ登場!』

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 かくしてその日、まだ治りかけで、つぎはぎだらけのあのちゃんと共にパイセンを袋に詰めて、マギは心療内科を訪れたのだった。

 一方、その頃……。

 猫! 猫! 猫!
 右を見ても猫! 左を見たら猫の木から飛び移ろうとしている猫! 真正面にはひっくり返ってて、目が合うと、なんか知らんが突然お股を広げてセクシーポーズを決めてくる猫! 目もまんざらではなさそうにこっちを見つめてくるから、猫って底知れない!
 東京中の野良猫たちが根城とするここは、猫好きにはたまらない、東京は千代田区にあるブンシュメンたちの総本山にして、その名も、ニャーオンスパーク&スプリングオータム本社ビル!
 号外で出された特集記事を肉球で挟み、一面見出しを眺めるや、ボス猫の高笑いが響いた。
「ニャーーーーハッハッハッ!」
 代表ネコ締役、ネコ長、ネコ本メリナ。またの名を『マタタビのコネ本』。
 彼女はそのデカい尻で、背もたれ付きのリラックス・クッションをぺらぺらのたこせんべいのように押しつぶしながら、かつて、このように語った。
『説明不足かなと感じました。これは僕個人の感想なのですが、一番初めの心療内科がすでに死後イベントになっていて、本来はそこでパイセンが成仏できる——はずだったのですが、続いてしまって、主人公がゲロのまま相棒が日本のボスまで行って倒してしまって、さすがにおかしいなと(以下略)』
 でっぷりとした腹を向け、脚をちょこんと飛び出させてふてぶてしく尻尾を揺らすそのネコは、従来の猫に比べ、数十倍の図体を誇る。
 まさに化け猫だった。

 俗に言うネコ本チャレンジの所以、諸々はさておき、ネコ本メリナ、彼女は障子紙を破るように新聞をぺちぺちしながら言った。
「メリメリメリメリ! 見ろにゃメリ、この記事を! 名誉ゴールデン・レトリーバーだってよメリにゃ! 所詮ラニの下僕風情が好き勝手やってるメリにゃね!」
「にーにー……ごろごろごろ」
 部下たちの笑い声が続く。
 メリナはさらに記事をくしゃくしゃに丸めると、その辺に投げつけながら言った。さっそく部下猫たちが飛びついた。
 記事はおヌコ様たちにとって読み物にあらず、くしゃくしゃにして転がし、この音たまらねーっ! インクの匂いがクセになるぅーっ! となぜか興奮して弄ぶためのものだった。
「所詮このように! 猫の手のひらで転がされることになるとも知らずに! あああぁぁーー……紙ッ! ダンボールッ! 円形の何かッ! 遺伝子がそうさせるのか、飛び付かずにはいられないッ!」
 バンッ! そこに新たに人間の部下が入ってくるッ!
 なんだ、いったい誰だ! カラスにやられたか、見ればそれなりの手負いだったッ!
 冷静になって事情を聞いてみるや、彼女は憤慨した。
「にゃメリっ?! 取り逃したメリにゃっ?!」
「それが、前田プリンの野郎……ゴミ収集車を転がせるだけあって、柴犬のくせに、なかなか手強くて……」
「……で? やられてノコノコ帰ってきたってわけにゃメリ? おめぇら……それでも人間なんメリにゃ? 柴犬に負けんの? 君たち」
「ネコ長……しかしですね! 大型犬舐めたらダメですよ! イルカもそうだが、奴らは元々肉食! 彼らは賢いから、人間の前じゃ普段本気なんかぜんぜん出さないだけで、顎の力は半端ないし、牙も鋭いし、ボディーガードにはうってつけ! その辺猫とは一線……」
「てめぇ……それじゃまるで猫がガチの単細胞、頭すっからかんの、自分のことしか考えてない馬鹿みたいじゃねぇメリにゃか……」
「ひっ、しまっ——」
 ブンシュメンたちは言ってはならないことを言いそうになって黙ったが、一瞬遅かったし、そこまで来ると故意犯にしか見えなかった。
 メリナは一睨みで彼らを黙らせるとゆっくり立ち上がり、どすどすと肉球を響かせながら、部下ブンシュメンたちの周りをうろつきつつ、艶かしく鳴いた。
「……この世のヒロインは、だれかにゃメリ?」
「……は、はっ——! それはもちろん家庭から人間どもを支配し、主人公を黄金樹に導く、おヌコ……」
「みゃーーーーっ!」
「ぎゃああーーーっ! せめて語尾はどっちかにしろやぁぁあーーーっ!」
 それがブンシュメンたちの断末魔だった。次の瞬間、メリナは彼らの顔面を切り刻み、三ヶ月は残る生々しい爪痕を負わせた。
 それから、メリナは何事もなかったようにまたどしどしとネコ長室を歩き回ると、大ぶりのマントを背負って外出の支度を始めた。
「やれやれにゃメリ。私が行かにゃあどうしようもなさそうメリにゃね」
「出張ですか、メリナ様」
 ターキッシュアンゴラ種、純白のドレスのような美しい毛並みと、翠色の透き通った瞳がまるで宝石のような煌めきを放つ美ネコ秘書のカボが目を伏せ、従順に進みでながら言った。
 対して、メリナはエキゾチックショートヘア種。毛並みは燻んだブルーにつぶれた顔面。
 それでもブサカワとしてネタ的に愛され、かつては普通の体型だったのが、長年の不摂生でぶくぶくと膨れ上がって、気がつけばこの貫禄だった。
「言わにゃくてもわかんだろメリにゃ! お前どことなくラニっぽくて、カマトトぶってる感じがムカつくにゃ」
「いってらっしゃいませ……口くっさ! ゲロよりひどい」
「あ? 犬の前にお前やってやろうかにゃメリ」
「そんなに効いちゃったんですか、メリナ様。毎日、歯磨いてりゃいいだけのことじゃないですか……あ! リステリン、お忘れですよ。お出かけの前にはあれを一杯キメていただかないと」
「……おぉー、すまんにゃメリ(でもリステリン、人から勧められるとか、これ以上傷つくことあるかにゃメリ……黙ってるけど、正直関係にヒビ入るくらいには暴言だと思うメリにゃ……)」
 洗面所でネコ長のマウスウォッシュを見届けると、秘書は深く傅いた。
「では、お気をつけて。相手も大概なクソアバズレ天使と聞きます」
「……誰にモノ言ってるにゃメリ」
 不敵に笑うと、メリナはマントを翻して洗面所を後に事務所を出立した。
「…………」
 残されたカボは、リステリンセットを手にぽつん……としてから、ふいに気が付いたようにまた機敏に動き始めて、引き戸になっている洗面台の鏡を開けた。
 手際よくセットを片付けるカボだったが、しかし、そこに並べられている買い置きにリステリンのボトルは一つもなかった——。
『——あれっ?!』
『どうかなさいましたか?』
 かつてメリナと交わした会話が蘇る。
 その時もメリナはカボから手渡されたリステリンセットを両手にマウスウォッシュした直後。
 洗面所に吐き出してから、不思議そうにボトルキャップとパッケージを見ていた。
『このリステリン、なんか味変わったメリにゃ?! スースーしないにゃメリ! 口全体、ラベンダーの匂いがするにゃメリ!』
『あー、新発売のフレグランスタイプにしてみたんですが、ダメでしたか?』
『え? ダメっていうか……え? これ……』
『ダメでしたか……?』
『いや……ダメってことはないにゃメリ……これはこれで、いやでもさ……』
『ダメでしたか……?』
『いやダメっていうか、これ本当にリステリン——?』
 ふと紫の液体が少なくなってきた手元のボトルを眺めると、もう残り少ない。
「……足しときますか」
 カボはそう言って棚から詰め替え用のボトルを取り出し、中の紫色の液体を注ぎ足した。
「……さて、日も暮れてきましたし、あとは掃除して、鍵閉めて……」
 言いながら、彼女は洗面所を後にした。

 鏡の裏棚に並べられたパッケージには鮮やかな花の写真が描かれ、その中央には『消臭力 玄関・リビング用 ラベンダーの香り』と印字されていた。





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