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第八十五回『柴犬ミームの三分前』
しおりを挟むぷぁーっ。
「おい、おい、おいおいおいおい……! 早く進めよっ、ボケナスゥッ!」
「うるっせ! 仕方ねーだろ! 踏み切りでおばあちゃんが通ってるんだから!」
クラクションに続いて、罵声が鳴り響いていた。
「すまないねぇ……」
「いやいや。ゆっくりでいいんだよ。あ、おばあちゃん、踏み切りの細かい隙間に脚挟まないようにな!」
先頭の軽トラのあんちゃんがそんな風に声をかける一方、背後では待ちくたびれたドライバーとの罵声が続く。
「おいおい! ばあちゃん! 急いでくれって! 時間がねェんだって!」
「うるっせぇぇえーーーぞっ! タコっ! ばあちゃん、腰が悪いんだから、仕方ねェだろうがっ!」
おばあちゃんは杖を手に一歩進んだかと思うと、腰をカクカク。もう一歩進んだかと思うと、また腰をカクカク。
まるでアメリカヤマシギのようなテンポで踏み切りを進んでいく。
「だからって、何分……おい、進んでんのかこれェッ! 世の中の人間、全員がおばあちゃんっ子だと思うなよっ! 産まれた瞬間からババアと歴戦繰り広げてる猛者もいんだからなっ!」
「すまないねぇ……」
ばあちゃんは腰をカクカクさせながら、申し訳なさそうに言い、先頭の軽トラドライバーが後ろに返した。
「特殊家庭の事情なんざどうでもいいんだよっ! お前ら、マイノリティこそ、その憎しみの連鎖をお前の代で断ち切って! 次に進んでいけよっ! 成長しろよっ!」
「成長してんだろーがっ! だから時間大切にしてんのっ! 約束の時間は守ってんのっ! それを踏みにじろうとしてんの! そのババアがっ!」
「すまないねぇ……」
ばあちゃんは腰をカクカクさせながら、一歩前に戻って申し訳なさそうに言った。
軽トラのドライバーが後ろに返した。
「約束の時間守るより、もっと大切なことがあんだろうがっ! それだよっ! お前の次のステージは! そこに登る努力してみ?! そこからもう一歩成長してごらん? 人間として!」
「いま、戻らんかった……? 一歩成長するどころか、ババア戻ってんぞっ! 退化してるっ! 進む気ねェって! そのババアっ!」
「すまないねぇ……」
ばあちゃんは腰をカクカクさせながら、今度は横方向にクイックイッと腰をスライドさせて、申し訳なさそうに言った。
軽トラのドライバーは後ろに返した。
「おばあちゃんに対して、なんて口の利き方しやがるっ! 大丈夫だよ、おばあちゃん。俺たちは待つからね。三歩進んで二歩下がるでも、一歩進んでんだから、いいんだよっ! 進んでんだから、いずれは辿り着くんだよっ!」
「おい! もう横じゃんっ! そのババア、横にスライドし始めてんじゃんっ! 横だよ、前に進む気ねーよっ! もうそのババア!」
かんかんかんかん。
クラブのBGMのごとくサウンドが鳴り出した。背後のドライバーは一層焦った。
「おい、きたっ! 早く! てかもう、横でも前でも何でもいいから、早くして! もう来たからっ!」
「すまないねぇ……」
「言ってる場合じゃねぇーんだよっ! ババアも死ぬぞ!」
一方その時、電車の運転席では、踏切に差し掛かったところで、なぜか渋滞が発生しているのを見越して車掌が言った。
「じゅ、渋滞ですぅ」
「え、じゅ……え? なんで?!」
「知らないですけど……線路内人立ち入りですぅ。なんか軽トラとその他色々な乗用車がまるでバブル全盛期のごとく自由な形で行き詰まってますぅ……」
車掌の後ろで腕を組んで偉そうにしていた男も、これには眉根を寄せて、唸った。
……線路じゃん? なんで渋滞とかなってんの? 何してんの、コイツら……てか、線路内人立ち入りって、こういうケースなん? 絶対ちがうでしょ……。
緊急停止信号だすか……いやいや、一本遅らすだけでどんだけの支障と損失が出るか……ていうか、え? ほんとう、何してんの、コイツら……。
ダイヤの狂いを生じさせない、で有名な我が鉄道会社の誇りにかけるからこそ、気持ちが揺らいだ。
『トロッコ問題』って、コト……?! え、トロッコ問題ってこういうことなの? 違くない? 満場一致で、アホども見捨てるじゃん、こんなの。
とすれば、『不自由な二択』……ってコト?!
なるほど。トロッコ問題が界隈で流行ってるなら、なら私は斜め上の問題を題材にし、提起しますよ、と……。
そういうことなら、確かに、そして実に、ひねくれた神の采配らしい。
大体哲学用語としてトロッコ問題はさておき、不自由な二択なんてものは存在しない。あるとしたら、詐欺師やその辺が使う話術としての『二者択一法』。
これは「◯◯ですよね?」と、こうなったらいいよね? という風に誘導して、なら選択肢はこうしかないよね? と流れを作り、そもそもの否定という選択肢を除外し、話者の都合のいい選択肢に誘導することが目的だ。
例えばまだ微妙な間柄の異性を下半身の勢いに任せてホテルに連れ込む際、ホテルに行くか、このまま帰るか、ではなく。
A、B、二つのホテルをすでに用意しておいて、どっちがいい? と振る。すると、相手はそもそも休憩しないという選択肢がないために、AかBか? でしか判断できず、しぶしぶと選ばされたあとで、「本当は嫌だったけど、仕方がなかった」と不同意性交等罪をチラつかせて、二毛作を図ることができるわけだ!
さておき『不自由な二択』というのはそこから派生した、漫画HUNTER×HUNTERの造語だ!
正常なダイヤを……乗客たちの快適な移動のお約束、会社の矜持、そしてお客様たちとの信頼をとるか、訳わからん線路立ち入りのアホどものために遅らすか……?
車掌の後ろで偉そうな男は、踊る大捜査線の室井さんばりに眉根を絞りに絞ったあげく、決断を下した。
「……行け」
「い……行けと言われても、このままでは進めません……」
「よく見ろ」
偉そうな男は車掌の肩に腕を乗せ、ガラス越しに線路の向こうを指さした。
「あれは私たちだけに見える天使の乗り物ではないか?」
「?!」
「あ! もしかしたら、ゾンビが運転してるかもしれん!」
「?! どう見てもひ……」
「関係ない(どうせ責任を取るのはお前だ)。行け」
「は、はいぃィィィッ!」
車掌は速度をそのままに突っ込んだ。
瞬間——おばあちゃんの足元で加速装置が発動!
踵が火を吹いて、地面を浮き上がると——刹那! おばあちゃんは超高速で飛びまわり、運転席にいたドライバーたちを拾い上げ、間一髪、突っ込んできた電車の衝突から救ったのだった。
「ひゃー。ひどいことするねぇ……」
おばあちゃんは地上三十メートル付近を推進装置で浮かびながら、電車が通過するのを見送り、ドライバーたちを地面に下ろすと、また杖をついた。
「……ババア」
「すまないねぇ……妙なことに巻き込んじまった、ひっひっひっ」
「——いや……ありがとう。悪口言ってごめんよ、おばあちゃん」
「ひっひっ」
おばあちゃんはまた腰をカクカクさせながら、商店街を行くのだった。
一方で偉そうな男は電車をおり、駅構内を出ると、目の前に現れた大きな護送車に導かれ、「うむ」とか言って、乗り換えた。
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