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第八十回『柴犬ミーム、前夜』

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 その日。
 マギは本鬱が始まり、泥化の進むミカパイセンを元に戻すべく、身体を張った芸に挑戦し続けた。
 あたりには鞭に蝋燭、ディルドにローター、ボールギャグまで様々な宴会用の小道具が散乱し、マギはというと、大きな紅白のストライプの入ったボールに跨りながら、ちょんまげカツラを被り、ヒゲメガネをつけた上で玉すだれをしつつ、口には吹くと紙が伸びる笛を咥え、サーカスの一芸のようにそれらを余すことなく機能させていた。
 あのちゃんは小刻みに震えている。
 しかし、
「…………」
「ぴーひょろろ(うそでしょ……)……」
 ミカを笑わすことはできなかった。
 それどころかますます液状化の進んだミカはもはやファランクスのごとし。畳の隙間に染み込めるほど細かい粒子となっていた。
 最近になってハマっていると聞くきんモザを始め、ブレイバーン、グラブルヴァーサスの2Bの尻、エルデンのDLCトレーラー。人生ゲームにバウンドボール、腹筋ローラーにランニングマシーンに鉄板焼き。
 ありとあらゆる室内娯楽たちの残骸の上にマギは愕然としてボールを降りると、「ぴー……」虚しく紙を伸ばしながらその場に立ち尽くした。
 思いつく限りのミカパイセンが喜びそうなことは全て試した。が、しかし! ミカの溶解は一向に食い止めることができなかったのだった。
 エルデンのDLCと宮崎Dのインタビューを読ませたときには流石にわずかに震えはしたものの、その時すでにファランクスだった。手の施しようがなかった。
「……ぼこぼこ。ちゅぱちゅぱ。ねぇ、マギ。バファリンがほしいの。暗く蕩けたバファリンの半分の優しさが……マギァン、知ってる。バファリンってね、一回二錠なの。つまり、半分+半分で、私たちは一回一個分の優しさをもらっているのよ」
「ダメだって。全フロムユーザーが知ってる渡しちゃダメなパターンのやつに加え、各方面の混じっちゃいけないものが混じってきてるし……」
「うぅ……あぅぅ……」
 あのちゃんは心配そうに南アルプスの天然水と錠剤を二粒差し出した。
 一個分の優しさを前に、ナメクジになったミカが跳ね回った。
「それ! それちょうだい! ギブミー! ウォーム! ギブミー! ソォフト! ずずっ……ずずずずっ……ちゅぱちゅぱちゅぱ」
「ダメだって。あのちゃんの気持ちは有り難いけど、今コイツに必要なのはそういうんじゃないから! ——こうなったら! 小鳥遊! 1デーパスポート!」
 マギはミカを連れ出した! 小鳥遊の用意したワンデーパスポートで!
 外の世界……陽の当たる太陽の世界へ——!
 マギはまるで自分がお金を出したかのように急遽千葉県は浦安にあるあのテーマパークに訪れ、一日使って夢の世界を満喫してくるのだった。
 そのままミカの自宅マンションに帰宅。
 自宅に運び込まれたミカの残骸を見て、ポル子は泣き崩れた。
 今にも死にそうなほど青白く、生気の伴わない顔相に、ネズミの耳と魔法の青いラメ調のとんがり帽子を被らされ、魔法のステッキが握らされ、お土産に缶クッキーをもたされたナメクジのその姿は、あまりにも痛ましいものだった。
 変わり果てた姿でのご帰宅となったご主人に、ポル子はさめざめと涙を流しながら、そのご身体にすがりついて言った。
(それで、どうなりましたか……?)
「ごめんなさい……さすがに夢の国行ってテンションあがらんやつおらんやろ思て……」
 マギも青ざめた顔をしてそう返し、
「いいんだ……いいんだ、ポル子……マギは私のためを思ってやってくれたんだから……」
 ミカは戦いの果てにコーナーポストで眠りにつくボクサーのように部屋の角にこしかけて真っ白になって言った。
「げに恐ろしきは、本鬱……それだけのこと」
「でも、これじゃ本当に手の打ちようが……もう普通に精神科に診てもらうしかねえし、だからはよ診てもらえってたぶん七十話くらい前から言い続けてきたじゃん……」
「うぅ……あぅぅ……」
「…………」
 マギには一つ懸念があった。
 あのちゃんだ。あのちゃんと言えば呪いのビデオテープからほんの遊び心で令和の時代に召喚してしまった井戸から出てくるあの子ご本人だった。
 ただでさえ井戸の底から這い出してビデオを観たものを呪い殺す曰くつきの人物……もしかしたら、その呪いはガチで現在進行形なのではないか? マギはその疑いを晴らせずにいた。
 しかし、何だかんだでミカとの間に、絆が芽生えているような素振りを見せているのも事実である。
 だが、個人のそれとは無関係に、その存在自体が呪いを発するものだという可能性も捨てきれない……そう、鬱は移る、引きずられる、というのが定説でもあるのだ……。
 マギは思案していた——そのとき、そんなマギにミカの視線が突き刺さった。
「…………」
 そして、小さく首を振ると、弱々しくも笑った。
 それはない、とマギの邪推を笑い飛ばすようだった。
「どうしてですか、なんで……パイセン!」
「私には井戸の底に落とされた気持ちがわかるから」
 ミカは、ナメクジにあるまじきシリアスな表情で言うのだった。
「痛みがわかるからこそ優しくもなれるかも。けど、+憎悪してしまう気持ちもわかる。哀しい過去を持つボスやライバル役の気持ちがわかる」
「…………」
「世間一般のルサンチマンのヒーローなら他所をあたりな。私ゃ、真実、強いやつの味方なんだよ」
「…………」
 マギは憤った。
 そう、この世は逆説なのだと気づき始めている。
 しかし、そう、逆説であるからこそ、それに倣ってパイセンも生きればいいじゃないかと。何も抗う必要はなく、流されてしまえばいいというのが、マギのミカに対するスタンスだった。
「わかりました。なら、私も私のやり方でやらせていただきます」
 しかし、マギは看過できない。これ以上の消耗は番組の存続にも関わる由々しき事態なのではないか。
 それを懸念して、LINEでドクターを呼ぶのだった。小鳥遊のLINEを開くと通話。マギは開口一番に言った。
「小鳥遊、ICU」
「日取りはいつがよろしいですか? 最短ですと、明日の」
「今、用意しろ」
「……テクマクマヤコン、テクマクマヤコン。ミカの部屋が今すぐICUになぁれ!」
 ミカの部屋はICUになった。





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