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第七十五回『死語にされた奴らとちょっと久々に重たい感じ』

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 その日は朝から会議だった。
 マジで書記長とめちゃくちゃ事務総長が並んで、議論が交わされる。
「あのさ、週刊誌が言ってたんだけど」
「うん。どうした?」
「おれら、もう死んでるらしいよ」
「マジでっ?!」
「うん。めちゃくちゃ言われてた。おっさん言葉なんだって。なんかもう死語なんだって、俺ら」
「マジかよ……えー勝手に決めないでほしいよなー。まだ現役なのに。え、それ、どこ情報?」
「だからその週刊誌。こういうのやめてほしいんだよねー、なんかさ、言葉愛好家としてはどの言葉にも生存権はあるっていうか……大体なんで、おっさんなんだろうね。おばさん言葉でもいいわけじゃん。第一生きてりゃ誰でもおっさんおばさんになるわけで。それが悪口だと思ってんのってさ笑」
「マジ若気の至りな。笑わせてくれるわ……てか、めちゃくちゃ事務総長、言葉愛好家だったのかよ……言葉愛好家って言っときながら英語もろくに話せねーのに……」
「うん。海外とかそういうジャンルにこだわらない愛好家。いいじゃん、そんなの。新しいのが出てきたからって古いのを捨て去る必要とかなくない? 新旧織り交ぜて吟じればよくない?」
「マジかよ……ヤバくね? っていうか、も、ヤバい、もそのうち死ぬのかな」
「違う違う。この問題の根っこの深い部分はね、こうやって死んだことにされる、ってことにあんだよ。どっかから来たクソみたいな誰かのために。流行りとか今とか、それらの形もなければ目にも見えないもののご機嫌伺いっていうか、話題作りのために?」
「はぁー。マジかよ……最悪じゃん。令和。令和になってさ、良かったこととか一つもなくね? あった? 令和になって、あ、これは良かったな! ってこと。なんかある?」
「彼女が結婚した……とか?」
「そうじゃねーよ。そういうことじゃ……ってか、こわっ。それ。闇深い。たった十文字足らずに込められた真意が闇深くて秀逸」
「今だったら、彼氏のほうがこれ悪者扱いされて、彼女は正当化されるんだろうなー。元々付き合ってるつもりなかったとか解釈が足されて笑」
「まぁそういうご時世だよな。騙したもん勝ち。悪党が勝って、悪党も勝つために努力してんじゃんとか正当化される、結果が全てを地でいく、わりと史上最悪レベルの地に堕ち切った倫理感。結婚もあんまいい意味で使われないし、むしろ、あーあ……! みたいな印象の言葉じゃん。あーあ、やっちまったな、お前! みたいな。子供ができて、おめでたです! なんて素直に言える産婦人科医がどれだけいるか……正直赤様に対してお悔やみ申し上げたい人いるでしょ」
「ぜんぜんおめでたくないしね。人の子が産まれてめでたいことなんかこの世に一切ない! 当の赤ちゃんすらそう思ってるよ。あーあ! こんな夫婦のとこに産まれちゃった! 終わったわ! 愛なき現世に魂縛られたわ。向こう五十年くらい解放されない! 終わった! って泣いてる説、めちゃくちゃあるだろ、あれ、もう」
「で、マジで生後四年とかで終わらされたりするしね。ほんと令和どうなってんだよ。一番最初の『令和って響きは悪くない、平成より頭良さそう』って響きの評価くらいじゃない? マジで」
「だよな。めちゃくちゃじゃん。令和。てか、岸田政権。あの人が総理になってさ、幸せに笑えた日本人純血種、一人でもいるの? この前も埼玉でクルド人暴れたらしいよ。めちゃくちゃじゃん、埼玉。飛んでる場合じゃねえよ。パレスチナ問題の始まりが今まさに埼玉で起きようとしてるのに。めちゃくちゃだよもう」
「マジかよ……国の宝、最悪だな。国宝、最悪。歴代の紫綬褒章受賞者が褒章、叩き返して割りたくなるレベル。三種の神器と布都御魂剣と黄猿に謝れよ。失礼だろ、そんなん横に並べられたら。小学生が博物館行ってさ、草薙の剣、八尺瓊勾玉、八咫鏡、ときて、その横にクルド人並んでたら、どう思う? 景観台無し! 感想文何書けばいいんだよ。何書いても検閲されそうで何も書けなくなるよ。マジで困るよな、小学生が」
「めちゃくちゃだよ。先生も解説に困るよ。なんで三種の神器の横にクルド人並べなきゃいけないんだよ。『なんでクルド人が並んでんだよ』って、そんなの先生が聞きたいよ。小学生の先生なんて薄給の上に休日返上でプリントとか作ってんのに。博物館のスタッフも嫌だよ、そんな景観。あらゆる界隈に不利益しかない国の宝を国の宝と呼ぶその傲慢、めちゃくちゃ遺憾」
「その博物館、隣に岸田総理の息子も並んでそう」
「あるある。お友達もみんな一緒に並んでるよ、絶対。ピースして、息子とお友達たちセットで並んでる。小学生はマネキンのスカートの中に注目して終わるだけのコーナー」
「でも所詮息子のお友達だからな。っつって一瞬で背景に冷めて、沸きかけた性欲も治まる感じ。で、唾吐きかけながら『いこーぜ、公園でサッカーしたほうが楽しいよ! こんな国民の血税使って何してんだかも分からないクソ見てるより!』って子供たちが言ってボール蹴りながら公園に遊びに行くレベル」
「館長、お客さん入りませんね……三種の神器と布都御魂剣と黄猿、揃えてるのに、おかしいなぁ……」
「全部クルド人と息子の像が持ってってんだよ! 開館初日こそ、これバズったけど一瞬で廃れて、今やクチコミで毎日炎上してるし、もうたくさんだわ! おかしいのどう見てもクルド人だろ! なにが国の宝だよ! むしろ国の宝として、純日本人文化とモラル返せよバカ!」
「ちっすー。おくれましたー。ぶりんばんばんぼん」
「ってめー! 今、何時だと思ってんだよっ! とっくに会議始まってんぞ!」
「サーセン。ガチで昨日眠れなくて。え、てか、いきなりそんな怒鳴るとかこわ。えっぐ、もうこの仕事やめようかなー」
「なにそれ」
「え、これ? Apple Watch」
 めちゃくちゃ事務総長のレッドロックがガチで一兵卒のテンプル(側頭部)を撃ち抜くのだった。
「うあああああ、嫌い! ほんとう嫌い! ルフィ現れねーかなー。二十年越しに錦えもんたち現れねーかなー。国に都合よく右に倣ってろよ、永遠に!」
「どうどう。めちゃくちゃ事務総長、それはマジで。マジでそれはやりすぎだって。落ち着いて一回。一回、落ち着いて。マジでさ」
「流行の良い歯車になってろよ、永遠に!」
 ぽわぽわぽわ。
 ミカの頭の中では今日もそんな、いつ終わるとも知れない無駄な闘争が繰り広げられていた。
 あのちゃんを背負い、コタツを囲み、真ん中のピーナッツを摘むマギの横でミカは言った。
「キョロ死ねよ」
「いや笑。さすがに死ねは言いすぎでしょ、死ねは」
 マギはピーナッツを摘みながら、いつものことのように切り返した。
「そこまで言うことないじゃん。彼らだって全体の一として社会に企業にアイドルに、良いように貢がされ、流され、個人では何も為すことも主張することもできないまま、己を殺し続け、ただ寿命が尽きるまで生かされることを選択したんだよ」
「地獄に堕ちろ、ルサンチマン」
「でも、もしこの世がパイセンみたいな超人的な思想の個人だらけになったとしたら、それはそれで終わりですよ。だから、バランス。ルサンチマンが大勢いて、たまーにおかしなのが産まれてくるくらいがちょうど良いんですって」
「私、わかったわ。男とか女とかアースノイドとかスペースノイドとかで言い合うなんてくだらない」
「……?」
 毎度のごとく始まったミカ節にマギは首を傾げて気がついた。ミカは妙なフルフェイスのヘルメットを被っていた。
「オールドタイプとニュータイプこそが! 戦うべきだったのだ!」
「違うわ、にいさん!」
 リツが謹慎中の身にも関わらず出てきた。
 ミカは冷静に処した。
「違わねえし。アルテイシアは黙ってろよ。謹慎中だろ、お前。アルテイシアだってことがバレて」
「ちがうわ、キャスバル兄さん! 前後が違うわ、テキサスの再会があって、バレる、だから! あとジオリジンとシリーズアニメ、劇場三部作でもちょこちょこ違うから!」
「やかましいよ。百歩譲ってただのルサンチマンはまだいいんだよ。問題はスター的な仕事やってるくせに、中身ルサンチマンなやつな」
「あー」
 マギは突っ込まなかった。ピーナッツが好きだった。あとくるみとアーモンドとカシューナッツ。となんかポップコーンを揚げたみたいな奴。とにかく豆は止まらなくなるのだった。
「あいつら何なの。今をときめくスターのくせに話してる内容ただのそこら辺にいるOLじゃん。流行っているもののプロパガンダしかしてないじゃん。ぶりぶりばんばんじゃねーよ。流行る前に見つけた! とか、過去作からやり続けてまさかの新作に牽引したり、自分の活動でミラクルや旋風一つでも巻き起こせて初めてタレントじゃねーの」
「あー。そりゃそうだわ」
「大部分、世間の流行りに迎合してるだけの普通の人じゃん。ダメでしょ。そんなのがちやほやされてちゃ。誰でも言える、誰でもできるようなことじゃん。そりゃ人生運ゲーとか言いたくなるよ、若人も」
「でも夢ありません? 普通の人が、何かのきっかけでバズる」
「それがそもそもの過ちなんだって。本当に普通の人がバズったらダメだし、大概普通に見せかけて普通じゃないんだ。本当に普通の人だったらバズることはできないし、なろうとも思わないほうが幸せなのに、それを夢見させて搾取してる。だからSNSのいいね文化は害悪だし、勘違いした主婦の自己顕示欲を触発させたわけでしょ」
「あー。まぁ、ルフィがさ、海賊王に——……おれ、なれんのかなぁ……っていちいち悩んだり、流行りはスマイルだからってベラミーみたいになる普通の人だったら、誰もついてこないよね。大物ってのはどっか、初めっから見てるとこが違うっていうか……それがあってこその大物というか……なるほど。普通の人が何かの間違いで大物のお面をつけさせられてたら、そりゃ大義もなくわがままなだけになりますよね」
「そうそう。神のさ、従姉妹が夢の国出身なんだけど」
「マジで?! すごっ。倍率すごいらしいじゃん」
「うん。めちゃくちゃ厳しくて数年で体調崩して辞めたけど。元々年間パスとか買って通ってるような人で、本当になっちゃった人。兄貴は落ちて、妹は受かった。で、やっぱキャストになったからには覚悟を決めるんだって話してくれたことがあってさ」
「あー。なんか線が引いてあるらしいね」
「うん。ここから一歩外出たら、あなたはあのキャラなんだ! もう仕草から何から、演技レベルじゃなくて、その者に成り切る覚悟を持てってのは有名な話じゃん? で、そういうもんなんだって私も思ってた。だから、プロって、あー格好良いなぁって」
「あー。そりゃそうよ」
「でもさ、最近みんなその意識ゆるくない? そこんとこ。しょーじき、ゆるいと思わん?」
「あー。その業界に限らず、というか日本全体的にね。なんか芸能人というか、人気者には甘い。ま、でもSNSやネットのバッシングもまた苛烈になった所以というか。ありますよ」
「とはいえ、だよ」
「まぁ、そうですよね……とはいえ、それもまた過剰っていうか……演者も普通の人なんだから~って擁護から、一気に増えたよね。そういう風潮が。でも正直それって、ハードル下げすぎじゃない? 夢って、そんな楽に務まる仕事なの? とは普通に思うわ。候補生時代にジャンと言い争ったときのエレンの理屈。憲兵団入って楽したいがために体術を学んでるって奴。あれを地でいってる感じしますよね」
「そう。そういう覚悟が足りない奴が、後になって、あーだこーだと言い出すんだよ。夢の国のプロキャストたちに笑われないくらいの仕事をしよう、ってやってたら、早々そんなことにはならないと思うし、そもそも枕みたいなことも蔓延らないんだと思うわけ」
「あ、それ。枕はともかく、普通にいいですね。パイセンらしからない良い言葉」
「そう? 枕って松ちゃん関連もあるし、最近問題になってんじゃん。あの手のややこしい話ね」
「うんうん。確かに。言い方は悪いですけど、その人が己の才能で勝負できない雑魚だけどこの特需を離したくない、ってことで大樹の陰に擦り寄るわけですからね。で、その大樹となった人が潤ってしまい、増長もしてしまう。すり寄った方も悪いんですよね。なんか、どっちかが悪い! と決め打ちしたい人いますけど」
「そういう半端者に、プロ特需与えるから業界が禍ってくる。腐ったリンゴ理論は言い方もあるけど、そんなに間違ってないと思う。地盤から腐ってくるんだ。雑魚ってのはすぐ群れるしね、クルド人みたいに。そうやって地盤を築いて、ここは俺たちのものだって主張を始めて、厄介なことになる」
「元々上岡龍太郎氏も常々こんな仕事はちやほやされてはいけないとかそういう立場でしたしね。芸事とヤクザ者は切っても切れない関係にあったというか」
「だから、いっそルサンチマンには白か黒かはっきりする制度をくれてやったらいいんだよ。組み分け帽子みたいなので」
「待て。スネイプとリリーの悲劇を忘れたとは言わせないぞ」
「しかし、だ。曖昧かつゆるくなった現代においては、巧妙かもしれないよ? 決められた方が楽って人もいるでしょ? 私みたいのは結局、決められたところで反発するんだし。ルサンチマンは居場所が確定し、似た者同士ってことで帰属意識も芽生えて虚栄を張る必要もなくなる。組み分け帽子は今の日本には合うと思う」
「スリザリンの比率がすごいことになりますよ」
「あー、その問題はありそうだけど……」
 ミカは総括した。
「とにかく一般人が流されるならまだしも、それをスターになってまでやってるようなのは、媚び売り野郎と思われても仕方がない。元々本当にその作品が好きな人からしたら、寄ってくんな! って言いたくもなるよ。やってることはイナゴそのものなんだし。仕事だからって言い訳すんな、選んだのはお前だろうがって話でしょ」
「それは……わかる人も多そうで怖い」
「人生運ゲーなんて言われちゃうのさ、こういう人たちが成功者面してのさばってるからじゃね? 真贋あるだろうけど、贋作は徹底して排除される本当に厳しい世界なら、誰も文句言わないと思うよ」
「でも、理想論ですよ。それもまた……あぁ、人間って……」
「ルフィたちワノクニにこねえかなぁー」
 久々に重たい話になってしまったのだった。





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