やる気ない天使ちゃんニュース

白雛

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第七十三回『血のバレンタイン』

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「こちら毎日天使ちゃんニュースの者なんですけど~」
 VTR内。リポーターを務めるのはリツ。声をかけたのは大学生らしき若者の集団だった。
「あれ、天使? 天使じゃん! やっべ、今年のバレンタイン◯◯駅前に天使出た!」
「うお、ちょ、ちょっと写真お願いしていいですか?」
「いいけど、一パシャ一万な? あと羽根黒いだろ? 誇り高き堕天使だから、私。私は私が悪であることを自覚し、そのことに誇り持ってる堕天使だから。そこんとこが先輩たちとは違うわけ。わかる?」
「あー色々あるんすねー天使も(めんどくせっ)」
「そうそう。司会がとんでもない頭のドグサレビッチだしさー。マジで誰とでもやるからね。何なら公園に散歩行くじゃん。犬を散歩中の殿方いるじゃん。そのペットとドッキングして殿方からペットを寝取るような……」
「うぅ……ああぁっ……」
「こら、あのちゃん。今、収録中だから大人しくして」
 ミカは幸いこのシーンを見ていなかった。後ろから覆い被さったあのちゃんの白い両腕と戯れているのだった。
「……と思ったけど、なんか君らじゃダメだわ。君らは私らの求めてるインタビュイーじゃなさそう。君ら見たいのはゴマンといんだよね」
「えー天使のお姉さん飲みに行きましょうよ!(絶対ノるな。絶対ノるな!)」
「うるせぇよ。そういう馴れ馴れしいとこがほんと大学生、嫌い。私はお前の友達じゃねえんだよ。こんな奴等ほっといて次行くぞ、中村」
「よっし……あ、お疲れ様でーす!」と大学生。
 というわけでカットを挟み、場面変わってダッフルを着た冴えない感じの眼鏡を捕まえた。
「いた! あれだ!」
 リツは興奮気味に言って、マイクを向けた。
「こんばんみー。私たち、天使ちゃんニュースの者なんですけどー」
「えっ……あっ、えっ?」
「ちょっと今、いいですか? 番組の企画でちょっとお話聞かせてもらいたいなぁーって」
「あ、え……あ……」
「お名前は?」
「ヌーマチャイ・ウェンデチャイ・タナカです」
「ヌーマチャイ・ウェンデチャイ・タナカ! 田中(仮)くんですね。じゃあ、さっそくなんですけど、田中くん、今日何の日だか知ってますか?」
「聖バレンタインデー……ですか?」
「その通り! 具体的な問いかけには即答しつつ、しかも頭にきっちり聖つけちゃうとことか如何にも潔癖症って感じでいいですねー。私ら、あなたのような人を探してたんです」
「はぁ……」
「そう、今日、聖、バレンタインデーですよね笑。えっと今は仕事帰り? あ、バイト帰りですか?」
「あ、えっと。今日はちょっと、その……あれで」
「ふむふむ……あー! なるほど。あれ、ですね笑。あれだったかー。あれでした!」
 リツはカメラに向かって禍々しく微笑んだ。
「……最低最悪のリポーターだろ。もうこいつさー。実況見てみたい。満場一致で氏ねの嵐だろ……」
 マギが突っ込んだ。
 リツの尋問は続いた。
「えー、田中くんの本日の予定はあれだった! ということなんですけれども、ぶっちゃけ! ……もらえました?」
「……え。あ……ええと」
「ああっと! 田中くん、ダメです! それはダメですよ?! お母さんはカウントには含まれません! お母さん以外の誰かからの奴だけでお願いします!」
「……こんな時だけほんと、頭の回転早くなるよな、こいつ。マジで邪悪そのもの」
 ワイプで笑い合うマギとミカ。
「はい。じゃあ、はっきり、ぶっちゃけ、正直に、お答えください! 本日の戦果を、どうぞ!」
「……あ。え、と……ないです」
「え? すみません。風が強くて、もう一回お願いします」
「…………」ワイプで苦々しい顔をするマギ。
「ないです」
「あぁっと! 突然回線が! マイクの調子があれだなー。ごめんなさいね。田中くん、泣きのもう一回! お願いします!」
「ないです」
「あらあらあらあら! 一個も?」
「…………」
「きついきついきついきつい……」
 マギが言う。
「これ……これさ、あー。コイツ殺したい……この空気さー。中村よく平気だったな。このカス、隣にいて殺したくなったでしょ」
「あぁーそれは残念でしたね。敗因はどこにあると思われますか?」
「もう黙らせろよ、喋んな。何も。このリポーター。マジで。口開くたびに画面の向こうの誰かをキレさせてる」
「……えー、そ、そうですね……」
「私が思うに、田中くんはもうちょっと自信を持ったほうがいいかもなぁ。もっと堂々として、はきはきと喋らないと、こう、女の子もノってこないというか。だよねー? 中村」
「…………」
「ほんと寝室に現れた時のGよりも嫌い、この女性リポーター」とマギ。
「まぁまぁ。そんなに落ち込まないで、たかだかお菓子企業の毎年恒例販促イベントですよ。だけど、それを隣で十分に楽しんでる人たちもたくさんいるんですけれど、交われない人がいることもまた多様性ですからね!」
「そ、そうですよね……は、はは……」
「負けんなー田中。たぶん全ての視聴者が君の味方だから」とマギ。
「じゃあ、そんな今日のイベントで負けちゃった組合代表田中くんには、私からチロルチョコあげます。はい。三十円チョコ。やったね。これで今年のバレンタインは一個、成人してる女性からもらえた! 今そこのコンビニで買ってきた奴だけど笑。これで明日からも頑張って……あ。田中くんの場合は、じゃあ、明日からもあれを頑張ってもらいましょう笑」
「地獄に堕ちろよ、このリポーター」
「じゃあ、そんなとこで次のカモネギを探していきます! 次!」
「…………」
「うぅ……あぁぁ……」
「あのちゃん。大人しくしなさい」
 ミカがあのちゃんと戯れる声が虚しくスタジオに響いた。
 一旦VTRに区切りが入って、マギは言った。
「あー、自社の、しかも自分の出てる番組でこんなこと言いたかないんですけど、チャンネル変えない? 高橋、今日あのクソアマ来てないんだけど、どういうこと? 先輩権限で呼びつけてよ。殺したい」
「まぁまぁ最後まで見てみて」と高橋。
「えー今日もたくさんの無惨な負け組が哀れでしたねー。チョコもらえないくらいで落ち込むなよ。ってか、あれですよ。ここで気をつけなきゃいけないのは、なまじ中途半端にチョコをあげちゃった時のこと。それて勘違いしちゃう人もいますからねー。昨今はそれも怖くて、女子もなかなかあげにくい。義理だって明らかにわかるような状況でも、年齢=彼女いたことない人たちはわからなかったりしますからねー」
「あ、リツさん。後ろ……」
「あ……?」
 場面は路地裏だった。中村がカメラを回しつつ、収録自体は切り上げの総括に入った段階だったが、そこで、中村は路地裏の向こうを指差した。
 表通りの明るみを逆光にして、影がぽつんと立っている。
 目元につけた分厚いガラスが反射して、きらりと光った。
 その日初めにインタビューした田中だった。
「あれ? 誰だっけ? どっか見たことある気が……」
「ゴムゴムのぉぉ……」
 田中は小さく呟いていた。
 反射するものは目元の二枚のガラスの他にまだある。
 手元で光る刃物だった。
 次の瞬間、田中は一目散に駆けてきた。
 路地裏の四角く切り取られた空を照らす白い月明かりがその全身を照らし出すとき、すでに田中は手に持ったそれを振り上げていた。
「……レッド・ロックっ!」
 田中は刃物を振り下ろした。
 リツの胸に、腹に、顔に、何度も、何度も、何度も、何度も。リツがその場に倒れ、力無く横たわってからも、田中は何度となく振り下ろし、銀色に輝く刃渡り二十センチほどの包丁を突き立てるのだった。
 中村は呆然としながら、これもまた宿命と思って、カメラを回し続けた。
「女って本当クソ——」
 VTRが途切れた。
 スタジオはお通夜状態だった。
「あぁ……ううぅぅ……」
 ミカは変わりなく背後からよじ登ってくるあのちゃんの相手を続け、マギはぼそっと言った。
「残当(残念でもなければ当然)……」
 翌朝、スポーツ新聞の一面をかざった。
 容疑者ヌーマチャイ・ウェンデチャイ・タナカ(二十三歳)は被害者リチア・ベッティ(二十六歳)を何度も包丁で突き立てた。その刺し傷は計十六ヶ所にも渡り、容疑者には強い恨みの念があったと推測される。容疑者タナカと被害者の間に交際関係があったかは現在取り調べ中。しかしながら容疑者は『刺されて当然の堕天使だった』と繰り返し供述しており、ミカとマギ、その他当該番組の収録関係者並びにテレビ局は即日で深く謝罪。全面的に容疑者の肩を持つのだった。





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