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白雛

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第六十三回『呪物と悪魔』

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 ある朝、出社すると見るからに怪しげな掘立小屋が建っているのだった。
 その看板を見上げてマギは言った。
「『出張メンヘラ! お悩み相談所』……?」
 入り口から長蛇の列がビルに沿って続き、裏路地まで貫通して、建物の裏側にまで延々と続いているようだ。
 入り口には物々しい顔の小鳥遊と中村が仁王立ちで構えており、列の周りでところどころ見覚えのある悪魔たちが行き交っている。
 皆、妙竹林な……絶対近寄らないほうがいいレベルの怪しい奴しかつけない、あの小さな丸型サングラスをかけていた。
「……なにやってんだ、こいつら」
 マギが呟いて、掘立小屋の中を覗こうとしたその時、小鳥遊と中村が立ち塞がり、さらに奥から現れた何者かの張り手で突き飛ばされた。
「ちょっとちょっと! お客さん……困るんだよねー! 順番はきちっと守ってもらえないと……いるよねー、駅のホームとかでも後ろに並んでたくせに電車が来たとたん当然のように前に出てくる人……いっそ轢き殺されてしまえばいいのにっていつも……あれ、マギ先輩じゃないですか」
「気付くの遅すぎだろ……絶対わかってて最後まで言い切ったろ……」
「何のことやら。この丸っこい小さな、明らかに強キャラ感だすための小細工みたいなサングラスかけてると、前が見にくくて」
「なら外せよ。……はぁ。なにやってんの。しかも、もしかしてこれ、ウチのスタッフ総出なのか?」
「そうです。思いの外バズっちゃって。いやーこわいこわい。SNSの評判って怖いですねー。いつ、何時、なにがバズるかわかったもんじゃない」
「白々しい……で、なにやって」
「あ、マギさーん」
 入り口で悶着していると、列のほうから気付いたらしいタマがいつもの甲斐甲斐しい素振りを見せて寄ってきた。
「こんにちは! 見てください! この長蛇の列! 凄いですよねー! やっとミカさんが世間に認められたっていうか、私、もう嬉しくて」
「パイセンが……? あのアホが何かやってんの? 中で?」
「発案は私です」
 リツが起源を主張するように胸を張って言った。
 というのも、先日二人で歩いていた時の、ミカが話しかけられやすいという一件を聞いて、リツが皮算用。そろばんを弾いて、金に変える仕組みを構築したのだった。
 それが……。
「『出張メンヘラ! お悩み相談所』……」
 マギは呆れ果てながら再度呟いた。
「まぁ人間ってこんなの大好物だからなぁ……」
「しかも私らモノホンの天使ですしね」
「やってることは悪魔そのものだけどな。ねぇ、そろそろパパ(ゼウス)ブチ切れるんじゃないかなぁ」
「おや? その歳になってまでまだ親が怖いんですか? さすが腐りは違うなぁ、やっぱ親の金でグッズ揃えてるとそうなりますよねー」
「偏見がすぎんだろ! 皆きちんとバイトしたり、色々やって推しに貢いでるよ」
「我々もそろそろ推される側にならないと」
「まぁ……それは……確かに……」
 一方で人間たちのお悩みに興味がないマギではなかった。
「ねぇ。これ私も入れるの? 第一パイセン一人に任せて大丈夫?」
「はい。もうかれこれ六時間ぶっ続けですけど、定期的にバファリン投与してますし。ミカ先輩ってああ見えて面倒見はいいほうじゃないですか。むしろ、いつもそれで損する人というか……」
「完全にブラックじゃねえか」
 マギは言うなり警備の二人を振り切って中に入った。
「あー、待ってください。従業員はこっちからです」
「うっせえ守銭奴」
 マギは言いながら、小屋の中に踏み入った。
 中は占いの館のように薄暗く、怪しいお香が焚かれ、奥にさらに小さなブースが設けられている。
 青い灯りがパーティションの向こうから漏れている。大きめにかけられたカーテンを覗くと……。
「……彼女の結婚指輪買ったんです。けど、向こうは本気じゃなかったっていうか。その時点で結婚してて、それも離婚もしてて旦那を誹謗ちゅうしょ……」
「あーこれ、特級呪物ですねー。最近多いんですよ。通販で買ったでしょ?」
「ハッ……ど、どうして、そのことを?!」
「私ゃ天使だよ? そんくらいのことお見通しだよ」
「あ、あぁ……僕はこの指輪、どうしたら……」
「捨てろ。可哀想だと思うけど、人生にはね、そういうこともあんだよ。いい? まとめなんか見ちゃいけないよ。底辺も底辺、昼から何もすることのない人たちがクダ巻いてるだけだから。そういう人を集めて、アフィで儲けようって人が起こしたサイトだってことを忘れちゃいけない。ネットの暴言なんか、気にすんな。あなたはあなたの力だけを信じればいい。他人を信じたら負け。自分だけの力を信じ、決して他人に心を許さず、狂犬のように他者を憎みながら強く生きてゆけ」
「は、はい……!」
「まず筋トレして、いつでも自分に舐めた口聞いてきたやつ殺せるようになっとけば、なんか気持ちにこう余裕ができるから。なんかピーチク言われてるけど、コイツ片手でひねり殺せるしなーって余裕ができるから」
「は、はい……!」
「うん。そんなとこかな」
「そんなとこかな、じゃねーよ! 特級呪物かかったやつにさらに呪いかけてどうすんだよ! 悪魔になる、次はこの人Vの悪魔になっちゃう」
 マギはたまらず突っ込んでいた。
 お客の大学生っぽい青年とミカの目がマギに向いた。
「あ、マギ……ごめん。今、仕事中だから……あ、心配しないでくださいね。こちらもウチのスタッフというか、天使だから」 
「はぁ……」
 大学生がすごすごと退散しかけた時だった。ミカは立ち上がって、玄関まで見送り、なんとその大学生の頭に手を乗せるのだった。
「よしよし。次は上手くいくよ。今日来てくれたおかげで私はあなたのことを知れたから。ずっと天使の目で見てるからね」
「あ……」
「…………」マギは死んだ目でそれを見ていた。
「は、はい……ありがとうございますっ! 筋トレですね! ムキムキになってまた来ます!」
「うん。誰が何と言おうと私は君のこと応援してる。期待してるからね」
「は、はいっ!」
 そうして良いようにたぶらかされた大学生の背を見送ったのち、マギはミカの頭をはたいた。
「……お前もきっちり営業してんじゃねーか」
「え? だって、仕事だし。こんくらいやるでしょ。私になでなでされた時の彼の目を見た? このコンクリートジャングルではね、こんくらいの癒しは必須なんだよ」
「それ特級呪物も似たようなこと言ってそうなやつ! 可哀想! あの男の子の人生が可哀想! 結局貢ぐ相手が変わっただけじゃねーか!」
「私はー、むしろ本人登場してるし、顔も出してるし、何なら直接その手でなでなでもしてるしー。そのくらいの給料もらっても良い仕事してるじゃん」
「最低! かつて同じようにVに傷付けられ、痛みを知ったパイセンはどこへ行った!」
「違うよ。嘘ってわけじゃない。本当に彼に立ち直って欲しいから、私は私に出来ることをしてるだけ」
「それが営業だっつんだよ! あー、なんでこんなメンヘラのお悩み相談所にこんな長蛇の列ができたか、わかったわ……」
 マギは言いながら、ちらっと外を覗いてみると、その予測通り、並んでいるのは男ばかりだった。中にはちらほらイケメンも混ざっているものの、大概は冴えない感じのやつだ。
「お前、これ、風営法とか色々あれ、大丈夫なのかな。ガザ入れされたら……」
「平気でしょ。別にやましいことしてないし。私は見送りに出て、その時ちょっとフレンドリーに接しただけ」
「それ風呂屋と同じ言い訳」
 マギが唖然としていると、入り口から声が張り上げられた。
「ほら。何油売ってんの。次のお客さん入れるよー」
「あ、はいはーい。マギはじゃあ後ろ隠れて」
「えぇ……」
 入ってきたのは中年の男性だった。入ってきた時点で息荒く、はぁはぁはぁはぁずっと言っている。
「はぁはぁ……今日も営業ついでに寄っちゃった、ミカちん」
「わーありがとう!」 
「これ差し入れ。そこのミスドで今買ってきたやつ」
「あーごめんなさい。食べ物って頂けないんですよー」
「はぁ? ちゅぽん。今そこで買ってきたやつだから平気でしょ」
(何のちゅぽん音だろ……とはいえ、ヤバそうなの来た……)
 なんだかんだ楽しむマギだった。
 続くのだった。





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