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第五十二回『人はまっすぐ歩けない』
しおりを挟む「実は二篇に分けてましたー」
「アルファで見てくださってる方はもう慣れっこでしょうが、たまにメン限と称した特別ギャグなし回が夜中に更新されることがあります。今回は特別に通常回だけど」
「なんかX見すぎて色々考えてしまってさ。助けてよ、マギ」
「考えないで寝ろ。終わり」
「えっ……」
言うなりマギはくるっと半回転。そっぽを向いて寝てしまうのだった。その冷たさときたら、ハムスターも回し車を回す仕事を放り出してケース越しに様子を伺いにくるレベル……この部屋にはいなかったが。
助けて。
その一言は、気高きプライドが災いして、普段他人の前で本音を漏らすことのできないミカが、マギだけに見せるか弱い一人の乙女である証……そして、マギだからこそ断腸の思いで振り絞った精一杯の悲鳴であったかもしれないのに……。
「人って、そんなに信じられないものなのか。サラに利用され、人間不信に陥ったカツのごとく侘しげに漏らしたミカの悲痛な訴えを聞く者はいなかったのだった……ちらっ」
「…………」
「マギ……? え、本当に寝たの?」
「…………」
「よし。では、歌います。Dragon Ashでファンタジスタ。ディンディンディーン、ディレレン、ディンディン……(中略)(サビ)ウォ——」
サビに入った瞬間、マギは全霊をこめてミカの頭を打ち下ろすのだった。
「何してんだっ! クソボケがっ!」
(ちょ、ちょ、マギさんっ! メガホン忘れてます!)
ビッチの地縛霊がとっさにメガホンをマギに渡すと、マギは続けて、二回、三回とメガホンでミカの頭を叩いた。
(ちょ、ちょ、マギさんっ! ダメですって!)
ビッチの地縛霊の制止を受けて殴るのはやめながらも怒りのおさまらないマギは「このクソボケ……クソボケがっ!」と唸り続けた。
ミカは片手で頭を押さえ、もう片方の手でメガホンを指差しながら言う。
「めちゃくちゃ痛ってぇ! あれ! ……あ、あの、今のタイミング、叫んで起こすやつかと思って……」
「みんな夜だから寝てんだるぉっ……お前、次はグーだからな」
(ギャハハハ)
ビッチの地縛霊の笑い声が止むと、マギは改めてミカと床につき、天井を見ながら言った。
「……で? なに考えたんですか?」
「え……」
「だから……色々考えてしまってって言ったじゃないですか、パイセン。聞いてほしいんでしょ? ほんとクソボケかまってちゃんなんだから」
「あ……あー、さっきの殴打で私、記憶が……」
「グーでいくっつったよな?」
「わかった。ごめんなさい」
ミカは即座に返答すると、続けて話し出すのだった。
「まぁ知ってる人もいると思うんだけどさ、Xで突如最近のなろうおかしくね? みたいなポストが流れたんだ。結局よくいるマウント取りたいだけのしょーもない若僧だったんだけど」
「ふむふむ」
「そのとき思ったの。あぁ、私も周りからはこんな風に見えてるのかな……とか。決してその話自体は間違ってはいないと今でも思ってるんだけど」
「すなわち、どんなことですか? 具体的に」
「つまり、創作って本来自由なのに、似たような話ばっかりだって」
「いつもパイセンが言ってるみたいなことじゃないですか」
「そう。だから一瞬感動した。けど、作品はタイトルからして興味出ない感じ。エンタメってよりは自己満足。続けてのポストで、『めっちゃ叩かれてるけど、まだ単なる19の女子ですよ』だって……さらに彼氏待ちアピール付き」
「うわぁ……いや待て。パイセン、言わずもがな、パイセンなら分かってると思いますけどね、オタ女子だって……」
「うん。分かってるよ。オタ女子だって、あそこまで卑劣じゃない。けれど、なんかさ……」
(私が呪ってきてやろうか……?)
ビッチの地縛霊が言うと、ゆっくりミカは返した。
「気持ちだけ受け取っとくよ、ポル子。ありがとね」
(うーん……クソみたいなヤツはいるよ、ミカ。自分がそうならないようにすればいい)
「(当たり前のように話してる……てか、ポル子って呼んでんの……)」
「若気の至りっつーのもわかる。けどハンパ者ってのは、やっぱ目の毒だなぁって……あれ。アバッキオが民衆に抱いたのと似た感傷……」
「あー警官として守るべき民こそが、警官の目を盗んで罪を働いて……ってヤツでしたっけ」
「そう。私だって親ガチャの気持ちとかわかるし、老害嫌いだし、若者の味方もしたい。けど、あんなんも実際いるわけじゃん……口だけ達者で中身が伴ってない。いざとなれば未熟さを盾に、放り出して逃げる……卑怯者が。だから、それもまた嫌になるんだよ」
ミカはずっと天井を見ていた。
続けて言った。
「IQが140いくつーとかプロフに書いてたけど、そんなんテストによって数字の価値なんか変わるし、ポスト見た感じ全然高い感じしなかったけどね。語るに落ちるっていうか……」
「それはまた嫌なもの見ましたね。でもパイセン、口酸っぱくして言いますが、そんなヤツばかりでもないのが人間ですよ」
「でも書いとけば信じるヤツもいるのが人間だ」
「…………」
「嘘つきや詐欺師や卑怯者はみんな死ねばいいのに。そんなのがいるから、誰もが隣人を疑うようになるんだ」
「(……そして、騙されるほうがバカだと言われる。性悪説が蔓延る。しかし嘘も方便なのは事実で、ネタにマジレスされる、というのもまた厄介なものだ……通常、他人なんかどうでもよくて、周りだけで済んでるところ……パイセンは違う。余計に気の範囲を広げて、世界全部の情勢をまるで自分のことのように一緒に傷ついてしまうのがパイセン……)」
そんなミカをマギは見ていた。
「(前にも言ったけど、純粋すぎるんだよ。それは本来悪い意味ではないはずだけど、今の時代では、はっきり悪い。ねじくれていいのに、ねじくれられないで、それが為に生きづらい……)」
マギはふと深淵に潜り込んだ。
その時、ハッとする。
「(あれ……てことは、だ。逆。逆——じゃないか? 純粋な人ほどそうして生きづらく感じるというのであれば、この時代を不都合がないように生きられてる人というのは……?)」
——私は逆だと思ってるからね。
いつだったか。ミカの言葉を思い出して、マギは戦慄する。
「(あれは——こういうことか? あの時も……そうだ。世間ウケがいいネタと、そうではないネタ。嘘だけどウケがいいネタと、真実ゆえに受け入れられないネタ……? 都合のいい嘘を求める世間と、真実を声高に訴えるがゆえに受け入れられないメンヘラ……?)」
マギは近づいてはいけない真理に辿り着こうとしていた。思考が加速する。
「(メンヘラは俗に距離感がおかしいとか狂ってるとか言われるけど……逆? 逆なのではないか? ——こんな歪な世界で狂わずにやり過ごせている一般市民、大衆のほうが狂っている——? メンヘラこそまともな感性の持ち主で、そうであるがゆえに、この歪な世界の常識には交れず、正気が保てない……だから狂うのか?)」
マギは頭の中で首を振るうようにかき消した。
「(……私こそ考えすぎだ。パイセンに中てられたのかも……そもそもどちらが正しいとか悪いではない、はずだ……いや。……いや、そして、どちらを選ぶのか——それが、人か……)」
力への意志、善悪の彼岸。ニーチェの説いたこれらの著書のタイトルは、人が真理に近づく道程を示したものであるとされる。
まず力への意志。強力な力に魅せられたり、憧れ、近づこうとする。そこで善悪の彼岸に至る。
善として生きるか。
悪として生きるか。
そして生きるということを考えるとき、長い人生がその誉れだとするか。あるいは短くとも己を貫いたことこそを"生きた"と言うのか。
だとすれば、この歪な世界でまともなのは……果たしてどちらだろうか。
人間として?
では、人間とは、なにか?
善か、悪か。
あなたはどちらであることを選ぶ?
「(……パイセン……ミカ……正直、私は……それでも……禍っても、ミカに長く生きてほしい……そう思って矯正しようとしてしまうのは——悪なのだろうか)」
そして再度隣を見たとき、ミカはスヤァしていた。
人を歌い起こしておいて自分は先に寝るとかいう傍若無人極まりないこの暴挙に、とっさに拳がでかけたが……マギは堪えた。
「(ヤバいな……ほんと、百合物にする気はなかったのに……)」
少しミカの寝顔を見ると、マギも布団をかぶりなおすのだった。
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