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第三十六回『もろすぎた世界の惨劇』
しおりを挟む朝、目が覚めると、パイセンは隣にいなかった。
代わりにもこもこのパーカーを着た地縛霊のビッチが信じられないほど大きないびきをかきながら寝ていて、その顔面に一発入れつつ、マギは慌てて飛び起き、玄関に走る——。
——と、そこには、ぱんぱんに膨れ上がったミリタリーバッグを背負い、今まさに遠足(遠距離侵略足術訓練)に旅立つ新兵のごときミカの姿があった。
さながらプレゼントのたくさん詰まった袋を背負うサンタクロースのように見えないでもないが、その色合いは完全に相反し、全身は迷彩。頭までヘルメットで覆ったミカの場合は完全に旧帝国軍人のそれ! ミカの渡すプレゼントは血の通わない鉛玉、黄泉への手向けに違いなかった。
「よっこいしょういち——っと」
「あ、あんた!」
マギは駆けた。
ミカが振り向き、応とも答える間もなく、マギは廊下を走り寄り、立ち上がったその首に飛びつくように! 両脚をかける! これは——!
そして! マギ選手、そのまま勢いを殺さず自らの身体ごと一回転! 宙返りを決めて——! ミカ先輩の身体を地面に叩きつけたーーーーっ! 出たっ! 出たーーーっ! 武藤敬司渾身の必殺奥義! これぞ、伝家の宝刀! フランケン・シュタイナー! だぁぁああーーーーーっ!
「さぁ、プロレスファンなら誰もが知っているゥ、伝説の大技からのスタートとなりました、家庭内プロレス! 前半戦、この立ち回りはどう見えますか! レイ先輩!」
「そうね。バッグの重みも相まって、もう首が取れてしまいそうな感じだったからー、ミカちゃん、今回は蘇らないかもしれないわー」
「バラエティ、ギャグコメディならではの発言ですねっ! そうです、ご都合主義のコメディだからこそっ! 何でもありの混沌な一回一回にその魂が込められるっ! さすが前々回冒頭、いきなりの発狂でマギ先輩から手痛いレッドカードをもらった方のO・KO・TO・BAー! 説得力は局内一! ちなみに実況はわたくしリツが、解説はレイ先輩でお送り致します! マスコット・ゲストにはラドンさんを呼んでおります! どうですか、ラドンさん、この、クリスマスったらプロレスだろ! いやそれは大晦日か! ダッハッハッ! というノリは!」
「ぴぎゅー……がぁ、があー……」
「『アイドルと年越し? しょーもな。絶対こういう奴とは関わりたくねー、人間性が腐り落ちて腐海を作り、今に自然界を死に追いやる』と言っております! 明らかに言い過ぎだろ! さて、もしかしたら単なる朝の散歩だったかもしれないのに、いきなりのフランケン・シュタイナーを喰らい、困惑していたミカ選手! 首をさすりながら立ちあがり……あーっと! まだ呆然としている! 効いてしまったのか!」
「寝起きに飛び出してきた恋人がフランケン・シュタイナー放ってきたらねぇ」
「ぴぎゅー……がぁ、がぁー……」
「うんうん。ゲストのラドンさんも、『ピロートークが雑な男は、あれそのものの上手い下手よりも心に刺さるものがある。賢者タイムに見せる姿勢こそ女性はより具に着目している。その負債が朝の態度に出た結果の悲劇だろう……俺も気をつけたい』と言っております! いきなり何を言ってるんでしょうか、この鳥獣は! やっぱりゲストも頭がおかしいのか! あ! しかし……? ここで、マギ選手……あれは十トンハンマーを持ち出して……! まさか! 更なる追撃を加えるつもりだ!」
「泣いているわ……別に憧れではなかったし、正直目の上のたんこぶだったはずの先輩でも、なんで私がこんなビッチの始末をつけ、その十字架を背負わなければならないのかと泣いているわ」
「ぴぎゅー……がぁ、がぁー……」
「『その通りだ。汚れたコップの後始末に追われる全男性の気持ちを図らずも悟ってしまったゆえの悲劇……俺も気をつけたい』とラドンさんも言っています! どうしたことでしょうか、誰もミカ先輩の心配はしないっ!」
リツは唾を飲んで、さらに苛烈にマイクスタンドを持ち上げた。
「しかし、さぁ、走り出した時計の歯車はもう二度とは止められない……! あの日の私たちにさよなら! あーっと! しかしミカ選手、この期に及んで、力無く手を挙げ『ちょ、待てよ!』と言っているかのようー! いえ、違いますね。キムタクではございません。長州力でございます! 武藤のマギときたら、ミカ先輩は長州力に決まってんだろうが! 待てよはキムタクだけのフレーズでは決してございません! 長州力も基本、何言ってるんだかわかりませんが、似たようなことを言ってた記憶がございます!」
リツは急いで水を含み、飲み込むと続けた。
「しかし、これはどうやら……ミカ選手、降参の意思を示しているようだ! そうです。言う時は言うし、ボロクソにどこかの誰かをけなす一方、自分はちょっと殴られたり、元推しにシカトされたくらいで、すぐ哀しい過去を告白して憐憫をつのる、まさに国産RPGのド汚いラスボスのやり口ぃ! それを絵に描いたような醜悪な立ち回りを見せてまいりましたミカ選手! 弱さを盾に陰で好き勝手する卑怯者っ! その様は無惨か吉良吉影のようだ! 特性は間違いなく『にげごし』か『ききかいひ』かのどちらかでしょうが、どちらでも効果は同じだーーっ! 救いようのないクソ特性持ちでがっかりさせられるナンバーワンポケモンといえば、そう、彼女、グソクミキャ! 逃げ恥の女帝とは私のことだ! 口先だけのペテン師とはお前のことだ! ミカティエル・ロビンソン! 二十◯歳! ここで生涯のゴールテープが今! 後輩の手によって、今! 断ち切られようとしていますっ! やっちまえーーーっ、マギ先輩ぃぃーーーーっ!」
「…………」
「ゲストのラドンさん、なにか?」
「…………」
「さすがに言い過ぎだから、そうだそうだとは言わないのねぇ」
「ぴぎゅー……がぁ、がぁー……」
「そうだそうだと言っております! ……と、そうこう言ってるうちに、おや……? これは……いったいどうしたことでしょうか?! マギ選手?! なんと?! 十トンハンマー、冴羽了を殴り続けた伝説のハンマーを取り落とし……本格的に泣き始めた! これは……あぁっ、なんということでしょうか! ミカ選手、ついに後輩を泣かしたーーっ! 喧嘩の末に見せる女の涙……! これはきたな——いえ、これも武器であります! あるものは全て使い、生き残る現代サバイバルにおいて、卑怯や姑息、その他汚いなんて言葉はないっ! ルール無用の世界でやろうと言ったヒソカの名言が鮮やかに脳内で蘇りますが、その時はいったいいつになるのか! 想定されてる最終回にも出てこないぞ、お前! あ……さすがのミカ選手。地べたに泣き崩れる後輩に寄り添っていきますねー……後輩の涙にはめっぽう弱い。ガチ泣きにはめっぽう弱い。可哀想なのは抜けない! それがインポ女のインポ女たるゆえん! しかし、ちょっと待ってほしい! 朝、散歩に出かけようとしたところ、後輩の勘違いで突然フランケン・シュタイナーを決められ、あげく殺されかけたのはミカ選手です! 泣きたいのは彼女のほうではないのか?! 今も違和感があるのか、たんねんに首をさすっております!」
「我慢の限界でブチ切れたものの心から鬼になりきれず、逆に泣き落としを喰らって日和って、あれよあれよといううちに、なんだか自分が悪い気がしてきてしまう……逆DVされてしまう王道のパターンでとっても危険だわー。女にとって涙なんて所詮武器の一つ、気安く信じたほうが負けだからねぇ。信じすぎてはダメ」
「ぴぎゅー……がぁ、がぁー……」
「あ、これは……ラドンさんも文句なしの『そうだそうだ』が出た模様です。さぁ、ミカ選手は……泣いているマギ選手に近づき、涙を——いやしかし? 待てよ待てよ? ここで観客席でご覧の皆さま、とんでもない事実が判明いたしました! ご覧ください! 二人の奥でございます!」
「あ、あれは——!」
さしものレイも目を見開いて刮目する。
キッチンの上にやかんがセットされている。コンロの火はつけっぱなしのようだった。
「まさか——マギ選手?! 伝説の——」
「見て! ミカちゃんの手元!」
ミカは当然何かを気付いたように懐に手を忍ばせ、iPhoneを取り出した。
メッセージが届いたようだ。
「あっ……読んでいます……届いたメッセージを……読んで——あっ、マギ選手が起き上がっているぞ?! そして、メッセージに気を取られてミカ選手は気付いていないっ!」
空焚きされたやかんが鳴った。
「これはっ!」
ごめん
さよなら
「かなーしーみのー、むこーうへとー」
リツは歌い出した。
唖然とする観客席の前で、かつて見た惨劇が繰り返されていた。
ただ携帯の待ち受けにしているだけで良かったはずなのに、なんで——こんなことになってしまったんだろう?
しかし、そう思っているのはミカだけで、観客席はガッツポーズ! よっしゃ、ミカト◯ねーーーーーっ! まさかの歓声があがったという……。
「なんと皮肉なことに……これは偶然でしょうか! わたくしも恐ろしくなってまいりました。世界の……」
「しっ。それはトップシークレットだわ」
「ぴぎゅー……がぁ、がぁー……」
ラドンも『そうだそうだ』と言っているようだった。
カットが入ったようだった。
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