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第二十二回『尻が先か胸が先かで考えろ。な? 解決しないんだよそんなの』
しおりを挟む収録前のこと。
マギは控え室に姿を見せるなり、大御所ぶって頭をタオル巻きにしながらジャンプをペラ読みしているミカに走り寄って言った。
「パイセンパイセンっ! すごいじゃないですか! ミカパイセンがトレンド入りなんて!」
「はいはい、世界の恥。世界の恥。私が知らねーとでも思ったか。私が覚醒してなんのはアンリミテッド・ミカだから。白ギャルから黒ギャル化するから。だいたい言論の内容見りゃ一発でわかんでしょ。あんな(バキューン)と一緒にすんな。二度と間違えるな。私は愛国左翼だから」
「二大怪獣かよ」
中村のカットから番組が始まった。
「てことで、世界の恥と称された日本ですが、私は日本大好きです。ありえない。んなこと言うなら、持ちうるあらゆる知識を総動員して彼の国ボロクソにこきおろすぞ」
「すでに前々回くらいでやったろ。またやる気か」
解説、翻訳はお助け天使リッちゃんがお送りします。
「そもそも右翼左翼って何ー? っていうと、要は元のまま変わらないのがいいよ派か、バンバン変えていこうぜっ! ひゃっはー!派かってことですね」
「海軍が右翼、海賊たちは左翼だな、ひゃっはーっ!」
「……やめろ。いろいろやめろ。んで、ネットで検索かけたところ愛国左翼なんてあり得ないのでは? ってのが出てきたんで、軽く解説。確かに愛国しながら変えていこうぜっ! ってのはおかしい気がしますね。しかし、現状祖国が他国の侵略を受け、思想もろともに侵されていると妄想する一部の愛国心熱烈な精神病患者の場合、その思想煽動に孤軍奮闘、元の愛国精神を持って立ち向かうのを愛国左翼のように呼称しておるようです。それに好きだからこそ今の状況は変えなきゃ! というと何もおかしいことではない気がします」
「だから言ったじゃん。この人もうブルペン入りしてるよって。『尊敬する偉人は誰?』って弊社の質問に『三島由紀夫です』って即答する覚悟決めてる人だぞ……まだ銀さんって言っちゃって、空知にキメェって言われた銀魂オタの子のがマシだよ……」
「あれ、まぁ言わんとすることは解るけど、作者本人にも『キメェでしょ』ってはっきり言われた上、自分の尊厳上げに利用されたのは、本人だいぶ効いたんじゃないかって共感性羞恥わくから、正直あんま真っ直ぐに見れない。いいじゃん。別に。そんだけ好いとうよってことで。そんなファン可愛いじゃん。なんかカースト上位を含めた面子で盛り上がってるところに、慣れない下位がノリノリで入っていったら、自分だけ冷静に返されたみたいなキツさを感じる……」
「お前のその目線がキツいわ。見てやるな。スルーするのも思いやりだろ……しかも、盛り上がった当時に突っ込んでカバーすんならまだしも、今言われたらPTSDのフラッシュバックにしかならない。やめたれ」
「二次と現実の境界が云々言ってた奴とは思えないこと言ってますが、これがうちらの看板娘。なろうの恥」
「違うよ。私が言ったのはあくまで2.5次元から先の連中だから。偶像崇拝として、漫画、アニメ、ゲームのキャラを愛でるのは何も否定してない。簡単に言ったら、俺の嫁はあり。推しははぁ? ってなる」
「要はVアンチなんだろ。この次の回でユニコーンポコポコやるつもりですからね。ユニコーンの皆さん、待っててね」
「出た! その要は~とか、つまり~とか。それさー良くなくない? それやるから、なんて言うんだろうな、本人が言ってもないことをこの人はこうなんだって叩く棒になんだよ。ちょっと難しいこと言うぞ? 現象を説明するのに要するのはいいけど、人に向けて要するにはやるもんじゃないから。要するにこの人の言いたいことは~なんて、それは自分が頭の中で噛み砕くときに使う文句であって、第三者が公言してやるもんじゃないし、それをするからややこしくなんだよ。人は要せません! それはもう第三者の妄想! それ言う奴は、この人の言いたいことわかりますー要約できますーって賢しいふりがしたいだけのバカだから。あっそう、ってほっとけ」
「現国の大学入試全否定きましたね。流石です」
「マーク式は全否定されても仕方ないです」
「難しいよ。層考えろよ。ついてけねーよ」
「私は別にVアンチじゃない。今のV特需に乗っかってる、要は雨後の筍しかりイナゴ連中が嫌いなだけ! 流行るかどうかもわからない時期から始めてた人たちは全員尊敬に値する。けど流行り出してから始めた人は知らん」
「なんかあった?(良いこと)」
「あったかもしれないし、なかったかもしれない」
「ミカパイセン、嘘のつけない人ですよね……」
「ヤバいっ!」
「ねぇ! おひゅちゃんついてよっ!」
「ん?」
がらがらがらーと坂道で何かを転がすような音とともに子供たちの声がした。
しかし、本当に不気味なのは、ここは局ビルの十三階。そう——周りに子供が駆け降りるような坂などないのである……。
「ナレーター……やめろ……」
マギが目を血走らせながら言った。
「ここは住宅地なんだ……ちょっとした賃貸の一室で撮影してんだよ……」
「FC2の業者みたいに思われるだろ。お前こそやめろ」
「だって、パイセン……聞いたことないんですか? 化けの者ってそういう想像をしている人のところに現れるんですよ……」
「私、まんの者だけど……みたいに言うな」
「うぷぷ、マギ先輩……そういえば……怖いの、ダメなんですか?」
「うふっ、うふふふふふっ!」
リツがからかうように言ったときだ。
またしてもがらがらがらーと音がした。
子供の笑い声もそれに続く。
ミカが宙を眺めながら、何事もない口ぶりで言う。
「……師走だからかねぇ。きっと局ビルで亡くなった水子たちも遊んでんだよ」
「おかしいだろ!」
くぐもった声がコタツの中から響いていた。
マギとリツはもうコタツの中に顔を突っ込み、二人揃って飛び出したお尻を震わせている。パンツが丸見えだった。
「この局ビルで何人水子しんでんだよ! もう事件だろそれ! 大体なんで水子の霊が局ビルにでんだよ、もう事件だろそれ!」
「おかしいのお前らだろ……リッちゃんまで。おちり丸出しですよ?」
「う、ウチ! い、粋がってたけど! 実はホラー、めっちゃ苦手やねんっ!」
「あ、あぁ、あそびあそばせ、まんま持ってくるほどに……」
しかし、コタツから突き出た二つの尻はミカを興奮させていた。
(もともと人類というのは四足歩行だった。二足歩行になってから胸の谷間を重視するようになった。それまで見ていたのはつまり、四つん這いのSiri……!)
ミカのiPhoneは黙ったままだった。
(尻を見て興奮しないわけがない……! 筆舌のみで語るに申し訳なく、しかし今我の前には、水色と上にタイツを被った白のレースが並んでおることを報告しておこう……!)
「行った? パイセン? 行った? 水子……」
「そういえばさー言ってなかったけど……」
「な、なんですか」
「神には実は妹がいたはずなんだ」
「な、なんで過去形なんだよもうっ! もうっ! やめろやっ!」
鼻ちょうちんが割れるとレイがおもむろに起き上がり、透き通った眼差しに昏い光を反射させながら言った。
「そういえば私、こんな話を聞いたことがあります。ある有名なキー局の実しやかに囁かれるお話です。研修として入ったその人は、事件の後ですぐに辞めてしまわれたそうなのですが、とある有名な女子アナと同期だったそうです。厳しい研修を終えてトイレの個室で座り込んでいると、ばしゃり。突然、全身に水がかけられ、えっ……と思い、見上げたところ。個室の天井からその有名な女子アナがあの屈託のない笑顔を向け、こちらを見下ろしていたそうな……その女子アナとはなんと水」
「色んな意味でやめろっ!」
マギとリツの絶叫と共に、カットが入った……。
◇
「ねぇ、おかしいんですよ、これ」
「何が?」
収録後。夜通し映像を編集していた中村が目にクマを作りながら、高橋を振り返って言う。
中村は高橋にヘッドフォンを持たせた。高橋は気取ってヘッドフォンをかぶらず、マイク部分を手で耳にあてるようにして持った。
「流しますよ」
「…………」
無視したのではない。ツーカーのやりとり。
中村はシークバーの数字を目で追いながら、高橋は耳をそばだて、ふと背筋を凍らせた。
「わかりました?」
「……うーん。なんだろこれ。世にも奇妙な物語で最近見た気がするけど、こんなん」
「こういうのって消したほうがいいのか。残したほうがいいのか。ちょっと悩みますよね。水子にも訴えたいことがあんだろし」
「お前もロビンよりだな。オカルトいける口なの?」
「表現のプロですからねー。訴えたいなら人の子も霊の子も関係なく流すまで」
「なにその無駄なかっこよさ。誰も求めてねーよ。この層が求めてんのはマギとリツの尻だから。男求められてないから、やめて」
「じゃあ、二人の尻ドアップにして流しますね」
「それもあれじゃん。俺らが訴えられるじゃん、やめて」
「じゃどうすんだよ、わけわかんねーな今のテレビ! 大体飯食うのだって、あれ狭義では前戯だからな! 飯食うところから致す事って始まってっから! お前ら健全なつもりで延々、前戯見せられてるくせに今更なに言って……!」
カットが入った。
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