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第十二回『たぶん早いとこ解決したほうがいい問題』
しおりを挟む「おま! ちょっ! っざけんなし……あー」
「どうした?」
ミカはそう言うと、まずマギに、それから反対のリツにも見えるように自前のiPhoneをテーブルの上に突き出して見せた。
デレステだった。
ゲーム画面が止まっている。どうやら途中で着信があったようだった。
「はぁ? 信じらんねぇ……人が音ゲーやってる時に電話かけてくる? 普通……空気読めよカス」
「信じらんねぇ……収録中にアタポン走るやついる? 普通……有害なクズまでも除去する空気清浄機はやく造ってくんないかな、ダイソン」
「珍しいですね、ミカ先輩。いつもはコンシューマかPCじゃないですか」
「うん。今、担当のイベント中だから……明らかに詐欺業者だってわかってるのに何もできない無力な自分が歯痒いよ……」
「……仕事に歯痒め」
タイトルアップしてから、ミカは自前のもしもしをしまい、リツが改めて切り出した。
「私のイメージだとミカ先輩はソシャゲとかあまり興味ないのかと思ってました」
「うん、ないよ。アイマスだけ。これもさ、推し活系と純正オタクの違いだと思ってて、純正オタクはおそらくソシャゲに興味持たない。ゲームをコミュニケーションツールだと思ってないからね。あくまで底は自己満足を楽しむものだと思う。完全にソロかっていうと、また違うんだけど……」
「あー推し活系はよく言いますよね。コミュニケーションツール云々」
「そうそう、ヤニカスみたいにね。けどさ、コミュニケーションツールって何なん? 五感がありゃ十分だろそんなん。タバコもそうだけど吸いたいから吸うのであって、そんな社交性とか処世術でやるもんじゃなくね」
「はいはい。出た出た。ミカパイセンの加齢臭すごいなぁ今日も……画面の前のみんなに届けられないのが残念なくらい。スタジオって良い匂いだと思うでしょ? 違うから、満員電車の中のごとき。ここ」
「残念でしたー、香水くらいいつもつけてますー。大人の嗜みー」
「え、本当ですか? 私もミカ先輩って、あんまりそういう人工的な匂いってしないイメージだったんですけど」
「あったりまえじゃんっ! テーブルの下もぐったらたぶんわかるよ」
「素朴にアホだと思ったから言うけど、今、膝の裏につけてても意味なくね? 誰が、どうやって、嗅ぐんだよ」
最近このパターンが多い。
ミカとリツ、二人で話を進めてってマギを置いてけぼりにするのだ。ハブかれてるとかは伊達に女社会で二十数年と生きてきてないから、まぁいい。耐性はあった。しかし、こいつら一回ヤッたんじゃねえか? ってくらい息が合ってて、あれ? じゃあなぜマギは加わらないのか? → ひょっとして臭いのではないか? → ボクはそんなマギちゃんも許容範囲だけどね。臭いとかご褒美だろ、デュフフ……というファンの邪な思考の流れが許せない。
潔癖かつ負けず嫌いの性がマギを駆り立てた。
「あのですね! 説明させて!」
「なにを?」
「この鳥野郎っ! ゲームとか配信とか推し活がコミュニケーションツールって所以だよっ!」
「児島だよっ!」
「あ、それ今、私も思いました」
「ギャハハッ!」
二人のやかましい笑い声がスタジオに響く。かつてない和やかなムードの中、我慢できない女天使が一人、ぎりぎりと歯を食いしばりながら続けた。
「ぶ……Vとかもそうだけど……コ、コミュニケーションに直接の対面が要らなくなったことで、今やネットの活動こそが人間のメインなんですよ。だからこそのツールってことで、いわば昔でいえば出会い茶屋みたいなのがゲームであったり、SNSであったり、配信であったりするだけのことなわけです」
ミカは何とはなしに脇腹をぽりぽりかき、ついでに何がしかを引き上げながら返した。
「はぇー。そうなんだー。未来に生きてるってよく言われるもんね、私たち」
(収録中にポジション直すな。後でやれや)
「そんなの、まさに攻殻機動隊の世界じゃんね」
「それ! 義体なんぞなくとも、すでに電子空間でのやりとりがメイン、そこに顕れる第二人格、アバター同士のコミュニケーションが人間の主戦場に置き変わっている……擬似的だけど、もう私たちはあの世界にいるも同然なんですよ」
「ふーん。すっげぇ私たち、そりゃ未来に生きてるって言われるわ」
テーブルの下で幸いカメラには映っていないが、ミカは少し屈んで膝の裏をかき、ついでにまた何らかの位置を直しながら言うのだった。
「(意味のねえ香水のせいでムレちゃってんじゃねぇか! どっちにしろ後でやれや! てかカメラ回ってる時に……てか人前で普通、下はやらねえだろ! 女のプライドにかけて!)パ……パイセンの考え方が……アナログなだけ。パイセンだって、オンゲーのフレンドとかデレステの同僚と得体の知れない連帯感みたいなのは感じるでしょ……?」
「確かに……毎日相互いいねしてるだけだけど、しばらく来なくなってた同僚がさ、戻ってきた時があったの! めっちゃ嬉しくてさ、うっひょーお前何してたんだよーって感じでテンションあがったわ」
「でしょでしょ?! ミカパイセンー、それもう立派にコミュニケーションツールじゃないですかー!」
いつになく前のめりなマギだったが、ミカは何気なく切り返した。
「でもそれはそれ。これはこれ。三次の良さもあるし、リアルには直列ではなかなかつながらないよね。実際に会わない人とは(チョメチョメ)もできないし」
「……!」
青天の霹靂だった。
同族(もしくは類人猿)のように思っていた友人に突然はしごを外された心地が、マギの脳髄に雷の雨を降らせたのだった。
(あれ、これじゃまるで私が日頃からそういう出会いに潤っていない、俗にいう干上がり腐人図みたいじゃあないか? リアタイにアイドル、アニメにゲーム、確かに推し活は充実していた……しかし、この仕事についてからというもの、パイセンパイセン、リッちゃんリッちゃん、リアルはいつも番組のことで大忙し。休みは疲れきってほぼ下着姿で部屋をうろつき、チューハイ片手に真っ暗な部屋で目にクマ作りながら原神を嗜む毎日だったけれども! それにしてもこの仕打ちはどうだ。私、どこで間違ったんだろう?)
ただのヤリマンに見えてその実、楽しそうな時は本当に楽しそうなミカパイセンの笑顔が、チュウとの一戦を死んだふりでやり過ごそうとしたウソップのごとく、マギの脳裏に焼きついた。
最近、私、こんなふうに笑ったことあったっけ?
あれ?
今やネットの活動こそが人間のメイン?
パイセンの考え方がアナログなだけ?
タイパってなんだよ。ポケモンか? ダイパリメイク……てかプラチナリメイクいつでんだよ。
好きなキャラを俺の嫁とか言ってたオタクをさんざんバカにしてきたけど……——私たちのが推しに依存してねぇ?
内なる自分と対話するマギの一方、リツが続けた。
「また(チョメチョメ)ですか……ほんとに好きですね……」
「リッちゃんもわかるよ、そのうち。想いを伝えられるのは言葉じゃなくて、結局ぶっといチンコなんだよね」
「普通にDV旦那とかに捕まりそうな危ない発言ですよ」
「ごめん。肌と肌って言いたかった……」
「肌と肌って入力して、チンコが変換に出てくんの? お前のiPhoneどんなウィルス入ってんだよ」
「思えば11も言ってたわ。オンラインでの交流含めてゲームは確かにすごく楽しいけれど、それが全てになってはダメ。まずリアルの人間関係を大切にしてくださいって。スクウェアの遺産だよね、あのゲーム」
「すげぇとこから11上げいったな。11のスタッフも流石に困惑するわ」
「……そ、そんなに大切ですかねー(チョメチョメ)」
「ん? 二千年の歴史終わらした責任、背負いたくないだろ? ならしろよ」
気付けば一人、うつむくマギ。
「ミカ先輩。これたぶんそういうことじゃない」
「…………」
ミカとリツは顔を見合わせて察すると、ミカはマギの落ち込んだ肩にぽんと優しく手を置いて言った。
「かくいう私も童貞が増えるわけだ。そんなとこまで攻殻追わなくてもいいのにな。ケケケ」
「ど、童貞じゃねーしっ! つか、それいうなら処……」
カットが入った。
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