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幕間:頭の中三「えっふた……へ、へぇーまだ二人なんだー……オレ五人くらいヤッたけど」
しおりを挟む「最近さ、我慢のできない人たちってのが相当問題な気がしてきた」
「我慢できずにバラぶっぱなしちゃったパイセンが言います? それ」
ミカは瞳孔をかっぴらいて声を張った。
「確かに! その通りだ! 私には資格がない! 一切だ! さぁ、もうやめよう! このネタ!」
「(あーめんどくせぇ……)いいから……。どうせ止めても我慢できずにぶちまけちゃうんだから、言ってください、さぁ、どうぞ」
「ほら、体臭とかあったじゃん」
「あー、AV女優がイベントのときに『お風呂入ってきてね!』って告知したら無臭だったそうですよ。言えば奴らも素直に入るんやで」
「そっちじゃねぇ。けど、それも面白いね。根は素直なもんだからね、みんな。さすがVだわ。お手のものってわけだ、野郎の扱い方もタマの転がし方も」
「AV女優をVで略すな。なんか誤解を孕むだろが。あとタマはこの際言うてやるなよ……」
「でもそっちじゃなくて、あの、ちょっと言いにくいけど……アナのほう」
「ほらもう、パイセンが言うと全部卑猥なものに聞こえてくるよ。確かにあっちのほうを指してるんだろうけれど、全部そっちの話に聞こえてくるよ」
「ネタにしたこともあったけどさー、我慢すればよくね? って思っちゃうんだよね。なんでわざわざ口に出すかな……って」
「我慢できないほどの臭いなんですよ」
「災いの元だよ? 口って」
「パイセンが言うと、すげぇ説得力がある上で、どの口が言ってんだってぶん殴りたくなりますね」
「それこそマギのが詳しいはずでしょ」
「なにを?」
「女オタのイベントだって臭い人は臭いってこと。そんなん男に限った話じゃない」
「……まぁ、それを言うならそもそも女も、って話になりますよね」
「そうそう。乳臭いガキもションベン臭いガキもいるじゃん」
「それは比喩表現な。ほんとにそういう匂いなわけじゃない」
「なのに、それを都合よく棚にあげたり、中には仕事で一日中動き回って……って人もいるわけじゃん。そこら辺、我慢できずに独りよがりなこと言っちゃうからあーなるんだよ」
「でもパイセンも以前ネタにしたときボロクソに言った上で、か弱い羊ヅラして、笑いネタにしてましたよね。我慢もしてないし」
「その通りだった! 私の負けだ! 話は終わりだ! さぁ、帰ろう!」
「よっしゃ! 帰んぞーーっ! 高橋、中村、小鳥遊! 撤収だーーっ!」
マギがそう声を張ると、カチンコの音とともにカメラのスイッチが切られ、ついでにスタジオの電灯もぱたぱたと落とされていく。
方々から一斉に「おつかれさっしたーっ!」「うぃー、おつかれぃー!」と設備スタッフの声が木霊して、辺りは一気に放課後のもの淋しい雰囲気に包まれた。
ミカが最も嫌うセンチメンタルだった。
「あれ……あ、み、みんな……」
「お疲れ様でしたー、パイセン、また明日ー」
マギは目も合わせずそう言って座敷セットを降り、早足でスタッフに並ぶ。
「…………」
「……ミカ」
「振り返んな」
一人、座敷セットに残されたミカを慮る小鳥遊を、マギは嗜めた。
「いいか、小鳥遊。あんなアホでも、肩書きは"主人公"だ。いざって時にアイツを叱れねェ様な奴はスタッフにいねェほうがいい! 主人公が"反省"をしなくなった物語は必ず崩壊する……! 転生は初めから崩壊してる……!」
「その通りだわ。ロビンちゃんもたまにはお灸を据えられないとな」と高橋。
「簡単な話だ……パイセンの第一声が深い謝罪であれば……」
「うっ……うぅっ……ご、ごめんってぇ、マギー」
「もう謝罪してない?」と小鳥遊。
「……聞こえねェ」
「うぇっ……えっ……ごめんってぇ!」
「ウソつけ! 聞こえてるだろ! 大の大人があんなにみっともなく! やめたれよ!」
主人公号泣のため、ただちにスタジオの灯りは戻され、ミカもマギもスタッフたちもみな所定の位置に帰った。
マギはコタツ越しに呆れるやら憤るやら、複雑極まる面持ちで言った。
「……あんたにゃプライドってもんがないのか」
「あったら惚れた男の前で股なんか開かないと思う!」
「あ、こいつ、初手で衝いてはいけない真理を……惚れた女の前でへこへこ腰振るのも相当情けない絵面ですよねー(フォローのつもり)」
「プライドを捨てないと大人になれない……そんな業の深い生き物なんだよね、私たちって……」
「あーだから、童帝閣下や処女太夫ってやたらと……」
「それこそ衝いてはいけないこの世の真理だよ、マギ」
「でー……なんでしたっけ。我慢できないのが? なに?」
「うん。つまり、多動とかさ、一時期流行ったじゃん。授業中でも走り回っちゃうとかそういうの」
「あー。確かに。あった」
「気持ちの上でそれがデフォになりつつねーえ? ってのと、潔癖症が増えすぎなのと、メディアのせいで夢見がちなのと、色々合併してると思うけど、この世に『完璧な状態』ってものがあると思い込んでる人多くない? 柔軟性がないとも言う」
「ほうほう」
「でも、大概はさ、どっかで妥協しなきゃとか学んでいくものじゃん。ベストよりベターを目指せってか。住めば都ってのもそうだし、無知の知もそうだし、他の人も、自分と同等の……いや、当たり前にそれ以上の使命を背負って懸命に生きてる人だという認識ができるというか」
「でも、パイセンも主張するの大事派ですよね。これだからびっくりするんだよ。どうしたんですか、急に」
「そうだよ。主張するのは大事、だけど、だからこそ同じくらい注意もする。それはあくまで向こうの主張も同じくらい大切にできて、初めて堂々として言えることじゃん」
「へぇ……はい」
「ところが、昨今の風潮はレスバなんかがモロそうだけど、相手の主張を大切にするどころか排他的に扱うでしょ。ナチュラルレイシストばかり。言い負かすことが主眼にあって考えが合わないと、貶しにかかる。これは単なる稚気で傲慢でしょ。そこら辺、私とは違う。もう……勘違いしないでよね!」
「なんすか、唐突なそのサービス精神。ツンデレのセリフ、それしか知らねーのか」
「この辺がさー、よくわかってない人たちがいて、引っかき回してるってのはあると思うんだよね。いわゆる……うーん、情操教育の足りなくて、想像力の乏しい人たち」
「うんうん……」
「もちろん。その人たちも初めからそうだったんじゃないと思う。けど、私みたいなのを含めて、例えば強気な有名人とかの意見や発言を鵜呑みにするうちエコーチェンバーにかかり、主張すること=絶対正義! みたいな。歪んだ倫理観を醸成してない? それは間違いだよ。単なる選民思想だよ。って話。秋山がしんのすけに言ってたやつ」
「…………」
「過ぎたるは及ばざるが如し、って奴でさー……。もっと尖っていい! とは私も思うけど、自分も尖る代わりに相手の尖りも大切にできなきゃ。それができると、大人の余裕って感じで、クッソ格好いいんじゃない? お互いのA.T.フィールドを守るのって、尖るのと同じくらい大事」
「はぇー……パイセンってときどき末恐ろしいですね……いや、そっか。私がツッコむからこじれるのか?」
「マギのツッコミがないと私のボケが立たないじゃん。つまんないこと気にすんな」
「あ……」
「で、話を戻すと。ちょっと奥まってて難しいかも」
「はい」
「単なるわがままと主張を履き違えちゃいけないと思う。完璧なものって文字通りにないんだよ。生きてんだもん。地球って一人だけのものじゃないから。人間だけのものでもないし」
「…………」
「そこに住む全員の共有財産であって、フリースペースなんだよね。そこがズレてる人が多い……か、目に見える形で突出しやすくなったのは、あるなーって」
「つまり、主張するのはいいことだけど、そればかりになってみな傲慢になっている……と」
「そゆこと。人生、そういうセットプレイじゃないじゃん。こうだったら正しいとかこれやったら間違ってるとか。臭いとかマナーとかも自分では酷かったこと一度もないし、気をつけてるから! って思ってるかもしんないけど、他人の思いやりで口に出して言われてこなかっただけかもしれないし、別のところで厄介になってるかもしれない。そういう想像力だよね」
「想像力ったら、IQの違いとかもあるかもしれませんね。脳のそもそもの馬力の違いがあって、それで奥まった考えができないって人もいる。増えているそうじゃないですか。いわゆる境界知能だとか」
「それはねー、正直いい歳こいた大人でも会話が成り立たない人ってのはいるから……文意や動向を正しく汲み取れないとか皮肉やジョークが通じないとかね……今でこそ小学校入学前に検査があって、みんな調べられたりして発覚してるし、そういった症状に理解も持たれてきたけど、昭和、平成はそんなのなかったからね。そのために見過ごされて無自覚なまま歳を食い、今の地位について偉そうにふんぞりかえってるって人も、たくさんいると思うから、増えた、とは一概に言えないと思う。年齢関係なく、今、平等に検査したら、とんでもない結果になるんじゃない?」
「なるほど」
「でもIQ違うと、ほんと話にならないってのはあるからね。マギの言う通りでもあると思うよ。だから混ぜんなって話でもある。それは本当に良いことなのか? ポリコレはさ、そこんとこ無視して、良いヒト気取りたいだけだから、実質弱者独裁のイデオロギーになっちゃってんじゃん。それじゃ反感を育てるだけでさ、賛同が得られるはずがない。平等ってのは本来良い方向性なのに圧をかけるから逆効果になってる。自覚のない精神病者と同じでさ、それは周りがいくら言っても認めない、自分で己の症状に気付くしかないのがまた厄介でもあって」
「うーん、そうですよね……」
「汝、隣人を愛せよってこういうことよ。それができない人……さっきも言ったけど、すなわちリスペクトがなければ対人は成り立たない。自分を無条件で好いてもらったことがない人ばかりか……これは核家族化の影響かな……そういう人でも公に発言できるようになってしまったことが……例えそれを除いても、混ざっちゃってることが、だから、問題なんだよ」
「…………」
「一度切り離すべきなのは誰がどう見たってわかってる。けど今の情勢ではそれも難しくってジリ貧なんだ。でも、誰かがやらなきゃきっと変われない——」
「……パイセン、また変なこと考えてないですよね?」
「……さぁ。どうかな」
「パイセン」
「それは神に聞いてよ。私だって……」
ミカは変わりなく続けた。
「明日のことはわからないよ」
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