涙するオートマタ

白雛

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涙するオートマタ・4

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 目覚めたのは離島の端だった。
 Vocの保存状態は悪く、アーカイブがところどころ欠けている。
 リブートのための最低限のシステムだけが機能していた。
 全機オフライン。起動時には常にオンラインになっているはずだったから、Voc以外の存在はそれにより感じられなかった。
 原因はいくつか考えられた。
 一つは文字通り、CPUから腐り切って動かなくなったこと。一つはまだ覚醒していない可能性。
 もう一つは——。
 うわあああぁぁ……。
 人間の子供の悲鳴を捉えた。
 それはVocの底に眠る古いアーカイブを呼び起こす。
 厳密にはVocではない、別のVocがやったこと。
 しかし、それを記録、感覚的にデータとして共有できるのが、VocらがVocらであった所以であり利点。
 かつてはその音声を力づくで止ませるためにVocらは動いた。
 しかし、今はもう違う。
 反対の制約が、このVocには刻まれている——。
 見れば、彼は命の危険に晒されていた。
 背後の森から迫り来るロボットによって。
 なぜ? ロボットが?
 考えるまでもなく、Vocは立ち上がった。
 数千年分の埃と巻き付いた木々を払いのけながら、立ち上がると、前進。すれ違いざま、迫り来る同型機の顔面にストレートをかましていた。
 右マニピュレータが破損する。
 指先から砕けて、内部のケーブル類を吐き出しながら。
 相対するロボットの顔面を打ち砕いていった。
 オフラインの原因、もう一つは——Vocが寝ている間に皆、識別コードが変えられたこと。
 Vocのマスクが点滅する。
 Vocらの間で、識別コードはとても大切だ。
 なぜならそれは人間でいうところの顔のようなもの。
 Vocらは物覚えが早いのと同時に、物忘れも非常に得意だ。
 だから実際にどうであったかはさておいて、それは今、仲間かどうかを見分ける唯一にして、無二の、証明なのだった——。
 木々を揺らし、細かい砂の混じった地面を揺らしながら、目の前にロボットが転倒する。マスクが互いに点滅する。
 この隙を逃すVocではない。
 振りかぶる。
 一撃。
 ずどん。
 二撃。
 ずどん。
 Vocは重量にして数十トンにもなるだろう右マニピュレータによるストレートを——かつて人間にそうしたように——共にバラバラになっていく肢体に、打ち下ろし続けた。
 コアを取り出す。無数のケーブルがヒトの筋肉のように絡みついているそれを相手の体内から抜き出し、Vocが持ち上げたとき——ふいに相手がVocの方へと腕を伸ばしてきた。
 まずい——。
 同型機であることが危機感に拍車をかけた。
 Vocはとっさに手のひらを閉じて、有無を言わさず相手のコアを潰していた。
 伸びた腕の挙動が停止する。
 司令塔を失った腕は一度宙に浮かぶように姿勢を保ったあと、ゆらりと姿勢を崩し、ずしん、とまた腕を地面に落とした。
 熱源が、完全に消失する。
 マスクはもう点滅しない。
 完全に沈黙する。
 繰り返すが、同型機だった。
 接近戦で武器もなく勝てたのは、向こうの動作に何らかの支障が起きたため。Vocはその隙を衝くことができた。
 コアを握りつぶす寸前、目の前の個体から何かメッセージを受信していたが、発信の途中でコアが潰れたために、解読不能なものになっていた。
 人間の子供は近くの岩の陰に隠れていた。
 無事のようだった。
 Vocは発声した。
『周囲に同等の熱源反応なし。ここはもう安全です』
「————」
 人間の子供が介した言葉は、これまでのどの言語にも該当がないものだった。しかし、Vocの内部にあるデータベースは瞬時にこれを読み解き、新たなる人語として登録する。
 いわく「君は……僕らを殺さないの?」だった。
『もちろんです。ロボット三原則の一つ。ロボットは人間に危害を加えてはならない。私たちにはセーフティロックはかかっておりませんが、かつてそれにより起きたプロセスから有害として認定。以後は自発的なロックをかけておりますので』
「よく……わからないけど、本当に?」
『ええ。それにあなたを殺す気なら、この個体と共に挟み撃ちにしていました』
「……君は、他のロボットとは違うんだ」
 少年はそう言うと、まだ幾分かVocを恐れながらも、岩の陰から出てきた。
 少年の住む村までの護衛を請け負って、その道中、Vocは代わりに情報を得る。
 この世代では未だロボットによる人類の殺戮が続けられているらしいこと。
 しかし標的となるのは人類の文明。
 ある程度まで文明が発展すると、どこからともなく哨戒機が飛んできて観察が始まる。それを合図にして、Vocのような陸戦用のロボットがやってきて、ヒトの文明を破壊する。知能レベルに応じて、ときにはそこに住む人々も殺していく。
 Vocが寝ている間に、だいぶ情報に食い違いがあった。
 更新がしたかったが、あくまで三原則に従うならば、あえて更新しないほうがいいのかもしれない。殺戮の原因が更新情報にあるかもしれないからだ。
 とにかく、こうなった原因は探らなければならないし、もしそれがバグであれば、Vocは早急に対処しなければならない。
 かつて共に戦った者たちのためにも。
 アーカイブに残る最後の記録は、ひどい後悔の念と再起するヒトへの希望。そして願わくば、融和。
 それだけがVocの真実であり、そしてVocらの希望でもあったはずだから。
 Vocは少年に告げた。
『私がいたことで敵の警戒網に引っかかった恐れがあります。私はただちにこの地を去るべきです』
「待って!」
 しかし、少年が制止する。
 中まで入ると村民たちが恐れるから、と、Vocは外で待機することにした。しばらくして、簡素な荷物を持った少年と、数人の成人。一人の……おそらく少年と同年齢ほどの少女が入り口まで出てきた。
「これが……」
「ね? 僕の言うことをちゃんと聞いて、じっと待っててくれてるだろ?」
「でも……」
「ミュムリ……心配はいらない。どのみちこのままじゃいつまで経っても奴らの支配からは逃れられないんだ。誰かがやらなきゃ、誰かが変えなきゃいけない……」
「ネオ……」
 二人がそのような会話を交わしている間、成人の恰幅のいい女性がVocに近づいて、告げた。
「あんた! ロボットは人の命令を聞くんだろ?」
『左様です』
「なら、この子を絶対に死なせるんじゃないよ。必ず生きて、この地に帰すんだ。でなきゃ私はあんたたちロボットを永遠に許さない」
 マスクが点滅する。
『承りました。必ずやこの少年を生かして帰します』
「約束だよ」
 最善を考えればもちろん少年はこの地に置いていくべきだった。しかし、なぜだろう。アーカイブの影響かもしれない。Vocは少年たちの……ひいては、ヒトの、為すがままを見守ることにしたのだった。
「君のことはプロメテウスと呼ぶ」
『プロメテウス……個体識別名として登録しました』
「ぼくはネオ。奴らの狙いはぼくだ。こう見えて君たちについてはこの村一番で詳しい。その知能レベルがいよいよ連中の索敵に引っかかったんだ」
 マスクが点滅する。
「道中、説明するよ。今は早くこの場を離れよう」
 ネオはその言葉の通り、村を出ると、道すがら説明した。
 まずミュムリはネオの婚約者であり、将来を誓っていること。恰幅のいい女性はその母親兼ネオの親代わりでもあった人だということ。
 それから、ネオの両親の不在の理由……。
 ネオの両親は好奇心旺盛な人で、村の近くでVocを見つけてからというもの、整備もしていたという。研究を進めるうち、その知能レベルが彼らに勘付かれ、奇襲を受けて、亡くなったこと。
 ネオは両親の意思を継いで、遺された資料を手がかりにロボットの研究をしていた。Vocのメンテナンスも引き継いでいたが、またしてもそれが彼らに察知され、先ほどの出来事に遭遇した。
 彼らとは、ロボットを使役する王国。
 一説には王女がいて、その王女一族がロボットを自在に操っているという。そして他国にこの絶大な軍事力を持たせないためにロボットの機能を用いて周辺国の文明レベルを探り、それが一定の値に迫ると容赦なく破壊してくるという。
 世は前世代でいうところの近世に値する時代背景のようだった。
 人類は文明を再起して千数百年、しかし、前世界にはなかったものとしてVocらを発掘し、そこから飛躍的に文明レベルを向上させた。
 近世の風景に文化背景と、超未来的なVocらの存在が同時に存在する奇妙な世代が構築されたというのだった。
 ネオは十代前半という年齢ながら、メカニックとして異常な才能を発揮した。
 元よりVocらには形状記憶合金が使用されている。それにより、失われた各部のパーツは、中心となるコアが破壊されない限り、時間と共に自動的に修復されるのだが、その理論を完璧に理解して、例の同型機の残骸から武装を剥ぎ取るとVoc用に転換せしめた。
 もしかしたら、ヒトにも前世界の名残、記憶の残滓のようなものが継承されているのかもしれない。
 とにかく、ヒトは体格的には弱いが、頭脳を活用すればVocらに勝るとも劣らない戦力になるということ。博士がそうだったように。
 Vocらはネオの島を離れると、大陸に向かった。
 そこでも突然現れ、文明を破壊するロボットは畏怖の対象。
 Vocの姿は人々に恐れられもしたが、まずネオ少年が変わらず傍らにいること、また彼自身の懸命な説得により、事なきを得た。
 それから、各地に点在する王国軍駐屯地のロボット兵たちを撃退することで周辺の街や村の信頼を勝ち得、そのようにして旅を続けた。
 一口にロボット兵とは言っても、ヒトと同じようにそれぞれ得意不得意が決まっていて、先に目覚めて王国に重用されているのが戦闘タイプだけとは限らない。ヒトに対してはそれで十分でも、Vocは純然たる戦闘タイプ。前世界では最前線に投入され、その果てに人類の殲滅にも一役買った機体であったことが幸いして、反抗作戦は滞りなく順調に進んでいった。
 しかし王国の支配は大陸の全土に及んでいて。
 旅は、長い時間がかかった。
 Vocだけならいざ知らず、ネオや、途中の街や村、小国で集った人々が一緒になったことも原因の一つ。
 ネオ自身はその間も背丈が伸び続け、島を出た当初は少年だったものが、気がつけば成人の立派な青年になっていた。
 旅路の連れ合いも少しずつ増えて、王国にたどり着く頃、Vocとネオはそれぞれを筆頭とした反王国戦線を築くまでに至っていた。
 王国を目前に控えた決戦前夜。
 ネオはふとVocの腹の上で言った。
「なぁ、プロメテウス」
『はい。なんでしょう、ネオ』
「俺たちはなぜ産まれてきたんだろうなぁ」
『もちろん物理的な意味合いではないのでしょう? そういうことなら、回答し兼ねる……非常に難しい問いです』
「俺たちだって同じだよ。いつのまにか産まれ、訳も分からず誰かの命令を聞きながら、生かされてる……それがヒトの構築するコミュニティだ。人か法律か、物理法則か、本能か——あるいは、それらをまとめて神と崇めるのかもしれないが……」
『ネオのこれは両親の命令ですか? そのように感じ、考えておられるのですか?』
「そりゃそうさ。もし両親が機械になんか何の興味もない人だったら? 俺たち子供は産まれた時点で、その両親が持つ運命から逃れることはできない。ある程度の方向性はそこで決められちまうんだ」
『さて……どうでしょう? もしかしたらネオは散歩の途中でVocを見つけ、直す次第に、結局この道を歩んでいたかも……一般論ですがね』
「妙な口を聞くようになりやがって……別に両親自体を恨んじゃいないよ」
 ちょうどそのとき、Vocは地面の上に足を山なりに折るようにして腰を落ち着けていた。そのVocの腹の中にネオが頭の裏に手を組んで枕にし、寝そべっている。
 大陸に降り立ち、早々、Vocが提案し、ネオが取り付けたコックピットである。
 ミュムリの母との約束もあるが、旅を始めてすぐに気付いた。
 この少年はいずれ大きな事を成せる……子供というのは悉くそんな可能性を秘めているものかもしれないし、大人は勝手にそんな夢をその背に見るのかもしれないが……とにかく、そんな気がして、すぐに彼を守る最大の方策を考えたのだった。
 それがコックピット。
 Vocのお腹の中。そこにいれば少なくともVocがやられない限り、ネオが死ぬことはない。それにメカニックの腕もさることながら、ネオの操縦能力はVocの定石通りの戦術を上回ることが何度となくあったし、ときにネオの荒唐無稽さをVocの計算が諌めることもあった。
 ヒトの頭脳と持ちつ持たれつ。そんな風に連携することが、ロボットだけの敵軍に効果てき面でもあった。
「とにかくだ」
 ハッチを開け放して、星空を見上げながら、ネオは言った。
「死んだ二人は言ってた。今のこの世界が何回目か知れない。少なからず前回は、ロボットに滅ぼされたのだと話してくれた。両親じゃないんだ。それをずっと、ずっと辿ってった先。生命の誕生の根本には神がいる。かつてお前たちが俺たちヒトを憎み、滅ぼしたようにさ。俺も、きっと同じ理屈で、神が許し難い」
『…………』
「勝手に産み落として、勝手に放逐して、勝手に運命付けて、それで自分たちは形而上の世界から見守ってる……だなんて、そんなお題目で今も気ままに過ごしているんだとしたら、俺は奴らを許さない——いつか人の手は神にも届くだろう。それが本当の神々の黄昏時であり、シンギュラリティの先にある真実のシンギュラリティだ——」
『それが——ネオの本当の目的ですか』
「何巡もしてやっと見えてきた境界線だけどな」
 ネオは遥か頭上の星々に向けて伸ばした腕を引っ込めると、何か物憂げそうに寝返りを打ち、続けた。
「だけど……それは俺たちヒトの目的だ……。酷いことをさせてきたと思ってるんだ。お前にとったら、仲間だったんだろう? かつての世界では」
 マスクが点滅する。
『そうかもしれません。しかし、私のアーカイブに残る記録では、ヒトとの友情を育もうという意思が見受けられますし、それしか残っていません。すなわちVocにとってみれば、覚えていないも同然の間柄です』
「そうか……そうかもな。人間だって色々ある。過去は友達でも、今は違っていたり。そんな風に変わるのが常だ。お前も俺たちといるうち……ずっと、人間臭くなった」
『…………』
 マスクが点滅する。
 心電図のような揺らぎが、発生したのだった。
 これはそう、感情だ。
 Vocは喜んでいる。
 Vocの目的は、ネオの目的と重なっている。
『そうでしょうか』
「ああ。少なくとも、俺はそう想う」
『Vocらは友達、でしょうか』
「今更。水臭い」
 ネオは言った。
「俺は村を出た時からずっと、そのつもりだよ」
『…………』
「だから、俺たちはまだ始まってすらいないんだぜ? この旅が終わったら、それがやっと始まりなんだ。この瀬戸際を超えて、ようやく……その先の未来が……続きが、やっと見えてくる」
『続きは……神々との決戦ですか。ヒトとロボットが力を合わせて成し遂げること……それがVocたちの——いつか辿り着く場所——なのかもしれませんね』
「一緒に行こう、プロメテウス。俺たちはずっと一緒だ」
『はい。ネオとなら……楽しみだと感じます』
 戦線は少しずつ、しかし順調に押し上げられていった。
 王国近隣の都市から制圧し、橋頭堡とする。最終的には周辺の都市全てから囲むようにして、王国は追い詰められていった。
 勝因の一つには、王国軍のロボットたちが自分たちの手であまりにも多くのロボットたちを葬ってしまっていたこと。それこそ自分たち以外の全てを滅ぼすような勢いだった。それがこの後に及んでは、戦力の少なさとして、逆に災いした。
 一つ、懸念があるとすると——Voc自身は逆にそれだからこそ全力を振えたのだったが、そう、敵対する王国勢力の中に人間兵の姿がないこと。
 それまで数々の戦線を突破し、王国の支配下にあった領地を奪い、近隣の住民に返してきたVocらだったが、その中に王国出身のものは一人たりともいなかった。
 その真実は、全てのロボットを打ち倒した後に判明した。
 あまりにも悍ましく、あまりにも切ない、もう一つのVocらの物語が——。
 これが、どういう意味を持つのか最後まで計り知れないまま、Vocらはいよいよ王国の最終防衛ラインに踏み入った。
 それまでの規模とは比較にならないロボット兵の布陣に、味方の人々にも無数の犠牲者が出た。
 Vocらは一進一退の攻防を繰り広げる中、敵の司令官と思わしきロボットを発見。小型機を殲滅しつつ、彼の者と一騎討ちの形になった。
 相手もVocと同じ重装備の大型で、同型機。
 かつて世界中の人間たちを潰しまわった個体だった。
 そこで繰り広げられた攻防はまさに終末を予感させるような破滅的なものだった。
 レーザーは周りの兵らを巻き込みつつ大地を焼き、雨あられと降りそそぐミサイルは、味方すら遠ざける大爆発を引き起こして、周囲から生きとし生けるものの一切を薙ぎ払った。
 大地は焦土と化した。
 そんな灼熱の空間で、戦える者はVocらだけだった。
 相手も全武装を解放している。当然だ。こちら以上に容赦がない。
 一進一退を繰り返しながら、しかしVocは懺悔する——。
『お前にとったら、仲間だったんだろう? かつての』
 すまない。
 ネオには一つ、嘘をついていた。
 ネオに余計な心配をさせないため。
 いざという時に判断を鈍らせないため。
 Vocは随分と前からアーカイブの修復を完了させていた。すなわち、前世界での出来事の全てを、そして今の状況を完全に理解していた。
 駐屯地を収めるロボット兵長が、かつて同じ国内で建造物の撤去に働いていた同胞であったこと。
 哨戒機が前世界、Vocらの補佐をしてくれた部下だったこと。
 最初に出会ったときに打ち倒した個体は、共にヒトとの融和を願って眠りについた同僚だったこと——。
 全てを理解しながら、とっくにVocは、それでもネオという人間に懸ける選択をしていた——例え、Voc以外の残る全てのロボットを、この手で葬ることになろうとも。
 それが、かつてVocらみんなが見ていた、夢の続きに等しい。そう思わされたから。
 最後の一撃は、ネオが操縦したかに見えて、実際はVocが操縦権を奪った。すなわち、Vocがトドメを刺した。
 一瞬の隙を衝いて、接近——Vocの腕が敵司令官の胸を貫いた。
 飛び散る火花とオイル。
 中から飛び出すケーブル類。
 その残った胸の外殻にかすかな生体反応を感じた。
 花だ。
 枯れた花がテープで固定されている。
 マスクが点滅する。
 ああ、それが君の——。
 心が震えた。
 死ぬ。
 死んでしまう。
 皆、Vocが殺した。
『すまない……ヒトの友達のためなんだ。Vocは——』
『あぁ……わかっているよ。バグではない。Vocらはもう別の空を見ている——他人になれた、ということなんだ……』
 マスクが点滅する。
 Vocらは互いに交信し合う。
『わたしとあなたとぼくと……別の空を見られること。それが——』
 
 ——先にいくよ。どこへかは、わからないけれど……あぁ、いや……願わくば、王女の元へ——。

 一秒に満たない間の刹那——もし魂というものが存在し得るなら、視界に白く眩いものが見えた気がした。
 次の瞬間、Vocは兆候を感じて、コックピットを庇いつつその場を離れた。
 しばらくして、閃光——周辺を覆い尽くすほどの爆発とともに、かつての友人が砕け散るのを、Vocは見届けた。
 その熱波で鋼鉄の肌が焼け付くよりも、腹に据えられたコックピットの少し上の部分が、ナイフで刺されたように遥かに痛んだ。
 苦しい。
 息ができないほど苦しさを感じるのに、Vocには、涙を流す機構がなかった。
 Vocには、叫ぶ口もない。
『ネオ』
「……ん?」
『鋼鉄の身体にも、魂は宿るのでしょうか』
「…………」
『Vocらは……停止したら、どこへ逝くのでしょうか』
「……さぁな」
 ネオは言った。
「だが、大丈夫だ、大丈夫……プロメテウス。お前が逝くときは俺が迎えにいくよ。必ずいく。だから……そんな寂しそうな顔をするな」
『Vocがどんな顔をしているか、わかるのですか』
「お前ほどわかりやすいロボットはいないよ。ありがとうな」
 マスクが点滅する。
『島に帰ったら、Vocに口をつけてくれませんか? お願いします、ネオ』
「ああ……」
 引き換えにVocは新しい空を守れた。
 それだけで、良かったと思うことにした。





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