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第十八変『アルメリアとスノードロップ・4』
しおりを挟むその頃、ビルの一階には来客が訪れていた。
「ぱお」
パオさんは彼にスノードロップを差し出すや、瞬間、その大きな体躯からは想像がつかないほどの速度で蹴り飛ばした。来客の男は玄関を突き抜け、半ば守衛さんが閉めかけていた門まで吹き飛んだ。守衛さんは驚いて、守衛室に逃げ込んだ。
しかし、男は生きていた。
もうもうと立ちのぼる土煙の中で、ゆっくりとおきあがると、
「はぁー……嫌になるなぁ。失礼だとは思わないのかな、ろくに話も聞かずに人を決めつけて……」
とたんに、煙を爆発させ、瞬時に燃えさかる火炎へと姿を変えた。
「ぱお……」
最初の一蹴りで手応えがないのには気付いていた。それで、パオさんは『君は、下がって。社長たちを呼んできてくれ。ここは私が……』そう言いかけたところで、背中の野生児が心配そうに耳の裏辺りを撫でた。
『心配はいらない。サハラの熱気はあんなもんじゃない。行きなさい、ここは私が……』
「ヤァー!」野生児が槍を掲げた。
『ちょ、ヤァーじゃない、ヤァーじゃないゾウ』
パオさんは、鼻を巻きつけ、野生児を強引に下ろすと、わりと真面目なトーンで言った。
『ふざけてる場合じゃないゾウ……。時と場合と空気、それからツッコんでいい人わるい人を見極められるようにならなきゃ、お前、ダメだゾウ……』
「ぱお……」
野生児は、しかし心配だったのだ。
見たこともない炎の化け物が目前に迫りながらも、きちんと待ってくれている。
その余裕が、自信が、逆に怖かったのだ。
「ぱお……!」
野生児は、お母さんから離れまいとする子犬のように、パオさんの前脚にひしと抱きついた。
ひとつの肉まんをわけて食べたりしたことを思い出す。
野生児にとって、ザギンの路傍で拾われたあの日から、晴れの日も、雨の日も、苦楽を一緒に過ごしてきたパオさんは、まるで親も同然。いや、すでにそれ以上の存在だった。
そこに血のつながりなど、もはや問題ではなかった。
唯一にして、初めて大切だと思えた家族だったのだ。
パオさんにしてもそれは同様。困ったゾウにしながらも、パオさんは鼻を伸ばして、少女の肩優しく撫でた。
『大丈夫。パオはあんな奴には負けないゾウ……』
「ぱお……」
野生児はまた一鳴きすると、首からぶら下げていた飾りを外し、それをパオさんの牙にかけた。
『それは……ヨンが大切にしていた4℃のアクセを質に流して、キャッシュレスが主流になったからじきにプレミアがつく、って今からあんなに大切にしていたゲンナマじゃないかゾウ……これを、パオに?』
「ぱお」
『……わかった。必ず返しにいくゾウ。だから……』
野生児は、こくり、と頷き返すと、それを最後に通路を駆け出した。その一部始終を見届けたあとで、背後の炎塵の中から声がする。
「……終わりましたか?」
パオさんは、なおものんきに鼻をぶらんぶらんと揺らして、
『……ぱぁお? 何言ってんだゾウ? なんにも終わっちゃいねぇゾウ。パオたちは依然仕事中だし……いつもと変わらず、ヨンと門番を続けんだゾウ——』
振り返ると、近隣から苦情から来そうなくらいの咆哮をあげた。
『——厄介な客にはとっととお帰り頂いてな! ゾウ!』
ゾウの走行速度は時速四十キロ。これはプールの25メートルを二秒で走り切るのとほぼ同等の速さであり、え、これ二秒? え、二? あのデカさで? と考えると、それがどれほどヤバいかは学生でも想像に難くないだろう。
圧倒的な重量も相まって、繰り出される突進に耐えうる生物はいない、樹木なら鼻でゆすり「ねぇーママァー……ねぇーえー! だっこー!」とばかり甘えるだけで根っこから引きたおすことができ、人などものの数にも入らない。ヒポポタマスに匹敵する陸上最強の哺乳類である。
パオさんは振り返ると同時、走り出し、その猛烈な一撃を炎の化け物にぶちかました。
当然、避けられない。まだ人の形を保てているのが奇跡だが、炎の化け物は、あっ、という間もなくぺしゃんこになっていた。
しかし、だ。パオさんは気がついていた。最初の一撃の時点で。
絶望的に、相性が悪い。
おそらく、こいつに、物理攻撃は通用しない。
自分がいくら物理特化で生物最強格の攻撃力を誇っていようが、こいつには……。
炎の化け物はアフリカパオの突進を真正面から喰らいながらも、誰にも気が付かれずに、くすりと笑っていた。
喰らいながら、指を一本立てていた。
パオさんの顔の横辺りにへばりつきながら、指を、まっすぐ、向こうのビルに向けて。
そして、呟く。
「熱線」
指の先にパオさんの皮膚が瞬間的に焼けこげるほどの熱気が集中し、それは白く瞬く光の振動となって、一直線に放たれた。
奇しくも、鳥の鳴き声のような砲音を空に響かせて。
ぴきゅーーーん。
擬音にすれば、実に可愛らしい、そんなふざけた銃声とともに光が刹那、瞬いて、それは、ウォーターカッターのようにビルを通過すると、次の瞬間、建物を真っ二つに引き裂いていた。
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