陽性変異 Vol.2

白雛

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第十八変『アルメリアとスノードロップ・2』

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 程なく通された作業部屋の一番奥に、一等大きな猫がふんぞりかえっていた。
 こちらは顔が丸くてつぶれている、むーむーって鳴きそうな感じのブサカワ猫だった。それが大仰に笑いながら言った。
「にゃメリにゃメリ! よくきたにゃメリ! 話はリツやタマから聞いてるにゃメリ! 我輩がブンシュメンのボス猫、メリナにゃメリ!」
 みよちんが隣を見ると、案の定、パァーッと明るいオーラが皐月から放たれていた。皐月のご機嫌は小動物でとれる。
「しかし、特に話をすることもないにゃメリ。今は我輩、ニュースターの世話で忙しいにゃメリ。さっき先方から電話があって、一回挨拶しにこっち寄るみたいで、我輩、出迎えの支度があるにゃメリ。おみゃーらの相手してる暇ないにゃメリ」
(語尾うるせぇー……)みよちんは思った。
「単に仕事始めの挨拶だよ。あんま邪険にしてやんな。まだ子供なんだから」とリツ。
「知らんにゃメリ。そういう杓子定規な態度を尊ぶのは……」
「触っていいですか?」
 皐月は言うと同時にメリナの鼻先に指を近づけた。
「すんすん……人間の中でも特にアホの部類にゃメリ」
 メリナは猫の習性から目の前にきたものを嗅いでしまう。そうして警戒心が薄れたところで、皐月は顎に手をやって撫でていく。
「我輩、結果を最初に持ってくるヤツが好きにゃメリ。過程をだらだらと強調するのは愚図のする……」
 メリナが顎を嫌がって避けるや、今度は頭に手を置き、くすぐるように目の上付近を指をしゃかしゃかさせながら、皐月は言う。
「はぇー、猫なのに杓子苦手なんですねー。えらいえらい」と皐月。
 メリナはごろごろ音を立てながら続けた。
「関係ねーにゃメリ。あれ、杓子(いわゆる"おたま")が猫の手に似てるからとか、諸説あるけど、猫には直接関係ねーにゃメリ」
「はぇー、猫なのにかぶらないんですねー。えらいえらい」
 皐月は、とん、とん、と手のひらで包むようにメリナの頭を撫で、メリナは目を細めながら続けた。
「関係ねーにゃメリ。あれ、猫の二面性がどうとか、藁でできた『ムシロ』を"ねこ"と呼んで、それで本性を覆い隠すという意味で使われるようになったとか、諸説あるけど、猫には直接関け……」
「はぇー、猫なのに……」
 メリナが皐月の手を払いのけた。
「やめろにゃメリ! お前! さっきから! おかしいだろ、我輩、社長にゃメリ! 猫だけど」
「えぇー……、聞けば答えてくれるから……」
 皐月は困った風に言い返した。
 みよちんは突如正気に返ったようにハッとして言った。
「……ダメだ、私がしっかりしないと、何がなんだかわからない! リツさん、いいかげん説明してください。この猫たちは何なんですか?! あと一階のあれは?!」
「ええ、彼はかつて嵩山すうざんの麓で暮らしてた野良猫で……」白い猫が答えた。
「違います! あとあなたの説明もない!」
 というのも、二人が訪れたこのニャーオンスパーク&スプリングオータム本社ビルは、一階はもはや説明不要。三階のこの作業部屋にいたっても、見渡すかぎり働いてるのはみんな猫であったし、階段ですれちがったのも猫だった。
「見て。ほらこれ、ミラコスタ行ってきたときの写真」
「ぴ?(かいぬぴと一緒? の意)」
「ぴ(かいぬぴと一緒だよ、の意)」
「りょ(りょうかい、の意)」
 ちらほらと人間も見えなくはないが、みな野生化していて、まともな会話はできなさそうな気配。そうした社内の世界観が丸ごと常軌を逸しているのであった。
 みよちんたちも大概だが、ここはさらに異質で、しかも、東京のど真ん中にある。
 ど真ん中にある、といったがあくまでイメージ的な話で、実際千代田区は東京の端に等しい。西側の半分以上は多摩地域だし、じゃ多摩県別に作ったらええやんもう。八王子と組んで。東京ったら二十三区なんだし、西側を東京ってイメージなくない? 
 そんな疑問雲を頭上にぷかぷか浮かべながら、白い猫が目を丸くすると、おかしげに口元に肉球をあてて言った。
「あら、ビギナーとは聞いていましたが……やれやれ。ここまでとは……」
 みよちんは地団駄を踏んで吠えた。
「それも前回やったし、謎のローディングぐるぐる入った今! 絶対なんかろくでもないこと考えてた、この猫!」
「一から十まで説明しますか? あらあら……私はカボ。かつてエジプトではバステト、アイルランドではケット・シーと呼ばれ……」
「ある意味これが、私たちやミカ先輩の世界観で、私たちにとっちゃ平常運転なんだよ」
 リツがタバコでも吸ってるかのような落ち着きようで言った。
「ミカの……」
「メリナ様とはダバオの空港で運命的な出会いを果たし……」
「そうそう。私たちはこれまでだって別に隠れたりなんかしてこなかった。私もタマも、そしてマギ先輩も、ミカ先輩も、テレビキャスターだし」
「は?」
「ええーっ! リツさん、アナウンサーだったの?!」
 と皐月が手元でメリナをあやしながら言い、みよちんは辺りを見回し、続けて言った。
「……そういや今日、タマさんは?」
「今日は収録。最近はこっちの仕事もあるから、入れ替わりで番組やってんの。メリナ」
 リツが促すと、メリナはリモコンを肉球で押して、奥のテレビモニターを点けた。すると、お昼の情報番組が映り、そこに昨日会ったばかりのサキュバス——タマと、タマをさらに小さく、つり目で生意気にしたような小サキュバスたちが映っている。
『ねぇ、ジークフリードー。おまねこって結局なにがいけなかったのー? 具体的にどんな人生を送っている、どんな性別・国籍・年齢層で、どんなSNSを普段使用している人が、人のやることなすこといちいちケチつけて、言論統制を強い、生活圏の逼塞ひっそくを促したら気が済むのー? 子供だからぜんぜんわかんないよー、こどもしんぶんみたいに教えてよー』
『ワタ。そういうこと言ったらほんとにダメよ。ほんとによ。あと、未来のことを話してもダメ。今まだ24年の夏だから。それは冬の話題でしょ? それから、放送中は、お姉ちゃんのこと、その場かぎりのテキトーに思いついたあだ名で呼んじゃダメ。ね?』
『えー、ワタ、ダメばっかりでこれじゃろくな大人になれないー』
『流石にほんとにダメなことばっかなんだもん、ワタったら……』
『ねぇ、シュナイザー……』
「あれ、深夜だっけ。今」と皐月が時計を確認した。
「深夜でもやんないよ」
 みよちんは半ば白目を剥くようにして答えた。
「……なんですか。よくこのご時世に、こんな内容の……」
「ローカルだからね」
 リツはこともなげに言うと、やはりタバコの灰を落とすような間をあけて続けた。
「と、まぁ、こんな感じのカオスな番組を、それでも平和にやってたんだけど、それが考えてみたらまずかったのかもしれない」
「……というと?」
「私たちは、人間たちの現実からすると、異物みたいなもんだろ? だが、それがこうして当たり前のようにいるうち、世界のほうが適応しはじめた。『いつか』は覚えちゃいない。けれど、気がつけばこんなのがいて、」
 リツはメリナたちを指した。
「かと思えば人間の中からも変なのが出てきて」
 小出警視総監のことだろう。
「そんな風に、少しずつ、カオスが侵食して……しかし、それは気がつくとカオスでも何でもなくなっていて……」
「この世の認識のほうが変わった?」
 皐月が受け答えた。
 リツは頷く。
「君たちさ、数年前のこと覚えてる? しっかりと完璧に記憶している人なんかいないだろうけどさ、そのとき、今年のこの光景を想像できてた? AIが当たり前のように使用され始めたり、世論が反ポリコレに傾き出したり……数年前の私たちからしちゃ、どれもこれも嘘のような出来事なんじゃないか?」
「確かに……そうですけど……」
「百年前の百年間と比べても、ここ数十年の技術的変化……特にその速度ははっきり言って異常だ。それまでの数百年分の変化をたった数十年でしてる。そして、気がつけばそれが当たり前になってる。おそらく来年も再来年もこの加速は止まらない。そのうちたった十二ヶ月で、私たちが生きてきた数十年分をも塗り変え、去年の常識がまるで遥か昔の前史のように扱われる時代もくるかもしれない。……いや、かもしれない、じゃなく、近いうちに、きっとくる」
 リツはそこで一旦、間を空けて、肩をすくめた。
「私たちの存在も、そんなもんさ」
 みよちんは視線を逸らさずに言った。
「……ついには、幻想は幻想じゃなくなるってことですか?」
「だろうね。私たちはその出始めってだけで、すぐに珍しくもなんともなくなるよ。人が、私たちのように、背に羽根を持ち、牙を生やし、魔法を唱え、空を飛ぶ。そんな未来はもう冗談ではないくらい、すぐ近くに迫ってる。物理法則すら無視して、異界のものが——それまでは異界のものだと断じられ、目されていたものが、平然と空を飛び交う世の中になる……私たちが創造してきた異世界やSFの日常や、もしくは悪夢が、この世の当たり前になる」
「……それって、良いことなのかな」
 皐月が不安げにそう呟いた。





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