陽性変異 Vol.2

白雛

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第十八変『アルメリアとスノードロップ・1』

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 ぴこぴこぴこん、ぴこぴこぴこん。
 全身影の男はその受信音に答えて、端末の画面をタッチした。
「はい」
「あー、私ー。ちょっち今いそがしいから、要件だけでいくわー」
「いそがしい?」
「うん。なんか……ヤブヘビ踏んだっぽくてさー」
 女性の声が、珍しく機嫌が悪そうに低まって流れてきた。後ろから「くぅ~ん、くぅ~ん」というような犬の鳴き声も聞こえてくる。影の男は端末越しに彼女の様子を想像できない。
 陽毬は金太を連れて雑踏を歩きながら、背後を気にかける。
 蝶だった。
 得体の知れない、蛍光色の蝶が、人ごみに紛れるようにして、ずっとついてくる。
 図鑑に載っていない種だ。
「めずらしいですね、あなたが弱音なんて」
「うん。私もただじゃ帰ってきてないけど」
 陽毬は例の黒い翼の天使から抜き取った羽根をくるくるしながら端末越しに言った。
「猿さんたちでなんとかできない? 行き先は……わかるでしょ?」
「……ええ」
 影の男は周りの数人に目配せして首肯したのち、付け加えるように尋ねた。
「……といいますか。なんですか? さっきから。ドッグランにでもいんですか? 鳴き声聞こえません?」
「んじゃ、早めによろしく」
 陽毬は手短に通話を切ると、改めて金太に向き直った。
「え、誰? 誰?! 今の、男だったっしょ?! ねー、ピーマリ、誰ー?!」
「おーーよしよーし。金太くんは良い子だねー」
 陽毬は、犬にそうするように金太の頭をわしゃわしゃやり、顎を撫でるのだった。

 ◇

 地下駐車場からエレベッタで一階にあがったみよちんと皐月、それからリツの三人を迎えたのは、パオさんだった。体長6~7メートル、肩高は3.5メートルほどのアフリカのやつだ。インドのやつと違い、大きくてしっかりとした耳をしている。背中に、ぼろぼろの黄ばんだブラウス、プリーツにジャージの下を膝付近で切ったものを履いた野生児が乗っている。これはどちらのやつにも関係がない、日本のやつだった。
 みよちんと皐月の二人が大口を開けて唖然としていると、パオさんは挨拶代わりに鼻を伸ばして、ピンクがかった紫の花を渡してくる。
「わ……きれい。とにもかくにも、花はきれい」
 一輪のアルメリアだった。春頃に花を咲かせる多年草で花言葉は『歓待』。
「ぱお」
 パオさんは一鳴きすると、物言わず、ずしん、ずしんとビルと鼻を揺らしながら正面玄関口のほうに歩いていく。かつてないほど紳士だった。
「合格……ですね」
 雪の積もった朝にしんと響くような清廉な声が聞こえて振り返ると、足元に真っ白な毛色の猫がいた。逞しい胸毛がまるでフレディ・マーキュリーのようにもわもわしている。
 みよちんと皐月が大口を開けて唖然としていると、白い猫は立て続けに言った。
「彼はかつてザギンのホストランでガードマンとして雇われていたのですが、クレーマーを折りたたもうとしてクビになり、野良パオになって、近くの公園で帰り道をなくした少女たちのダンボールハウスになっていたところを私たちがまとめて拾ったのです。ときどき過去の記憶を思い出して暴れることもありますが、根は優しい人なんですよ」
「いえ、そうではなく」みよちんが言った。
 白い猫はパオさんのぷらんぷらん揺れるしっぽを眺めながら言った。
「彼には人を見抜く力がある。悪人が入ってくるとスノードロップを渡したのち、容赦なく折りたたもうとするので、こうして門番にしているのです」
 私たち、ヤバいとこだった……。
 みよちんと皐月は手元のアルメリアを大口を開けて唖然と見つめていると、白い猫はたあいなく通路を進んで、「ついてこい」とでも言うように振り返った。
「では、メリナ様の元へ、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
 結局、ゾウのことしか……いやゾウのことにしたって大してわからないままだった……。
 みよちんと皐月は無念に大口を開けて……、
「ヤァー!」
「パーオパオパオパオ!」
 正面玄関口で槍を掲げた野生児が景気良く言って、パオさんがそれに続いて前脚を持ち上げ、鳴くのが見えた。
 二人は大口を開けながら、リツと白猫についていった。





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