44 / 56
第十八変『アルメリアとスノードロップ・1』
しおりを挟むぴこぴこぴこん、ぴこぴこぴこん。
全身影の男はその受信音に答えて、端末の画面をタッチした。
「はい」
「あー、私ー。ちょっち今いそがしいから、要件だけでいくわー」
「いそがしい?」
「うん。なんか……ヤブヘビ踏んだっぽくてさー」
女性の声が、珍しく機嫌が悪そうに低まって流れてきた。後ろから「くぅ~ん、くぅ~ん」というような犬の鳴き声も聞こえてくる。影の男は端末越しに彼女の様子を想像できない。
陽毬は金太を連れて雑踏を歩きながら、背後を気にかける。
蝶だった。
得体の知れない、蛍光色の蝶が、人ごみに紛れるようにして、ずっとついてくる。
図鑑に載っていない種だ。
「めずらしいですね、あなたが弱音なんて」
「うん。私もただじゃ帰ってきてないけど」
陽毬は例の黒い翼の天使から抜き取った羽根をくるくるしながら端末越しに言った。
「猿さんたちでなんとかできない? 行き先は……わかるでしょ?」
「……ええ」
影の男は周りの数人に目配せして首肯したのち、付け加えるように尋ねた。
「……といいますか。なんですか? さっきから。ドッグランにでもいんですか? 鳴き声聞こえません?」
「んじゃ、早めによろしく」
陽毬は手短に通話を切ると、改めて金太に向き直った。
「え、誰? 誰?! 今の、男だったっしょ?! ねー、ピーマリ、誰ー?!」
「おーーよしよーし。金太くんは良い子だねー」
陽毬は、犬にそうするように金太の頭をわしゃわしゃやり、顎を撫でるのだった。
◇
地下駐車場からエレベッタで一階にあがったみよちんと皐月、それからリツの三人を迎えたのは、パオさんだった。体長6~7メートル、肩高は3.5メートルほどのアフリカのやつだ。インドのやつと違い、大きくてしっかりとした耳をしている。背中に、ぼろぼろの黄ばんだブラウス、プリーツにジャージの下を膝付近で切ったものを履いた野生児が乗っている。これはどちらのやつにも関係がない、日本のやつだった。
みよちんと皐月の二人が大口を開けて唖然としていると、パオさんは挨拶代わりに鼻を伸ばして、ピンクがかった紫の花を渡してくる。
「わ……きれい。とにもかくにも、花はきれい」
一輪のアルメリアだった。春頃に花を咲かせる多年草で花言葉は『歓待』。
「ぱお」
パオさんは一鳴きすると、物言わず、ずしん、ずしんとビルと鼻を揺らしながら正面玄関口のほうに歩いていく。かつてないほど紳士だった。
「合格……ですね」
雪の積もった朝にしんと響くような清廉な声が聞こえて振り返ると、足元に真っ白な毛色の猫がいた。逞しい胸毛がまるでフレディ・マーキュリーのようにもわもわしている。
みよちんと皐月が大口を開けて唖然としていると、白い猫は立て続けに言った。
「彼はかつてザギンのホストランでガードマンとして雇われていたのですが、クレーマーを折りたたもうとしてクビになり、野良パオになって、近くの公園で帰り道をなくした少女たちのダンボールハウスになっていたところを私たちがまとめて拾ったのです。ときどき過去の記憶を思い出して暴れることもありますが、根は優しい人なんですよ」
「いえ、そうではなく」みよちんが言った。
白い猫はパオさんのぷらんぷらん揺れるしっぽを眺めながら言った。
「彼には人を見抜く力がある。悪人が入ってくるとスノードロップを渡したのち、容赦なく折りたたもうとするので、こうして門番にしているのです」
私たち、ヤバいとこだった……。
みよちんと皐月は手元のアルメリアを大口を開けて唖然と見つめていると、白い猫はたあいなく通路を進んで、「ついてこい」とでも言うように振り返った。
「では、メリナ様の元へ、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
結局、ゾウのことしか……いやゾウのことにしたって大してわからないままだった……。
みよちんと皐月は無念に大口を開けて……、
「ヤァー!」
「パーオパオパオパオ!」
正面玄関口で槍を掲げた野生児が景気良く言って、パオさんがそれに続いて前脚を持ち上げ、鳴くのが見えた。
二人は大口を開けながら、リツと白猫についていった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】
てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。
変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない!
恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい??
You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。
↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ!
※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる