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第十七変『とある警視総監の災難と再会・3』
しおりを挟む「異議あり!」
みよちんが立ち上がっていた。
リツが額に手を当て、皐月は面食らってみよちんを見る。半ば呆然として、今度は小出が彼女の顔を見上げた。
「異議……? え、異議……ですか?」
彼女はいたって真面目な顔で答えた。
「そうです。私も話には聞いています。これが私の『時間停止』の術ですとか言いたかったのでしょうが、今の程度であれば前準備さえあれば、私にだってできます」
「みよちん……これ、そういうのじゃ……」
「皐月は黙ってて」
小出は、内心唖然として『おもしれー女』どころか『めんどくせーガキ』と思ったが、笑みを崩さず、深く息を吸い込んだ。
「……ほう? と、いいますと?」
「封なんか、あらかじめ切れ目を入れておいて、手元に隠した糸などを引けば切れるようにしておき、その上で私たちが目を逸らした瞬間にピッと切っちゃえばいい。タイミングと力加減にはコツがいるでしょうが、練習すればできます」
小出は手元のジョーカーを弄んでみせて切り返した。
「では、私のこのカードは? 確認してもらった通り、そちらのセットから抜けていたはずですし、これを糸で引っ張りだすのにはちょっと目立ちすぎるとは思いませんか? あとカードに細工の跡もない。見ていただいても結構ですよ」
小出はそう言い、手元のジョーカーをテーブルの上を滑らせて、こちらに寄越したが、
「そんなの簡単です」
みよちんはまったく意に介さず、
「初めからジョーカーが含まれていないセットのものを使えばいいのです」
空気を読まずに、さらにドヤ顔になって続けた。
「つまり、私たちに渡したこのセットには最初からジョーカーは入っていなかったのです。そこで、あらかじめ別のセットから抜き出しておいたジョーカーを見せて、あたかも今、私たちが持つセットから抜き出したように見せればいい。市販のトランプにはジョーカーが必ず含まれているはずだ、その心理の裏をかいたトリック! シマさんともそうです。あなたは会話しているように見せかけて、実際のところは正しく意思疎通できていなかった! 手品のお膳立てのつもりだったのでしょうが、失敗しましたね。あなたは、本当の能力を隠している……いえ、あるいは、そもそも能力者ではない。そのフリをして、話を合わせているだけなんじゃないですか? 違いますか?!」
ばん、と、殊更演技がかって、みよちんはテーブルを叩いた。
小出は、膝の上に肘をついて手を組み、その組んだ手の内側で口を隠しながら、切れ味のいい深呼吸を何度か繰り返した。
「…………」
どうして、こんなことになってるんだろう……?
まさか、こんなところでツッコまれるとは甚だ想定していなかった。その点においてはまったく誤算だった。
『必ず引っかきまわされる、想定以上のアホを想定して、覚悟しておけ』
確かにリツからはそのようには聞かされていたのだが、ここまで空気を読まないとは思っていなかった。
小出にとっては自己紹介ついでの軽いジャブ、話のとっかかり、飲み会のつかみ芸の一つ、すなわち他愛もないデモンストレーションのつもりだったし、正真正銘、今『時間停止』の術を使ってカードを抜き取ったのだが、彼女はまったく信用していない。その爛々と輝く瞳を見ると、もはや彼女に話を合わせたほうが早いのではないか? とさえ思えてくる。
小出の胃は、半年前に出会った素朴な天使を思い出して、きりきりと痛んだ。
小出は脳内スマホを使い、脳内検索を試みた。
『求む。彼女の脳を破壊せずに、本当に力を使ったと信じてもらう方法』
小出の頭の中に住むスティーブたちが、急場にどよめきながらも懸命にキーボードをはたき、回答を集め、即座に最も有力な一説を大々的に、目の前の一番大きなモニターに打ち出した。
『答え。まず服を脱ぎます』
小出は、前髪をかきあげるフリをして、頭を抱える。
いい歳こいた警視総監が、警視総監室に女子中学生を呼んで、おもむろに服を脱ぎます? 事件を未然に防ごうとするどころか、前代未聞の事件を起こしてしまいかねない非常に重い回答だったが、これまでの人生において、スティーブの意見が間違っていたことはなかった。
確かに。原住民と対話を試みるのに、こちらも原住民と同等の格好をして誠意を示す、というのは、相互理解のためのよくある手段だ。何よりスティーブが出した結論だ。それ以外にこの少女の信頼を勝ち得る方法はないのだ。
心配そうに見守る秘書の守洲の目線を背に受けながら、小出は、しかしまだ譲歩の余地を探るため、一縷の希望をかけて、重い口を開いた。
「……どうすれば、信じていただけますか?」
「『時間停止』してから、パンイチになり、一瞬で頭に三角帽子をかぶって、玉乗りをしてみてください。そうしたら信じます」
交渉に時間をかければかけるほど、状況は悪くなっていくようだった。
小出は今や組んだ手を口に押し当て、固く目を閉じ、また開き、少女に言った。
「……絶対に事件にはしないと、お約束できますか?」
「はい」
みよちんはにっこり笑って答えた。
数秒後、急用が入って警視総監室をノックした女性の秘書は、つつましく瞳を閉じてドアを開け、間もなくおぞましい悲鳴をあげた。
そこには、女子中学生二人を前に座らせ、あられもない姿で、笛を鳴らしながら玉乗りをする小出の姿があったのだった。
小出は、笛を咥えたまま、訴えた。
「ぴーぴぴぴぴ! ぴーぴーぴー!」
違うんだ、君、そうじゃないんだ。お願いだから一回待って。しかし、慌てて下を履きながら笛を吹き散らすその姿は、自分自身弁解のしようがないと思われるほど、傍目に何も違わなかった。女性秘書に「いやあああ! 変態!」そうなじられた瞬間。
女性秘書は再び部屋の外にいた。
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