陽性変異 Vol.2

白雛

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第十七変『とある警視総監の災難と再会・2』

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「まず警視庁だな。それから、帰りにブンシュメンとこ寄るから」
 事務所でパンツスタイルのスーツに着替えたリツが、ハンドルを切りながら言った。
 天使が飛ぶわけでも瞬間移動するわけでもなく、軽に乗って運転している。極めてシュールな光景だったし、実に不合理な状況だった。というのも、リツの黒い翼は大きく、助手席はおろか後部座席にまで迫ってきている。それが車がカーブするたびに揺れて、みよちんと皐月の二人はサンバのお姉さんの自転車で2ケツしているようなものだったのだ。
 今も、車体が揺れる、カーブを曲がる、その都度黒い羽根が二人の鼻先をかすめる。真後ろに座っている皐月などは、羽根に顔が埋もれて見えなくなっていた。
「その前にこれクリッピングしてくださいよ」
 みよちんはリツの翼を手で避けながら言う。
「これじゃぜんぜん前が見えない。たぶん目隠しするより拉致には効果的かもしれない。イライラして正常な判断ができなくなって」
「おいおい……『君の前髪鬱陶しいね、刈り上げていい?』って言われてお前は……」
「リツさん、存外に返しのレパートリー少ないよね」
 黒い羽根の合間から皐月の声がくすくす笑って返すと、リツは咳払いして続ける。
「とにかく、仕事の前に一回、ボスたちに会っとけって話。敵・味方の確認は大事だろ?」
「なんですか? それ。敵とか味方とか……そんなに危険な仕事だったんですか?」
「あれだよ、みよちん。私、見たことある。通れ! って検問の人が言って、どうにかして偽るやつ!」
「皐月、例えが汚いよ、それは……。でも、所詮、下痢便すら検閲できないのに、そんなんいる? とは思っちゃうよね。古来より人の口に戸は建てられないとも言うし、誰も信じないか、あるいは全員信じた上で、何があっても対処できる強い自分になるのが結局、最適解じゃない?」
「宇宙世紀の乗り物みたいに、あれかな。識別信号が内蔵されてるんだよ、私たち、きっと」
「信号なんてジャックされたらおしまいなのに……」
「私がわからないのか! になっちゃうよね。そういうところではおとなしく連携できるって言ってたけど、識別信号を狂わす装置使ったら外道になるのかな」
「あ、それ、何かのネタだったの?」
「UZeeeee!! Z世代のZはUZeeeeのZ! ほんと、これだからさー! ガキってめんどいんだよなぁーーーっ! ほろぼしたい、その笑顔!」
 リツは苦しげに突っ込んだ。
 おそらく、ガチの不満だった。

 ◇

 それで、みよちんらは警視庁の警視総監室に通され、ガチガチの対面になったのだった。さらにみよちんは歯をカタカタ言わせて、カップもカタカタ鳴らしたあげく、警視総監本人にクスクス笑われたところというわけだ。
 みよちんは赤面する顔を両手で隠して言った。
「はわわわわ……いっそお~いお茶のほうが良かったまであるよ……それならガブガブ飲んでも笑われることはなかっただろうし……は、はずかし~」
「全部口から出ていますが、普段は至って普通の子なのです。強迫的な場面になると、こうなっちゃうんです。頭隠して気持ち隠さずというか」
「なるほど……」
 皐月が隣で弁明すると、警視総監の小出は尚更おかしそうに笑った。
「いや、重ねて失敬。そんなに緊張なさらないでください。それにひょっとすると、君たちが気にしているあれやこれやのことも、気にせずに……」
 これにはみよちんの耳も動いた。
 そもそもシマリスと会話しているところから、それは想像できることだったが、皐月が切り出す。
「……えっと、その辺りの話は一応伺っているんですけれど……正直、私たちには何が何やらというところで」
「ええ。では、手品を一つ、お見せしましょう」
 すると、おじさん秘書がカードケースを取り出し、小出に渡し、小出はそれをそのまま二人に寄越した。
 まだ封が切られていない新品のトランプだった。
 私たちが開けて、カードを一枚取り出すのか? と前を見上げると、小出は唇の前に指を立てて、ウィンクした上で、さらに微笑んだ。ハンサムさんだから許されるが、二人の想像する警視総監の年齢でやるにはかなり苦しい仕草だ。
「論より証拠」
 二人は首を傾げた。それから、一秒と経たないうちに、先に皐月が目線を落として、間もなく声をあげた。釣られてその手元を見て、みよちんも同じように声をあげた。
 今、渡されたはずのトランプの封が切られている。
 二人ともハッとして、再度目の前を見上げると、小出が顔の前にカードを持ち上げていた。札はジョーカーの絵柄。
 小出は、皐月の手元にあるケースを指して言った。
「中を見て、カードの不在を確認してください」
 言われるまでもない、というように二人してカードを取り出し、テーブルの上に広げていく。
 セットの中に、ジョーカーは見つからなかった。
 再三、二人して小出の顔を見上げると、彼は得意げに微笑んで言った。
「タネも仕掛けもございません。これは私の……」
「異議あり!」
 みよちんが立ち上がっていた。






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